サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

人の顔色を伺う人生に疲れた人へ! 自分の機嫌を取ることを優先すると人間関係の悩みから解放される。


人の顔色を伺う人生に疲れた人へ! 自分の機嫌を取ることを優先すると人間関係の悩みから解放されるのはなぜか?

 

 

『人間関係』と言ったときに多くの人は「自分と他人とのあいだの人間関係」のことを思い浮かべると思います。

しかし、人間関係というのは自分と他人のあいだだけのことではありません。

『自分と自分のあいだ』にも人間関係というのはあるのです。

 

僕たちはついつい他人のことにばかり気を取られてしまい、自分のことを蔑ろにしてしまいます。

でもいちばん大切にしなければいけないのは「自分」なのです。

他人のことは二の次でいいのです。

 

意外に思われるかもしれませんが、人間関係の悩みを抱えている人の多くはすごく真面目で人の気を遣うタイプの人が多いもの。

自分のことは後回し。

いつも自分以外の人のことを優先させてしまうタイプです。

 

自分の意見は極力言わないようにしてる人

いつも人に合わせてしまう人

人間関係の悩みを抱えるタイプの人というのはこういうタイプが多い。

 

逆に普段から自分のことしか考えてないような自分勝手で自分本位のタイプの人は人間関係の悩みで苦しむ人は少ないのです。

図々しく、わがままで、ナルシストで、身勝手で、空気が読めなくて、etc・・・

 

確かにこういうタイプの人って、人のことなんか気にしていませんよね。

 

極端なことを言えば、「人のことなんかどうでもいい」「自分のことが何よりも大切だ」と考える人たちがこのタイプ。

 

それは確かに社会的にはあまり好ましくないことのように思われがち。

場合によっては「失礼なやつ」「無神経なやつ」「無責任なやつ」「デリカシーのないやつ」に見えるかもしれません。

もちろん人からも嫌われるでしょう。

 

しかし、少なくとも人間関係のことで悩み、にっちもさっちもいかない状態よりはマシという考え方もあります。

さて、果たしてどちらの方がいいのでしょうか。

 

自分のことより人のことを優先させ、人の機嫌ばかりとって生きる人生・・・それは相当しんどい人生なのではないでしょうか。

人間関係の悩みというのは厄介なものです。

いったんそれにハマってしまうとなかなかそこから抜け出すことができないものです。

 

僕もこれまで何度も人間関係に悩まされ、その悩みから抜け出せずに苦労してきた経験があります。

だからその辛さがよくわかります。

ある意味、僕が不動産投資というものをはじめたのも脱サラ起業しようと思ったのも、元をたどればその根底にこの問題があったからとも言えます。

つまり、『わずらわしい人間関係から自由になりたい!』という衝動が僕を突き動かしたということです。

 

 

そう考えてみると僕が人間関係の問題を抱え、そのことで散々悩み、苦しんだことは結果的に良かったとも言えます。

それがなかったら、今こうしてこんなふうに自由にストレスフリーな生活を送れていなかったかもしれません。

 

意外に思われるかもしれませんが、以前の僕は完全に「自分のことより人のことタイプ」の人間でした。

「人がいい」と言えば聞こえはいいですが、ただ単に小心者で、自分の意見を言えない気弱なタイプだったとも言えます。

当時の僕は自分に自信が持てず、いつもオドオドしていました。

 

そして人から、「無神経なやつ」「無責任なやつ」「気を使えないやつ」「空気が読めないやつ」と思われるのを何よりも恐れていました。

すべてが『他人基準』でした。

人の顔色をうかがい、それに合わせるだけの人生。

 

でもそれではうまくいかなかったのです。

人間関係の問題はそのやり方では解決されなかったのです。

解決されるどころかますます深刻化していきました。

 

その経験から僕はある重要な教訓を得ました。

それは、「人のことより自分のことを優先させた方がいい」ということ!

 

人間関係の悩みは人生にダイレクトに影響を与えます。

人間関係がうまくいってない時期というのは仕事にしろ、恋愛にしろ、いろんなことも同時にうまくいかなくものなのです。

まるで引っ張られるみたいに・・・

 

どんなに優秀な人でも人間関係の悩みがきっかけで仕事を辞めざるを得なかったり、うつ病になったりする人もいるのです。

もしもそうなれば人生そのものが狂ってしまいます。

だから僕はある日、意識して人のことより自分のことを優先させる人間になることにしたのです。

 

わがままに

無神経に

無責任に

自分勝手に

etc・・・

 

嫌なものは「イヤ!」とはっきり言い、行きたくないものにはどんなに誘われても行かないように努めました。

一緒にいて気分のいい人とだけ付き合うようにし、一緒にいて気分の悪くなる相手とは極力会わないようにしました。

 

もちろんそのせいで僕から離れていった人も大勢いました。

ぞくに言う『人脈』とか『交友関係』というやつは明らかに以前よりも少なくなってしまいました。 

でもその代わり、ストレスは圧倒的に軽減されました。

 

肩の荷が降り、身も心もリフレッシュされました。

「どっちがいいか?」と訊かれたら僕は断然こっちの方がいいと思います。

「もっと早くこうしていれば良かった」と思ったくらいです。

 

そして(これがいちばん重要なことなのですが)、そういうふうに変えてから人生のいろんなことが嘘みたいにうまくまわるようになっていったのです。

仕事も、恋愛も、なぜか急にうまくいくようになっていきました。

 

「なんか最近いいことあった?」「最近イキイキしてるね」と会う人会う人に言われ流ようになりました。

まるで憑き物が取れたように・・・

 

そうなのです。

自分を変えればすべてが変わるのです。

人間関係には自分と自分の人間関係も含まれているのです。

でも僕たちはついつい他人との関係のことばかり気をつられて、自分との関係のことを疎かにしてしまう。

 

『自分と他人の人間関係を考える前に自分と自分の人間関係を考えた方がいいよ』ということです。

僕はそのことを学んだ。  

 

もしもみなさんが今、人間関係で悩んでいるのだとしたら一度そのことを考えてみてほしい。

人の機嫌をとることよりも自分の機嫌をとることの方を優先させてほしい。 

 

もう一人の自分が「嫌だ」と言うことはなるべくやらないようにする。

もう一人の自分が「行きたくない」と言うものには極力行かないようにする。

そうすれば、きっと人生が好転します。

突然、いろんなことがうまくいくようになります。

 

自分のことより人のことタイプの人って、真面目な人なんだと思います。

真面目だから子どもの頃に親た学校の先生から言われたことを大人になってからも守ろうとするのです。

 

わがままを言ってはいけない

自分のことより人のことを考えろ

人から嫌われないようにしろ

その場の空気を読め

etc・・・

 

でもその教えは本当に正しかったのでしょう。

幸せな人生を生きるうえでそれは本当に役に立つアドバイスだったのでしょうか。

 

僕にはそうは思いません。

少なくとも僕の場合は気使い屋で、引っ込み思案で、自己主張がまったくできなかった頃より、ワガママに自分勝手になってからの方が100倍ハッピーになれましたよ。

 

 

機嫌をとるべき相手は自分以外の誰かではなく、『僕自身』だったのです。

不機嫌を撒き散らすような人間には好きなだけ不機嫌でいさせてあげればいい。

僕は自分の機嫌のことだけを考えていれば良かったのです。

 

最近の僕は「この人とはなんか合わないな」「この人といるとなぜか居心地悪いな」と思えるような人が目の前にあらわれたらソッコーでその人から距離を置くように心がけています。

そうした方が僕にとっても相手にとってもメリットが大きくなるからです。

 

これはこれまでの数々の対人関係の失敗から学んだノウハウです。

幸いなことに僕は勤め人を卒業しているので嫌な人と顔を合わせなくても生きてゆくことができます。

その自由さも起業の魅力でした。

 

自分で事業をやればすべてのことは自分で仕切ることができます。

合わない人と一緒に仕事をする必要もありませんし、ムカつく相手の顔を見ずに済みます。

 

でもサラリーマンをしていた頃はもちろんそういうわけにはいきませんでした。

なんせこちらがどんなに「距離を置きたい」と思ったとしても相手は同じ会社の中にいたりします。

どうしたって会わなきゃいけないし、顔を見なければいけません。

物理的に距離を置くことは不可能でした。

 

人間関係やコミュニケーションに関する本などでは、「苦手な人とも何とかコミュニケーションをとろう」みたいなことが書かれています。

「それが大人の対応である」と・・

まあ、それはきっと正論なのでしょう。

きちんとした大人のビジネス・パーソンの方はそうすべきだと思います。

 

でも僕にはそれがどうしてもできませんでした。

そういった意味では僕はきちんとした大人のビジネス・パーソンではないのかもしれません。

でも僕がきちんとしていなかったからこそ僕は起業という道を選択することができたのかもしれません。

 

これでもしも僕が対人関係においてもきちんとした対応ができる人間だったならば僕は起業できていなかったかもしれないのです。

『苦手な相手とは距離を置く』なんてまるで子どもみたいにわがままで自分勝手な態度だと僕も思います。

でもせっかく勤め人をやめたのですから自由にしたっていいと思いませんか? 

 

脱サラするということ

起業するということ

それは決してバラ色のことだけじゃありません。

 

安定も失うし、社会的地位も失います。

事業がうまくいかなくなれば家族を路頭に迷わす危険性もあります。

 

でもその代わり圧倒的な自由が手に入ります。

いろんなことが自分で仕切ることができます。

人間関係の悩みからは完全に解放されます。

さて、あなたはどちらがいいと思いますか?

 

言うまでもないことですが僕みたいな考え方をする人間は組織には向きません。

組織で生きてゆくためにはどんな人ともうまくやっていけるだけの『コミュニケーション・スキル』が必要になります。

僕にはそのようなコミュニケーション・スキルがありませんでした。

 

いや、ビジネス上、商売上のコミュニケーション・スキルはあります。

それがまったくなかったらさすがに商売人にはなれませんよ。

でも社内の人と仲良くするためのコミュニケーション・スキルが僕の場合、欠落していたのだと思います。

 

こうやって考えてみると僕が脱サラして起業するという道を選択したのはある意味、必然だったのかもしれません。

もともとの気質として僕は組織には向かないタイプの人間だったのです。

 

それは僕が「ひとりっ子であった」ということも大きく影響しているかもしれません。

僕は子どもの頃からひとりきりでいることがそれほど苦痛ではありませんでした。

苦手な人と接するストレスに比べたら、孤独でいた方がいい・・・・むかしから僕はそのように考えるタイプの人間でした。

 

「孤独であること」「孤立すること」も相当なストレスになるはずです。

しかし、僕はそっちのストレスの方がマシだと考えるタイプの人間なのです。 

 

でも僕のように「苦手な相手とは、距離を置く」という戦略を採用すると当然のことながら友だちは少なくなります。

そのことによって若干の心細さや寂しさのようなものを感じるかもしれません。

なかにはその対応を批判する人も出てくるでしょう。

いつの時代も集団からはみ出そうとする人間は攻撃の対象となります。

もしかしたら理不尽な目に遭うかもしれません。

 

でも僕は「それでもいい!」と思っています。

そっちのデメリットとこっちのメリットを比べたら断然こっちのほうがいいと僕は思いました。

だから僕は孤独になること、孤立することによる障害についてはあまり気にしていません。

 

人生は短いのです。

せいぜい80年ちょっとです。

苦手な人、嫌な人と一緒にいる時間なんて人生の無駄以外の何ものでもありません。

そう思いませんか? 

 

もちろんそれはわがままです。

みんな我慢して、いろんな人と付き合っていることもわかります。

でも全員が全員、そういう『我慢の世界の住人』である必要はありません。

たまには僕みたいにわがままで、自分勝手な存在がいてもいいのではないでしょうか。 

 

僕は『我慢の世界の住人』でいることに心底、疲れてしまいました。

だからサラリーマンをやめたのです。

そして、その大英断のおかげで僕は苦手な人と会わなくてもいい自由や嫌いな人と顔を合わせなくてもいい自由を獲得することができました。

 

せっかく苦労して勝ちとった自由なのですからこの際、思う存分、使わしてもらおうと思っています。

とことんわがままを貫いてやろうと考えています。

 

「なんだか、違うな…」という違和感はとっても大切なお知らせです。

それは無意識から発せられる警告音です。

その警告音を無視してばかりいると必ず悪い結果をもたらします。

 

それはあなたへの重要なメッセージです。

それはあなたに何かを伝えようとしています。

あなたはそのメッセージが届けられたことに気づかなきゃいけません。

気づいて開封しなきゃいけません。

 

だけど、そのメッセージに気づく人はほとんどいません。

ましてや開封して中身をみる人となるとおそらく皆無に近いでしょう。

僕はそのメッセージに気づきました。

気づいて、開封し、中身をみることができました。

 

 

「考えろ」「そこはお前のいる場所じゃない」

「そこから飛び出した方がいいぞ」

「もっと自由に生きられる場所が他にあるはずだ」

「いつまでもそこに留まっていてもいいのか?」

 

そんなふうに、僕の耳には聞こえました。

僕の今日があるのはそれのおかげです。

その声に耳を傾けることができたからこそ僕はただ今、こうしてこんな風に自由に、幸せに、少しだけ豊かに生きることができているのだと思います。 

 

 


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不動産賃貸経営で失敗しないためにもある程度の規模(スケール・メリット)が必要という話


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賃貸経営を安定的なものにするためには何が必要なんだろうと悩んでいませんか?

本記事ではそんな人のために長年、賃貸経営をしている僕が考えるアパート経営を安定させる方法について解説しています。

 

「不動産投資を成功させるためにはどうしたらいいのか?」

「アパート経営を軌道に乗せるためにはどうしたらいいか?」

 

これは不動産投資家・不動産オーナーの永遠のテーマ。

僕もこれまでこの問題と何度も向きあってきました。

 

その過程の中で僕はいくつかの『自分なりのノウハウ』のようなものを発見することができました。

その中の一つが「不動産投資を成功させるためにはある程度の規模が必要だ」ということ。

 

『規模』というのは、「数」のことです。

「スケール」のことです。

 

やっぱり不動産投資をやってそこからある一定レベル以上のリターンを得ようと思ったらある一定レベル以上の規模がどうしても必要なのです。

ここは絶対に押さえておかなければいけないポイント。

 

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文化放送ゴールデンラジオの山本太郎出演の回を聴いて思ったこと。室井佑月さんや青木理さんとまったく噛み合ってなかった件について。

 


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貧乏も困るけど、おカネだけあって時間がないという状態も困るという話

 

人生がうまくいってなかった頃の自分を振り返ってみた。

「本当につまらない人間だった」と心から思う。

妙に大人びていて、妙に落ち着いていた。

「会社のために真面目に働いている」ということが唯一のアイデンティティになっていた。

 

節度をわきまえ、わがままを言わず、いろんなことを我慢している「自分」・・

 

それが社会人のあるべき姿だ

それが正しい生き方なんだ

それが大人になるってことなんだ

 

そう自分に無理やり言い聞かせていた。

 

でも本当は気づいていた。

本当は全部、わかっていた。

本当は全然ハッピーじゃなかった。

本当は毎日、楽しくなかった。

 

それなのに「真面目」「安定」「責任」「仕事熱心」etc・・・そこに価値を見出そうとしていた。

それを免罪符に使って自分を無理やり納得させていた。

本当は違うことがしたいのに。

それは自分が望んだ生き方じゃないのに。

もっと別の自分になりたかったはずなのに。

 

「これでいいんだ」と・・

 

あの頃の僕は自分を小さな箱に押し込めて広い世界をなるべく「見せないように」「見せないように」していた。

なぜそんなことをしたのか? 

そっちの世界の方が圧倒的に魅力的だったからだ。

 

もしもそっちの世界を自分に見せたら絶対「あっちに行きたい!」と言い出すに決まっていた。

子どものように駄々をこねて、「僕はあそこに行くんだ!」と泣き叫ぶのが目に見えていた。

だから必死に見せないようにしていた。

 

自分に嘘をついて。

自分を箱に閉じ込めて。

その箱に鍵をかけて。

そこから出られないようにした。

 

だから僕は毎日ハッピーじゃなかった。

だから僕は毎日楽しくなかった。

 

そりゃ、そうだ。

うちの猫を見ていてもそれはわかる。

猫も人間も基本的には自由に自分の好きなところに行きたい習性を持っているのだ。

それをずっと檻の中に閉じ込めていたら猫だって人間だってストレスがたまるよ・・・

 

でもその頃の僕はそうやって「自由に」「わがままに」「好き勝手に」「楽しく」生きることが良くないことだと思い込んでいた。

 

それはやってはいけないことだ

それは無責任だ

それは自分勝手だ

それはわがままだ

それは社会人としてあってはならないことだ

それはまわりに迷惑をかけることだ

それは…

 

そうやって、無理やり自分を『きちっとした真面目な社会人』という枠の中に収めようとしていた。

今ではちょっと考えられないことだ。

『北海道でいちばん自由なパパ』を自称している僕が、だ!

 

なぜ僕はそんなことをしていたんだろう。

なぜ僕はそんなに自分を狭い世界に閉じ込めようとしていたんだろう。

 

その答えはカンタンだ。

怖かったからだ!

 

サラリーマンを辞めて自分で事業をやるということはとんでもないリスクだ。

もしも失敗したらどうする? 

もしも膨大な借金を背負ったらどうする? 

もしも自己破産したらどうする? 

もしも家族を路頭に迷わせることになったらどうする? 

 

その「恐怖」に僕は完全に支配されていた。

あっちの世界が魅力的で、自分がそれに惹かれていることも百も承知だった。

本当の気持ちはそっちに向いていることは自分でもわかっていた。

 

でもそっちに行くことはあまりにもリスキーだ。

それは怖い。

死ぬほど怖い。

だから僕はその場に留まり続けた。

 

「そんなことできっこない」「そんなの夢物語さ」と自分に言い聞かせた。

そして、真面目なサラリーマンとして生きるように自分を説得し続けた。

 

でも僕は結果的には37歳のときに脱サラ起業をした。

散々悩んだけど、やっぱり自分の「あっちに行きたい!」という衝動を押さえることができなかったのだ。

そのおかげで今日の成功がある。

今のこの「自由」と「幸せ」がある。

 

死ぬほど怖かったけど僕は勇気を出して一歩を踏み出したのだ。

そしたら、何もかもがうまくいった。

やってみたら、想像していたよりもカンタンだった。

 

「なんでもっと早くチャレンジしなかったんだろう?」

「なんでオレはあんなにずっとウジウジしてたんだろう?」と心の底から思った。

 

それからこんなことも思った。

もしもあのまま小さな箱の中に自分を閉じ込めていたらいったい僕の人生は今ごろどうなっていただろうか、と。

おそらく悲惨なことになっていたはずだ・・・

 

日本の社会は

  • 自由に生きること
  • 好き勝手に生きること
  • 楽しく生きること
  • 自分のやりたいように生きること

をを良しとしない社会だ。

 

でも不思議なことに多くの成功者やお金持ちは自由で、好き勝手に生きていて、楽しく生きていて、自分のやりたいように生きている。

「逆」なのだ。

「逆」のことをしているのだ。

 

だからうまくいったんじゃないのかな。

だから成功したんじゃないのかな。

 

それでいいんじゃないかな。

どうしてそれじゃいけないの。

真面目なサラリーマンとして、65歳の定年を迎えるまで勤めている会社に忠義を誓って働くというのならそれはそれでOK。

 

人間はどんな生き方をしてもいい。

どんな選択をしてもいい。

自分にとってハッピーで満足できるチョイスをすればいい。

 

僕は僕なりの選択をした。

そのおかげで「変わり者扱い」されることになっちゃったけど、それはもうしゃーないことだ。

そういう道を選択した以上、そういうことを言われたり、そういう目で見られたりすることは覚悟しなければいけないことなのだ。

 

いちばん大切なことは「自分の気持ち」だ。

こっちの世界に来て、良かったのか? 

ハッピーだったのか? 

後悔はしてないのかってことだ。

 

そういった意味では僕はすごく今、ハッピーだ。

経済的な面でも、精神的な面でもサラリーマンをしていた頃よりも数十倍、良くなってる。

まわりからどんな風に思われようと。

まわりからどんな目で見られようと。

 

だからもっと積極的にヘンな人になろう!

もっと自由に、もっとわがままに、もっと自分勝手に。

小さい箱の中に閉じ込めてた本当の自分を解放してあげよう。

 

親を心配させてもいい。

となりの家から「あの人、何やってる人なの?」と白い目で見られてもいい。

子どものようにうるさく、元気に、わがままに、エネルギッシュに!

まわりに散々、迷惑と心配をかけて、一日を思う存分、生きるのだ!!

 

僕は「不自由に生きること」「自由に生きること」の両方の生き方を試してみたけど、圧倒的に「自由に生きること」の方が幸せだった。

だから、あなたにも自由に生きてほしいと思っている。

 

「あれがほしい」

「これがほしい」

「やれをやりたい」

「これ、やりたくない」

「あれ、いらない」

「これ、いらない」

 

そんな風に自分に正直に生きることって実はとっても素敵なことなんじゃないだろうか。

だって自分の人生だもん。

たった一回しかない自分の人生だもん。

 

親のために生きてるわけじゃないもんね。

会社の上司や、世間のために生きてるわけじゃないもんね。

 

僕は2010年の暮れ、37歳のときに脱サラ起業をした。

それまで勤めていた不動産会社を退職し、専業大家になったのだ。

そしてその後、法人成りをした。

 

サラリーマンを辞めて、アパートからの家賃収入だけで家族を養い、法人化もしたと言うとさも僕がお金を持ってるように思われるかもしれない。

でもそれは違う。

僕はそれほどお金持ちというわけではない。

 

もしかしたらみなさんの方が僕よりも年収は高いかもしれない。

でも僕は『お金』という概念では測れないものを持っている。

それはとても貴重なものだ。

それは普通の人はなかなか持つことのできないものだ。

 

 

もったいぶらずに言おう。

僕が持っているもの、それは『時間』だ! 

 

そう、僕は圧倒的な自分の自由になる時間を持っている人間なのだ。

決してお金持ちではない。

でもその代わり「時間持ち」なのだ。

 

これに関してだけは僕は絶対的な自信を持っている。

僕は北海道に住んでいるが、おそらく僕は『北海道でいちばん自由なパパ』だと思う。

僕より毎日、自由に生きてる40代のお父さんは恐らくいないはずだ。

調べたことないから、わからないけれど・・・笑

 

たいていの人は、お金さえ手に入れば幸せになれると思っている。

僕もサラリーマン時代はそう思っていた。

とにかく高い年収を稼ぎ、お金をたくさん手に入れさえすれば、すべての問題は解決すると思っていた。

 

だけど、それはまったくの間違いだった。

高い年収を稼ごうとすれば、たくさん働かなければならない。

だから多くの人は一日のうち何時間も労働に捧げる。

僕もがむしゃらに働いた。

 

いつも営業成績を気にして、夜遅くまで働いた。

休日出勤もいとわず、サービス残業なんて当たり前だった。

「歩合制」だったからがんばればがんばるほど給料は高くなっていった。

 

すると、ますます頑張ろうと思うようになる。

これが罠だった。

頑張れ頑張るほど出世していき、社内の評価も高くなっていった。

だから僕は必死にがんばった。

 

毎日の生活のすべてを仕事に捧げた。

睡眠不足になろうが、健康診断で引っかかろうがお構いなしだった。

家庭なんてかえりみてる余裕なんてとてもなかった。

その結果、何が起きたのか? 

僕はぶっ壊れてしまった。

 

心と体のバランスを崩し、激しいめまいに襲われた。

神経内科で『自律神経失調症』と診断された。

 

確かに年収はUPした。

出世もした。

まわりからも認められた。

 

それでどうなった? 

その結果、何を得た? 

自律神経失調症になった・・・

これじゃ、まるでタチの悪い「ブラック・ジョーク」だ。

 

それでお前はハッピーになれた? 

自分のやってることに納得できた? 

「いい人生だ」って胸を張って言える? 

 

全然、そんなことなかった。

そこから僕の試行錯誤がはじまった・・・

 

おかしいじゃないか!

年収がUPすれば幸せになれるんじゃなかったの?

お金が入ってくれば、いろんな問題が片付くんじゃなかったの?

オレが出世すれば、家族も喜ぶんじゃなかったの?

 

あれがきっかけになって僕は自分の人生を見つめなおすことができた。

その経験は僕の人生を決定的に変える大きなきっかけになった。

そして、僕はある重要な気づきを得た。

それはお金だけあっても問題は解決しないという気づきだった。

 

それと同時にもう一つのある重要な気づきを得た。

それは、自由な時間がなければ人は幸せにはなれないという気づきだった。

 

この2つの気づきがあったからこそ僕は今、こうして自由にハッピーに暮らすことができている。

だから僕は『不動産投資』なんてものをやっているのだ。

 

不動産投資は『この世でいちばん自由な時間を獲得することができる夢のような投資法』だ。

僕の知る限りにおいて・・・

 

不動産投資は上手にやれば、『不労所得』というものが得られる。

不労所得は読んで字のごとく働かなくても収入が得られるものだ。

サラリーマン時代の僕のように朝から晩まで会社のために働かなくてもお金が入ってくるのだ。

 

こんなものが世の中にあるなんてあの頃の僕は知らなかった・・・

知らなかったからただがむしゃらに働くしかなかった。

だけど自律神経失調症になって強制終了がかかったことにより、僕は考える時間を得た。

 

自分にとっていちばん大切なものとは何か? 

自分にとってどんな状態がいちばん幸せなのか? 

もう以前と同じ過ちは繰り返したくない。

だから僕は必要以上にお金を求め過ぎないように注意している。 

 

お金だけあっても問題は解決しないのだ。

やろうと思えば、物件の数を増やすことはできるだろう。

でも無理はしない。

「無理をすると、どんな恐ろしいことになるか」ということを身をもって体験しているからだ。

 

僕には「時間」がある。

収入では負けるかもしれないけれど、「物理的な自由時間の量」では誰にも負けない自信がある。

 

僕が取得したいくつかの物件たちが僕の代わりに24時間365日働いて稼いでくれているのだ。

だから僕は圧倒的な自由な時間を持っている。

いわば僕はその自由な時間を買ったのだ。

 

年収が2,000万円あろうが、3,000万円あろうが、毎日毎日仕事に追われ、自由な時間がない生活を僕は送りたいとは思わない。

それじゃ、ハッピーじゃないのだ。

 

年収が高い人ほど生活がレベルが高い。

生活レベルが高いと、支出も多い。豪華なマンション、高級車、子供の教育費、外食代、飲み代、その他の無駄な買い物、etc・・・

これらの大きな支出を捻出するために夫婦二人でフルタイムで働いている人は意外に多いものだ。 

 

そして、その犠牲になっているのはいつも『時間』だ。

家族と過ごす時間

自分の趣味を楽しむ時間

リラックスする時間

じっくり自分と向き合う時間

etc、、、、

 

貧乏も困る。

だけどお金だけあって時間がない状態もダメなのだ。

 。

 

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人生がうまくいかないときにどのように考えればいいのかついて。僕なりの考えを述べる。


人生がうまくいかないときにどのように考えればいいのかついて。

 

一生懸命やってはいるんだけど、なかなかうまくいかなくて結果が出ない。

そんなときは、「あ、またお知らせが来てるな」と考えるようにしましょう。

 

おい、お前、何か間違ったことやってるよ

早く気づきなよ

自分のやってることを一つ一つ検証してみてごらん

どこかにおかしい箇所があるはずだよ

etc・・

 

そういう無意識からの『大切なお知らせ=サイン』だと思うといいです。

 

客観的に見つめ直してごらん

今の自分を変えてごらん

何かが違っているんだ

だからそれが起こったんだ

ほら、気づきなよ

etc・・・

 

無意識はいつも僕らに語りかけているのです。

その声を無視すればその苦しみからは解放されることはないでしょう。 

でも、その声を素直に受け入れてそこを改善させれば問題は修正され、やがていい方向へ向かってゆくはずです。
 
自分の生まれ育った環境とか、親の経済力とか、自分の容姿、あるいは持って生まれた才能・・・そういったものはもうどうすることもできません。

どんなに憧れても、どんなに不満でも、そこは受け入れるしかないのです。

 

でも、そこからどのようにプレイするかで人生を大きく変わってゆくと思っています。

どーにかこーにか配られたカードで勝負してゆくより他に方法がないということです。

 

 

僕は『人生はデコレーション・ケーキのようなものだ』と思っています。

そういった「自分の力ではどうすることもできないようなもの」はいわばスポンジのようなものです。

 

どんなにスポンジが立派でも、スポンジだけでは店頭に並べられない。

きちっとその上にデコレーションをしなければ売り物にならないのです。

人生もこれと同じだと思う。

どんなに恵まれた環境に生まれ育ったとしても人生を棒に振る人なんてゴマンといます。

 

だから、もしもみなさんに自分に配られたカードが芳しくないものだったとしてもそれを気にする必要はまったくない。

そこからいくらでも挽回することはできます。

 

スポンジの上のデコレーションを頑張りさえすれば最初からいいカードが配られたヤツよりも上にいくことのできます。

確かに大地主の家に生まれたり、生まれつき特殊技能を持っていたり、ズバ抜けた運動神経の持ち主だったりする人はいます。

でも、そんな人は全体から見ればごく一部。 

他はだいたいみんな似たり寄ったりだと思います。 

 

さあ、そこからどうやって自分だけ抜きん出るか。

人生はそこで決まります。

 

だから、そこから先はその人しだいです。

さあ、そこからどんなデコレーションをするのかで勝負は決まる。

ごく一部の人を除き、ほぼ横一線からのスタートなのです。

 

これは外見もひっくるめた話だ。

もしも他の部分で劣っているのならせめて外見だけでも立派にしてみましょう。

 

僕の見たところ、人生がうまくいってない人というのは外見もみすぼらしい人が多い。

いつも暗い服を着て、暗い顔をしている。

現実があまりにも過酷だと自分の見た目のことなんてどうでもよくなっていくらしい。

 

それではいけません。

「人は見た目が9割」という本もあるけど、見た目や印象が良ければ、その人は輝いて見えるもの。

 

そういう明るいオーラを出していると自然といいことが起きるようになります。

地味な服を着て、髪の毛も整えず、暗い顔と表情をしている人の元にはなぜか悪いことばかり起こるものです。

負のオーラを出してるから自然とマイナスのもの引き寄せてしまうのかもしれません。 

 

その人の中身なんて他人はわかりっこありません。

「根はいい人なんだけどね…」って言ったってそんな根の部分まで見抜ける人はそうそういません。

やっぱり見た目ってすごく大事です。

 

それも一種の「デコレーション」です。

 

どうせ何かやったっていいことなんか起きない

だから、オレはこのままでいい

 

そんな拗ねた態度ばかりしていたらいつまで経っても浮上できません。

ケーキはずっと売れ残っちゃいます。

いろんなことがうまくいってないんならせめて外見だけでも気を遣ってみましょう。

 

髪を切り、オシャレをし、ファッションにも気を使い、表情も豊かにしてみましょう。

そしたら必ずいろんなラッキーなことが起こるようになります。 
 

僕たちは生まれるとき、自分で選んで生まれてきたわけではありません。

自分の生まれる家や持って生まれた才能などを自分でチョイスすることはできないのです。

だから最初に配られたカードがあまりかんばしくないものだったとしてもどうにかそのカードでやっていくしかありません。

 

僕にもクリスティアーノ・ロナウドみたいなサッカーの才能があれば今ごろすごいサッカー選手になれていたかもしれません。

でも残念ながらそのような才能は僕にはありませんでした。

 

いや、僕にないのはサッカーの才能だけではありません。

その他にもいろいろな才能が僕には備わっていません。

そのことは誰よりも僕自身がよく知ってることです。

 

でもだからと言って人生をあきらめる必要はまったくありません。

たとえ「持って生まれた才能」に恵まれなかったとしても手持ちのカードを使っていかにプレイするかによってその後の人生は大きく変わってきます。

最初に配られたカードがたとえどんなカードであったとしてもそこからいくらでも挽回することができるのです。

 

この世の中には、「最初から恵まれてる人」というのがたくさんいます。

たぶんあなたにも1人や、2人、思い浮かぶのではないかと思います。

家柄、ルックス、センス、オーラ、学力、運動能力、etc・・

 

オギャーと生まれた段階からすでにいろんな意味でもう既に幸運を手にしている人たち・・

最初にカードが配られた段階ですでにもう役が揃ってるような人たち・・

 

もちろんそういう人たちはラッキーです。

その後の人生も有利に事をすすめることができます。

ラクチンな人生が約束されています。

そういう人たちが一定数いることは事実です。

 

だけどすべての人がそうではありません。

僕たちはそのことを偉人の本や伝記などから知ることができます。

 

あの人たちは決して最初から恵まれていたわけではありません。

カードが配られた段階ではあまり宜しくないところからスタートしています。

にもかかわらず、あの人たちはそれぞれの分野で活躍し、歴史に名を刻むことができました。

 

もちろん僕たちは偉人ではありません。

だから彼らを引き合いに出すのはおかしいという考え方もあるでしょう。

しかし、彼らから何かを学ぶことはできるはずです。

そして、その学びを自分の人生に生かすことができるはずです。

 

僕たちが本当に注目しなきゃいけないのは彼らの業績の方ではありません。

僕たちが注目しなきゃいけないのは彼らがいかに恵まれていなかったかどんなハンディキャップを背負ったところからスタートしたのかというところなのです。

 

自分の力ではどうすることもできないことで思い悩むのはもうやめましょう。

いくらくよくよ思い悩んだって才能に恵まれなかったり、容姿に恵まれなかったりしたことはどうすることもできません。

 

A型で生まれた人がどんなにB型に憧れたとしてもB型にはなれないのと同じ一緒です。

どうせ悩むなら、「自分の力でどうにかなること」で悩みましょう。

 

僕も不動産投資をスタートするときに地主の家に生まれて、最初から広大な土地を有している家に生まれていたらどんなに楽だったろうと何度も思いました。

地主さんはもともと土地をたくさん持っています。

だからわざわざ土地代を借金する必要がありません。

既存の土地にアパートを建てれば簡単に建物分の値段だけで家賃収入を得ることができます。

 

だけど僕みたいな普通の人間は土地と建物の両方を購入する必要があります。

となると高額なお金を銀行から借りなければいけません。

だから僕らみたいな庶民は新築物件には手を出せないのです。

 

となると、必然的に中古物件を購入するという選択肢した残っていないことになります。

古い物件は見た目もボロボロだし、あちこち傷んでいるので修繕もいろいろかかります。

そういった費用も差し引いたら手もとには雀の涙しか残らないときもあります。

 

それでもなんとか知恵をふりしぼって賢いアパート経営をすればそこそこの成果をあげることはできます。

そういうハンディキャップを背負ったところから始めて、今では大富豪にまで上り詰めた大家さんを僕はいっぱい知っています。

僕も早くその位置に到達したいのですが・・

 

だからあきらめないでください。

最初に配られたカードがあまり芳しくないものだったとしても、そこで試合が終了してしまうわけではないのです。

そこからいかにして知恵をしぼり、賢く手持ちのカードを使ってプレイしたかによって結果は大きく変わってきます。

 

あなたが悩まなきゃいけないのは、「どうやってうまくこのハンディを乗り越えるか?」ということです。

僕のケースでいうと、「どうやって古い物件を上手に運用して安定的な家賃収入を得るか」ということです。

 

あるいは「どうやったら株式投資から最大限のリターンを獲得することができるか」ということ。

なぜオレは金持ちの家に生まれなかったんだなんてことに悩んでいたって人生はちっとも良くならないのです。

 

ときどき、劣等感のかたまりのような人に出会います。

そういう人は自分がいかに恵まれていないか、自分がいかに不幸な生い立ちなのか、これまでの自分がいかに不運だったか、そして今、自分がいかに不幸かということを必死にアピールします。

そして、どうせ俺は○○だから、どうせ私は○○だから・・・・といったようなことをよく口にします。

 

生い立ち、環境、ルックス、性格、特性、etc・・

あなたも、今、いろいろな悩みを持っていると思います。

だけど、どうか卑屈にならないでほしいと思います。

「劣等感のかたまり」のような人間にだけはならないでほしいと思います。

 

もしも最初に配られたカードでその後の人生が決まってしまうのならば人生というのはあまりにも味気なく、面白味のないものになってしまいます。

ところが、ご存じのとおり人生というのはそうではありません。

最初に配れらたカードがあまりかんばしくないものだったとしてもプレイの仕方によって、その後の展開はいかようにでも変えることができるものなのです。

 

だから人生はおもしろいのです。

だから人生は生きる価値があるのです。

 

「どうせオレは」「どうせ私は」と思って生きている人は人生というものがいかにエキサイティングなものなのかということを知りません。

そして、自分もそのエキサイティングな人生の主役になれるということも知りません。

まるで自分の人生を観客席からながめているように毎日を生きている人たちがいます。

これほどつまらない人生はありません。

 

もちろん、クリスティアーノ・ロナウドにはなれないかもしれません。

だけど、『あなたなりの物語』を生きることはできるはずです。

そして、その物語がおもしろく、楽しく、エキサイティングで、感動的な物語であったならばそれはそれで「いい人生だった」ということになるのではないでしょうか? 

 

少なくとも何もせずただじっと座ったまま自分の境遇を嘆き、自分の人生を呪って生きてる人よりははるかにマシな人生になるでしょう。

何かを待っていたって、何も起こりません。

 

幸せの女神は自ら行動を起こす人にだけ微笑むのです。

あなたに今、配られたカードはあまりパッとしないカードばかりです。

さあ、あなたはここからどう動きますか。

どのようにプレイしますか。

そこからどのように挽回しますか。

 


人生がうまくいかないときにどのように考えればいいのかついて。

 

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不動産投資においてどんな間取りの物件を選べばいいのか問題について僕の思うところ。


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 収益物件を購入しようとする際に、結構頭を悩ますのが部屋の間取りのタイプです。

1R、1K、1DK、 1LDK、2DK、2LDK、3DK、3LDK、etc・・・

部屋の間取りには実にいろいろなタイプがあります。

そのなかで僕はなるべく『1DK~1LDK』の間取りにこだわって物件を選ぶようにしています。

1R~1Kの間取りでもなく、2DK以上の間取りでもありません。

あくまでも1DK~1LDKです。

どうして僕がその間取りにこだわるのかというと1DK~1LDKの間取りが賃貸市場において、いちばん需要(ニーズ)のある間取りだと思うからです。

 

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スガがやろうとしている「生産性の向上という名のもとの中小企業つぶし」について思うこと。

 


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流れに逆らわないで肩の力を抜いて生きることの大切さについて。


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「ノリと「たまたま」が、意外と大事。超エリート起業家に聞く“爆速で成長する方法”」というタイトルのおもしろそうなタイトルの記事がありました。 

そこでは加藤勇志郎さんという起業家のインタビュー記事が載っていました。

 

加藤さんは東京大学を卒業後、外資系コンサルティング会社マッキンゼー・カンパニーに入社し、史上最年少でマネジャーに就任。

その後2017年に「キャディ株式会社」を設立し、創業1年で10.9億円の資金調達を成功させたという輝かしい経歴の持ち主。

 

彼はそのなかでこう答えています。

 

僕が優秀だと感じる人は、“たまたま”をちゃんとモノにしている人が多いです。

 

加藤さんは入社1年目のときにお客さんから「IoTって最近流行ってるよね」と言われたそう。

そのことを役員に話をしたらノリのいい役員から「一緒にそれやるか!」と声をかけられたとのこと。

それがきっかけでIoTの分野に足を突っ込むことになり、それが将来の大成功をおさめるきっかけにもなった。

 

加藤さんはインタビューでこう言っています。

 

こういういわば「ノリ」に本気で対応していると、“たまたま”のチャンスがめぐってきやすい。

 

ロック・ミュージシャンでありながら、ノーベル文学賞も受賞したボブ・ディランの代表曲に『風に吹かれて』というものがあります。

あまりにも有名ですね。

 

友よ

答えなんて風まかせさ

答えは風に吹かれているんだよ

 

ボブ・ディランはいつも不思議な歌詞を書きます。

つかみどころがなくてよくわからないんだけどなぜかとっても気になる、、、

この「答えは風の中にある」「答えは風まかせだ」というのもすごく気になる言葉です。

 

普通、答えって『正解』とか『決められたもの』があるもの。

でもボブ・ディランは「答えは風に吹かれている」と言うんです。

これはどういうことなんだろう? 

 

この歌をはじめて聴いたときから僕はそれがずっと気になっていました。

でも37歳の時に『脱サラ起業する』という道を選んで、普通の人と違う道を歩むようになってようやくその意味がわかったような気がしました。

それは加藤さんがこのインタビューのなかで言ってるのと同じことだと思います。

 

「流れに乗ろう」

「たまたまを大切にしよう」

「偶然が幸福を運んできてくれる!」

etc、、、

 
 
言葉にすると陳腐かもしれないけれど、そういうことなんじゃないかと最近思いはじめています。

 

僕はサラリーマンをやめて不動産投資なんてものをやって生計を立ててる人間です。

自分でも「随分めずらしい生き方をしてるなぁ」と思うときがあります。

まわりでもそういう生き方をしてる人はいません。

みなさんのまわりにもいないでしょ?

 

でもそういう道に進んだのも『たまたま』や『なりゆき』だったような気がするんです。

僕はただその流れに乗っただけに過ぎない。

 

もちろん会社を辞めるという決断をしたのも、銀行から何億円という借金をしたのも、僕が決断したことです。

僕は僕なりにそのとき真剣に考えたし、冷静に物事を見つめて判断したつもりです。

でももっと大きな視点で見れば僕がそのような選択をしたのは「流れ」のようなものに乗っかっただけのような気がしないでもない。

 

僕が無理やり切り開いたというよりもいろんな偶然が重なった結果、運良く僕の前にチャンスが転がり込んできただけのような気がします。

そして、僕はそのたまたま流れてきた舟にヒョイっと飛び乗っただけのような気がするのです。 僕は勉強がそれほどできなかった。 部活の花型の選手でもなかったよ。 何か特別な才能があったわけでもない。 社会人になってからもパッとしない普通のサラリーマンでした。 これといった特別な出来事や体験もないまま年齢を重ね、僕は30歳になった。

 

「自由に暮らせたらどんなにいいだろうなぁ・・」 30歳を過ぎた頃からそんなことを漠然と考えるようになりました。

そして、考えるだけじゃなく、いろいろ自由に生きるための方法を調べました。

 

そしたら、たまたま『不労所得』というものを発見したのです。

それを知ったとき、僕は雷に打たれたかのような衝撃を受けました。

「世の中にそんなもの、そんな方法がある」なんて考えたこともありませんでした。

 

そして、その不労所得ってやつはどうやら不動産投資というものをやれば得られるらしいというところまでわかってきました。

そこで僕は考えました。

不動産投資をマスターするためには不動産のことを学ばなければいけないのではないか、と。

そして、不動産のことを学ぶためには不動産会社に就職することがいちばん手っ取り早い。

不動産のことを勉強しながら給料ももらえる。

一石二鳥だ!

 

そう考えた僕はそれまで勤めていた会社(リースの仕事をしていました)を辞めて、

おもいきって不動産会社に転職したんだ。

それが今の僕の幸福につながってるってわけなんです。

 

最初のきっかけは「たまたま」だったんです。

大切なことはその流れに逆らわないでその流れに乗っていけるかどうかなのです。

僕は全然、特別な人間でもなんでもないんだよ。

 

これまでの僕の半生にも特別な出来事なんて何もなかったよ。

そんな僕が今、こうして自由にハッピーに生きることができているのは流れに逆らわなかったからだと思うのです。

 

ただ単に流れに沿って生きてきただけ。

風に吹かれて生きてきただけ。

たったそれだけで『自由』と『幸せ』を同時に手にできるのです。

 

ちまたでは『意識高い系』という言葉が定着しつつあります。

それで「自分の人生は自らの手で切り開いてゆくものだ」という考えが多くの人の共通認識になっています。

 

それはそれでいいとは思うんだけど、キャリアだ何だってあまりにも過剰になり過ぎて、肩に力を入れて生きるのもどうかと思います。

幸せって力づくでもぎ取るようなものでもないような気もするし。

 

 

ときには『流れに乗る』ということも意識してほしい。

 

ふと思ったことをやってみる

何となく頭に浮かんだことをやってみる

こっちの方が良さそうだなと直感的に思ったほうへ行ってみる

なんか気になるなぁ・・と感じたことを調べてみる

etc・・・

 

とっても大事なことだと思います。

自然体で、リラックスして、力を抜いて、無責任に、軽ーく。

決して流れに逆らわずに。

 

そうすると、思いもよらぬところへたどり着いたりするものなんです。

思いもよらぬ展開が待っていたりするものなんです。

みんな目の色を変えて、必死になって『答え』を探しているけど、答えは風に吹かれているんだよ。

 

仕事でも、恋愛でも、子育てでも何でもそうだけど、何とかしようしようと力めば力むほどうまくいかなくなるパターンが多い。

追いかければ追いかけるほど、相手は逃げてゆく。 

かえって余裕をもって何もせずにドーンと構えていたほうがうまくいったりすることが多い。

 

物事というのは焦って一生懸命必死になって何かをすればうまくいくというわけではない。

何もせずにそのままにしておいた方がうまくいくことも多い。

 

日本は必死になって頑張るということを異常なくらい過剰評価するところがある。

でも『いいかげんというのは良い加減』と言われるようにあんまり力みすぎないほうがいいと僕は思う。 

 

リラックスして、「あれもやらなきゃ」「これもやらなきゃ」という呪縛から良き放たれてみよう。

もしかしたら、みなさんがうまくいかなかったのはその『力み』のせいだったのかも…

 

頑張る人というのは、常に自分のことを「見張ってる」人だ。

絶対にミスは許さない。

ある一定のレベルは絶対にクリアしなきゃならない。

そうやって自分を監視して、常に自分を見張り、追い込み…

 

そんなふうに眉間にシワを寄せてるような人をいったい誰が好きになってくれるだろう?

もしもみなさんが今、うまくいってないと感じているのならそれは頑張りが足りないのではない。 

頑張りすぎちゃってるのかもしれない。

 

頑張らないと嫌われる

頑張らないと価値がないと思われる

だから頑張る・・・

 

僕たちは「頑張ることこそが正しいことなのだ」と教え込まれ、そのとおりにしてきた。

だけど不動産投資というものと出会い、僕はその考え方に疑問を抱くようになった。 

 

なぜなら僕の知ってるうまくいってる大家さんたちはみんな、別に頑張ったから成功したわけじゃないから。

というか、そもそも商売の世界というのは頑張れば成功するといったような世界じゃないから。

 

頑張っても頑張ってもうまくいかない人もたくさんいる。

その事実を発見して僕は驚いてしまった。

それは僕がまわりの大人たちから教え込まれてきたこととまるで正反対のことだった。

 

ぜんぶ自分ひとりの力で勝負しようとする人

ぜんぶ自己資金で勝負しようとする人

こういう人はきっと商売に向いてないと思う。

不動産投資にの向いてない。 

 

だって不動産投資って基本的に他人の力を利用することによってどんどん飛躍してゆくものだから。

 

 

・売買の営業マンは利益をもたらす資産を見つけてきてくれる

・銀行は高額な不動産の取得費を用意してくれる

・賃貸の営業マンはお客さんを見つけてきてくれる

・入居者のみなさんは借入金、工事費、税金、保険料などを僕らの代わりに払ってくれる 

 

 

これってみんな僕の力じゃない。

僕以外の人の力を借りただけのこと。 

とてもじゃないけど僕にはなん億円もの物件を購入する力なんてなかったよ。

僕個人にはそんな力はない。

 

じゃあ、何が僕の代わりに購入してくれたのか?

僕の『ビジネス』が購入したんだ!

それは『僕』ではない。

 

頑張るって気をつけなきゃいけないワードだよね。

これにハマって、その永遠ループから抜け出せなくなってる人、たくさんいるよね・・・

頭のいい人や、才能に恵まれてる人は『自分の能力』で勝負していけばいい。

僕にはそれがなかったから『資産』に頼るしかなかった。

「自分」で立ち向かえなかったから、その穴を埋めるために資産に稼いでもらうことにしたんだ。

 

世の中わからないものだ。

ダメが良い結果に結びつくこともあるんです。

 

自分の力には限界がある。

自分の力だけに頼るのは危険だよ。 

でも『資産』を手に入れて、資産の力を借りれば、本当の意味での豊かさを手に入れることができる。

 

頑張り屋さんの人は誰の力も借りようとせず、何でも『自力』で物事を解決しようとする。

親からも「人に頼るな」と厳しく言われて育った。

だから一生懸命、頑張ってきた。

でも自分にばっかり頼っているといつか限界が来る。 

 

うつ病になる人の多くが真面目で頑張り屋さんだというのは有名な話だ。

もう少し肩の力を抜いてラクに生きてみましょう。

 

もっと人に頼ろうよ。

もっと人に甘えてもいいんです。

『流されて生きる』って悪いことのように捉えられているけど、すごくいいことだと僕は思ってます。

 

ときどき同級生なんかに会ったりすると、「お前はそうやって好き勝手なことをやって生きていけるんだからいいよなぁ・・」というようなことを言われることがある。

それについては僕自身も驚いている。

まさか僕がこんなふうなことをやってメシを食える人間になるなんて夢にも思っていなかった。

 

だって僕は勉強も落ちこぼれだったし、部活で活躍したこともないし、クラスの人気者だったわけじゃない。

社会に出て働き出すようになってからも特に優秀な営業マンでもなかった。

何の資格も持っていないし・・

 

そのことで僕はずいぶん苦しんだような気がする。

「自分には何もない」ということで随分悩んだ。

 

そんな僕が設立した会社は10期目に突入した。

もうすぐ11期目になる。

10年だ。

それなりに長い期間だ。

 

しかも、年を重ねるごとにどんどん銀行への支払いが進み、資産も積み上がっていっている。

法人税に頭を悩ませるくらい黒字にもなっている。

 

人生ってわからないものです。

大企業に就職したらそれで幸福が手に入るかといえば、それも違うような気がします。

僕は大企業に就職して、うつ病になってまともに働けなくなった人を何人も知っています。

 

何がその人の人生を分けるんだろう。

幸福ってどうやったら手に入るんだろう。

それは僕にもわからない。

誰にもわからない。 

 

答えは風に吹かれているのです・・ 

 

 


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