サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

現代社会の盲点をつく! モノや便利さとひきかえに失ったものについて考えてみた。

f:id:orange345:20170326215332j:plain

 

僕は以前、幸せというのは「ひととおりのモノがそろっている状態のこと」だと思っていました。

マイホーム、クルマ、生活家電、携帯電話、パソコン、衣服、家具、etc・・・・

貧乏生活をするのは嫌だったし、いろんなモノを購入できる生活が豊かさの象徴であるかのように錯覚していました。

しかし、だんだんと年をとるにつれてその考え方に疑問を抱くようになっていきました。

もちろん相変わらず貧乏生活は嫌です。

僕は不動産の世界に身を置いています。

そこで僕は貧困にあえぐ人をたくさん見ています。

 

貧乏というのは悲惨なものです。

誰が好きこのんで貧乏生活をおくりたいと思うでしょうか?

いっぽう、じゃあ、モノが豊富にあればそれで幸せを得られるのかといえば「それも違う」と僕は思うようになりました。

モノに囲まれ、生活が便利になることと幸せになることはまったく別のことなのです。

たくさんのモノを買おうと思ったら、その分、たくさん働かなきゃいけないよね? 

ある程度のモノを揃えようと思ったらお金を得る必要があります。

お金を得るためには働かなければなりません。

10万円の生活費を稼ぐためには10万円以上稼ぎ出す労働をしなければなりません。

30万円の生活費を稼ぐためには30万円以上稼ぎ出す労働をしなければなりません。

 

もしもひとつひとつのモノのグレードを上げたいと思ったらその分いっぱい働く必要があります。

本当はガラケーで済むはずなのにスマホにしなきゃならない。

本当は賃貸マンションでいいはずなのに4,500万円もの住宅ローンを抱える。

本当は中古でいいはずなのに新車のワン・ボックス・カーを乗りまわす、etc・・・

服も、電化製品も、家具も・・・「少ない数」で生活しようと思ったらなんぼでも出来るはず。

それなのに、我々はいつの間にかある程度のグレードを維持しなければいけないという強迫観念にかられてしまっているのです。

その結果人生のほとんどの時間を「労働」に費やし、自由な時間を犠牲にする生活を余儀なくされているのです。

本末転倒とはこのことを言うのではないでしょうか? 

一生懸命働いて喜ぶのはあなたの勤めている会社の社長さんです。

たしかに出世すれば多少は年収はアップするでしょう。

歩合制だったりなんかすれば一時的には報酬がもらえるかもしれません。

 

だけどそれは一瞬だけのこと。

あなたが稼いだお金はきっと「モノ」の購入資金に消えてゆくはずだし、そうやって苦労して手に入れたモノだって実際に手にしてしまえばもうそれで終わりです。

最初の1,2週間は手に入れたことの興奮に包まれるかもしれませんが、その後はそれを購入したことすら忘れてしまうことでしょう。

そのモノを購入するのにいったいいくら支払ったのか? 

さらに、その購入代金を稼ぎ出すのにどれだけ頑張って働いたのか? 

 

そんなことはすぐに忘れてしまうはずです。

目次

 

どんなに新しい商品が誕生しても、すぐに慣れて、古くなっちゃう

日本は世界一の経済大国になりました。

その結果、僕たちのまわりにはたくさんのモノがあふれ、生活も便利になりました。

それはとても素晴らしいことです。

もしも戦後になってもずっと貧しいままの国だったらそれはそれで問題だったと思います。

しかし、人間というのはすぐに慣れてしまう生きものです。

どんなに苦労して何千万円もの借金をして手に入れた新築マンションも10年をすれば劣化が進みます。

その頃にはきっと近くに建築された新築のタワー・マンションのことを羨ましく思っていることでしょう。

クルマだって法定耐用年数は6年です。

新車で買ったクルマも6年もすれば古臭く思えてくるはずです。

i-phoneが発売されたとき、「とんでもないものが発売された」と興奮したはずです。

でも、今、その頃に発表された初期のi-phoneを持っていたとしても嬉しくもなんともないでしょう。

 

もうとっくにi-phone6に機種変しているのではないでしょうか? 

どんなに新しい商品が開発されたとしても、ワクワクするのは一瞬のこと。そのワクワクはすぐに醒めてしまうのです。

 

モノや便利さと引きかえに、僕たちは何かを失ってないかい?

だけどそれらのモノを購入する「労働」はずっと続きます。

勤め人を卒業でもしないかぎり、それは一生続くのです。

「少しでもいいモノをたくさん購入したい」という欲求がある限り、我々は働き続けなければならないのです。

それは年収1000万円の人も年収300万円の人も同じことです。

いっぱい働くためにはギュウギュウ詰めの満員電車も我慢しなければなりません。

職場の悪い雰囲気の人間関係にも耐えなければなりません。

 

厳しいノルマも達成しなければならないし、サービス残業も当たり前の毎日をおくらなければなりません。

家族とどこかに出かけても仕事のことが気になって仕方がない休日を過ごさなければなりません。

 

もちろん、単身赴任や海外勤務にも文句ひとつ言わずに従わなければなりません。

どんなに年をとっても、昇級試験があれば、そのために死ぬほど勉強しなければなりません。

最近では英語も話せるようにならなければならなくなりました。

それらのことは過大なるストレスとなって働く人を襲うことでしょう。

世の中でこれだけたくさんの人がウツになっているのもうなずけます。

僕はそのストレスに耐えられなくなってそこから逃げ出したのです。

もう少し、モノが少なくてもいいのではないでしょうか? 

そんなにそんなに便利にならなくてもいいのではないでしょうか? 

 

子どもの頃、なんでも出来てしまうドラえもんの四次元ポケットに憧れました。

でももし本当に異次元ポケットなんてものがあり、いろんな諸問題が解決されたら、きっととんでもなく生きづらい社会になることでしょう。

我々は、モノや便利さとひきかえに何かとても大切なものを失くしてしまったのかもしれません。

 

 

まとめ

広すぎる家、使わないモノ、無意味な人間関係、つきあい、しがらみ、etc・・・・そういうものを過剰に抱えると、どうしてもフットワークが重くなるし、やらなきゃいけないことも増えちゃいます。

 

そうすると人生が「用事を足すだけのもの」になっていってしまいます。

僕はそういう『自分の自由な時間を阻むもの』をいちばん恐れています。

 

僕は自分の人生にだけ集中していたい。

だから極力、生活をシンプルなものにしたいのです。

 

自分の好きなことだけやってそれ以外のことはなるべくやりたくない。

それが僕にとっての最高の贅沢なんです。

 

もちろんそういうシンプルな生活をおくることってそんなに簡単なことじゃありません。

僕はサラリーマンだったからよくわかるんです。

 

僕みたいにサラリーマンの世界からドロップアウトできる人なんて限られてます。

それでもチャレンジしてみる価値はあると思うし、別にシンプルライフを志すことってサラリーマンをやりながらでもできると思います。

 

僕は『極端』なことを言い出す癖があるんだよ。笑

いつも奥さんに注意されてる・・・

でもいろんなしがらみから抜け出して、本当の意味でシンプルに生きようと思ったら、ある程度の『孤独』は覚悟しておいたほうがいいと思います。

なんといっても、人と違う生き方をするわけなんだから。

 

僕がここで言ってる「孤独になる」というのは他者との関係を断って「ひきこもる」という意味ではありません。

自己を磨くということです。 

自分磨きをしている人はやがてきちんと自立することができるようになります。

 

誰かに依存したり、会社や政府に頼らなくても平気でいられるようになります。 

それは本当の意味での『自信』につながると思います。