サカモトハルキの哲学

北海道で5棟74室+月極P24台の大家やってます。2010年12月より法人化(10期目に突入!)。奥さんと中2小5男子と猫と自由にのんびり暮らしてま〜す!

人が信じられなくなった時にこそ読んでほしい記事

 

信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つくほうがいい。 

 

これはかの有名な『贈る言葉』の一節です。 

 

贈る言葉

贈る言葉

 

 

信用している人に裏切られたり、騙されたり、傷つけられたりすることはたしかにツラいことです。

でも、人生にはそういうことってちょいちょい起こるのです。


40数年間、生きていれば、そういう目に何度も遭うものです。

そのたびに、もちろん落ち込みます。

傷つきます。

人間不信に陥ります。

もう誰も信じられなくなります。

 

でも、何度もそういう目に遭ってゆくうちに、だんだん自分の中に『抗体』のようなものができあがっていきます。

「人間だもの、平気で残酷なことするよな…」といった具合にあまり深くは傷つかなくなっていきます。

それはある種の『諦めの境地』です。

でも、それは決してネガティブなものではありません。

少なくとも、僕の方からは裏切らなかったわけだし、騙さなかったわけです。

その事実が残っただけでも、僕は良かったのではないかと思います。

何度も人から裏切られたり、傷つけられたりしてゆくうちに僕はそういう風に考えるようになりました。

信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つく方がいい。

そう。傷つけられることよりも傷つける方が、裏切られるよりも、裏切ることの方が精神的ダメージは大きいのではないでしょうか?

被害者になるよりも、加害者になる方がはるかにしんどい人生を歩むことになるのではないでしょうか? 

人を傷つけたり、裏切ったりしなかった分、自分に誇りが持てます。

自分のことを好きでいられます。

だけど人を傷つけたり、裏切ったり、いじめたり、暴力をふるったりした場合、自分に誇りなんか持てないでしょう。

そうすると、自分のことを好きでいられなくなります。

他者を攻撃するということは自分を攻撃することでもあるのです。

他者に向かった刃はそっくりそのまま自分を心を襲う刃となるのです。

 

歳をとるにつれて、僕はそのことに気がつきました。

目次

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人に不信感を抱いたりすることは、全然、普通のこと

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「人を信じることができない…」と嘆く人がいます。

なかにはそんなふうに人のことを信じることができない自分のことを「病気かもしれない…」なんて思う人さえいます。

 

でも、僕はそんなふうに自分を責める必要はまったくないと思っています。

完ぺきな人間なんてものはいません。

人のことを嫌いになったり、人に不信感を抱いたりすることは全然、普通のことなのです。そのことで悩む必要はまったくありません。

むしろ、誰に対しても警戒心を持たず、無防備のままでいる方が危険です。

でも時々、そういう人っているものです。

人間というのは素晴らしい存在ではあるけれど、その反面、とっても欲深く、邪悪な存在でもあるのです。

僕らはその「光」と「闇」のどちらも持っているのです。

だから、「人が信じられない!」というかたちで闇に対して対抗するのはちっともおかしなことではないのです。

それは一種の防御本能です! 

動物にはいろいろな武器があります。

犬は鼻が効くし、チーターは足が速い。

 

毒を持っている爬虫類もいます。

みんな無防備なままで生きているわけではないのです。

我々人間だって動物であるから無防備なままでは生きられないのです。

自分を守るためにある程度の防御システムを自前でこさえなければなりません。

その防御システムとして、「人のことが信じられない…」という感情が生じているのです。

これは病気でも何でもないので気にしない方がいいと思います。

あまり深刻に考えすぎないように…。

でもだからと言って、過剰なまでに人とのあいだに壁をつくるのは危険です。

大切なことは『ほどほど』です。

たしかに人間は、何を考えているかわからない生きものです。

みんなそれぞれ「闇」を抱えて生きています。

その人間の中に宿る闇が、いつ自分に襲いかかってくるかわかりません。

すべての人が誠実な人とは限らないし、用心深く人と付き合うことも時には必要です。だけど、過度な猜疑心は必要ありません。

「人を信じることができない…」という気持ちはわかりますが、だからと言ってノイローゼになってしまうのも、ちょっと行き過ぎです。

人間不信になるのもいいけど、あるラインを超えてしまってはいけません。

「人が信じられない」「人から裏切られるのが怖い」というならば、こちらがレベルアップして、相手よりも一枚も二枚も上手になってしまえばいいんです! 

 

目の前にいる相手が果たして信用できるやつなのか、裏切るようなやつなのか…

それをきちんと見極めることができる目をこちらが身につければいいだけの話なのです。

いつまでも人間不信に悩んでいても仕方ありません。

どうしても人を信じることができない自分を責めてる暇があったら「人を見る目」を養うことに全力を注ぎましょう! 

言うまでもないことですが、そうした「人を見る目」を養うためには人間関係のなかに飛び込んでいく必要があります。

要するに、『いつまでも自分の殻に閉じこもっているだけではダメだ』ということです。

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「傷つける」「傷つけられる」 本当にキツイのはどっち?

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人間というのはたしかに信用できない存在です。

これまでの人生のなかで、僕も何度も人に騙されたり、裏切られたりしてきました。

もちろん、そういう経験はイヤな思い出として僕のなかに残っていますし、今から思い返してみてもむかっ腹が立ちます!

だけど、こんな風にも思うんです。

「たしかに僕は人から傷つけられた。

しかも、こっぴどく…

 

だけど、僕の方から誰かを傷つけたわけではない。

それだけでもよしなのではないか…?」と。

何がいちばんキツイかといって、自分の方から人を傷つけることぐらいキツイことはありません。

自分の方から人を傷つけなかったならば、プライドは保たれます。

「自分の方から手を出さなかった」という事実はいつまでも僕のなかに残りつづけるのです。

そのプライドが次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのです。

その勇気さえあればあとはどうにでもあります。

いちばんキツイのは自分にプライドが持てなくなることです。

そして、そういう人は今の世の中、たくさんいるのです。

 

普段から平気で人を傷つけたり、人を裏切ったりしているものだからもう慣れっこになっちゃってるんです。

これがいちばん怖いことです。

そういう人には『プライド』というものがありません。

その場その場で「いい想い」はしてきたかもしれませんが、その「いい想い」の代わりにプライドをひとつひとつ失くしてきてしまったのです。

でも、もう過去に戻ることはできません。

そういう人は、いちばん哀れな人かもしれません。

そういう人にならなかっただけでも、あなたはラッキーかもしれません。

意外に思うかもしれませんが、人を平気で傷つけたりするような人というのは実は心は奥深くですごーく傷いていたりするものなのです。

たとえば、いじめをやってる子がいたとします。

「いじめ」というと、傷つくのはいじめられてる方だと思いがちですが、そうではないのです。

いじめをやってる方も傷ついているのです。

心の中に『傷』があるから、いじめをやってしまうのです。

普通はわざわざ「人をいじめよう」なんて思わないものです。

そんなことをしても楽しくも、嬉しくもないからです。

 

でも、いじめをやってしまう子というのはどうしても人をいじめずにはいられないのです。

それは、楽しいからやっているんじゃないのです。

嬉しいからやっているんじゃないのです。

心の傷が「やれ!」と言うから、仕方なくやってしまうのです。

『わが身からいずるもの いずれわが身に戻りくる』という言葉があります。

外に向かったエネルギーというのは必ず同じ分だけ自分に跳ね返ってくるのです。

もし誰かがあなたを傷つけたとしたなら、その人はいつか必ずその報いを受けるはずです。

いじめっ子はいつか必ず、負ける日が来ます。

実は人を傷つけるという行為は自分を傷つける行為なのです。

それだけの負傷を負ったら、いつか必ず倒れる日が来るはずです。

そのときになってその人は初めて気づくのです。

本当に傷ついていたのは、自分だった…と。

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人を信じることについての名言

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最後に「人を信じる」ということについて書かれた中国の古い処世訓を紹介したいと思います。

はるか昔に書かれたものであるにもかかわらず、今と同じように「人を信用する・しない」について書かれています。

この問題はずっと昔からあった問題なのですね…。

 

人を信用する者は相手がすべて誠実であるとは限らないが、少なくとも自分だけは誠実であるといえる。

逆に、人を疑ってかかる者は相手がすべて偽りに満ちているとは限らないが、すでに自分は心を偽っていることになる。

 

( 『菜根譚』 前集159より )

中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚

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