サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

生まれ変わるなら生きてるうちに! 無難な方を選択すると無難な結果しか得られない法則


生まれ変わるなら生きてるうちに! 無難な方を選択すると無難な結果しか得られない法則

 

脱サラし、法人成りし、自由気ままな暮らしをするようになってかれこれ10年近くの月日が流れました。

そのなかで最近僕が強く思うのが、「なんでみんな常識とか世間体みたいなものにそんなに縛られてるんだろう…」ということです。

だいたい見ていると苦しんでる人ほどそういうものを気にして生きています。

 

会社を辞めてはいけない

我慢しなきゃいけない

そんなことを言ってはいけない

そんなことやってはいけない

etc・・

 

そんなふうに勝手に思い込んで自分を縛りつけているように僕の目には見えるのです。

でも、それはみなさんの勝手な思い込みかもしれません。

いったんその固定観念を外してみたら、ずいぶんラクに生きられるようになるかもしれません。

 

「○○なはずだ」「○○すべきだ」という固定観念というものはなかなか手強いものです。

そして、その「○○なはずだ」「○○すべきだ」の正体が常識であったり世間体であったりすることが往々にしてある。 

だから今、苦しい想いをしている人はぜひ、その囚われから自由になってみることをおススメします。

 

それに囚われているあいだはきっといろんなことがうまくいかないはずです。

うまくいかないのだったら、逆をやってみる。

だってそのやり方をやってもうまくいかなかったんですから。

今度はその逆をやってみたらうまくいくかもしれないじゃないですか。

 

みなさんはきっと、いろんなことを頑張ってきたんだと思います。

常識から外れないように

世間から後ろ指をさされないように

そうやってすごくまわりに気をつかって、まわりを気にしながら生きてきたんだと思います。

なぜ、そんなふうに生きるようになったか。

それはみなさんが真面目な人だからです。

いい人だからです。

 

そういう「いい人」って人一倍「親を悲しませたくない」と考える傾向があります。

だから必死になって親の嫌がるようなことはしないようにしようと考えます。

 

常識とか世間体とかをやたら気にする人って真面目でいい人なんです。

そして、その親も真面目でいい人なんです。

 

真面目で、道を外れることが大嫌いで、安定志向の両親。

きっとそういう両親に育てられたんだと思います。

 

でも僕の目からみると、そういう優しくていい人ってすごく生きるのが辛そうです。

自分を殺して、本音を言えず、わがままに振る舞えない・・

いつも「いいコ」を演じていて、親を悲しませないように、悲しませないように、と気をつかって生きている。

 

本当は好きなことをやって自由に生きたいのにそれができない。

どうしてもできない。

 

そんなわがままなことできない。

そんな常識はずれなことできない。

そんな世間で笑われるようなことできない。

だから、『我慢する』という戦略をとるしかない。

我慢してグッとこらえるしかない。

そうすれば少なくとも波風は立たない。

 

両親を悲しませることもない・・

 

でも、そろそろその「ちゃぶ台」をひっくり返してみませんか?

もう少し肩の力を抜いて生きてみましょう。

 

心を開いて、いろんなことを解き放ってみましょう。

今まで「頑張る」「我慢する」という戦略をとってきたのです。

今度はその逆をやってみましょう。

頑張らない

我慢しない

無理をしない

本音を言う

わがままに生きる

自分勝手に生きる

両親の意に反した生き方をする

etc・・

そんなこと絶対、無理。

そんなこと絶対できない。

そんなの非常識だ。

そんなこと絶対、両親が許さない。

 

そう思えることをぜひやってみてください。

そこに答えがあります。

それをやることによってはじめて今、抱えている苦しみから解放されるはずです。

 

現実の世界を見ていてもネットの世界を見ていてもつくづく思う。

『自分の人生を本気で変えよう』と思ってる人があまりにも少ないような気がする。

 

みんな口ではいろいろ夢を語る。

だけど、その夢を実現するために実際に行動に移してる人はほとんどいない。

 

当たり前のことだけど、タネを植えなければ作物は育たない。

アタマの中でどんなに豊作の畑をイメージしていたとしても実際に果実が実るわけではない。

 

世の中にはたくさんの自己啓発本が出回っている。

ネットの世界でも「潜在意識が云々かんぬん」と謳った商品をあちこちで目にする。

そういった内容のセミナーも毎日どこかで開催されている。

だが、実際に自分が変わらなければ何も意味はない。

それらはすべて机上の空論で終わってしまうのだ。

 

何かが起こるのをただ待っていたって何も起こらない。

白馬の王子さまも登場しないし、かぼちゃの馬車も迎えには来てはくれない。

 

自己変革をするのだ。

自分を変えて行動する。

ほんのわずかでもいいから昨日よりも前進する。

それ以外に人生を変える方法は他にない。

それをしない限り、昨日と今日と明日は変わらない。

 

ずっと同じところをグルグルまわり続け、一生そこから出られない。

もちろん成功も富も幸福も手に入らない・・

 

年齢は関係ない

学歴も関係ない

職歴も関係ない

資格も関係ないし、家柄も関係ない

 

人生の軌道修正をするのに「遅すぎる」ということはない。

今からでも遅くない。

 

もしもみなさんが『夢の実現には年齢制限がある』と思い込んでいるのだとしたらそれは大きな間違いだ。

いままでのやり方は確かにうまくいかなかった。

だからみなさんの元にはまだ成功も富も幸福もやってきていない。

だったらその「今まで通り」ってやつを変えればいいだけの話だ。

 

残念ながらそのやり方は失敗に終わった。

不本意かもしれないけれど、そのやり方はみなさんをハッピーにはしてくれなかった。

だったら、別のやり方を試そう!

 

「いままでやり方じゃうまくいかないのだ」ということに気づいただけでもラッキーだ。

ほとんどの人はそれに気づくことなく、延々と同じやり方を(うまくいかないやり方を)繰り返し、年老いてゆくだけの人生を送るのだ。

 

もう自分自身を誤魔化すのはやめよう。

もう自分自身に言い訳をするのはよそう。

過去は綺麗さっぱり洗い流し、思い切って全部、放り投げてみよう。

今日から人生の再スタートを切るのだ。

 

みなさんのつくため息はそのことをみなさんに教えてくれている。

みなさんの眉間のシワもそのことをみなさんに教えてくれている。

毎日ハッピーに生きてる人はみなさんのようにため息なんかつかないものだ。

眉間にシワなんか寄せないものだ。

 

いままでの自分を否定し、積み上げてきたものを全部、かなぐり捨てるのはかなり勇気のいることだ。

それは実際やるとなるとかなりむずかしいことだ。

でもだからこそやる価値があるのだ。

カンタンじゃないからこそやる意味があるのだ。

 

みなさんが叶えたいと思ってる夢はそんなにカンタンに手に入るものなのだろうか? 

何の代償も払わなくてもスルスルっと実現できてしまうものなのだろうか? 

違うはずだ。

 

みなさんが思い描いている夢はとても大きく、カンタンには手に入らないもののはずだ。

だからみなさんは悪戦苦闘しているのだ。

カンタンに手に入るものだったらこんなに苦労していないはずだ。 

 

だからみなさんはそれに見合うだけの代償ってやつを払わなければならないのだ。

その代償ってやつこそが「いままでのやり方をかなぐり捨てる」という荒療治なのだ。

これはなかなか勇気のいることだ。

 

昨日までの自分はもう過去の自分だ。

今日から新しい自分に生まれ変わるのだ。

過去はもう過ぎ去っていった。

ついでに、みなさんがこれまでの人生のなかで繰り返してきた「いままで通りのやり方」ってやつも過ぎ去っていってしまった。

 

今度は新しい方法論を試す番だ。

それはそれほどむずかしいことじゃない。

ただ決心をすればいいだけだ。「変わる」と心に決めて行動すればいいだけの話だ。

 

みなさんの本当の敵はみなさんの心の中にいる。

そして、「変わろう」としているみなさんの足を引っ張りつづけている。

そいつはみなさんにこんなふうにささやき続ける____

 

失敗したらどうするんだ?

そんなこと前例がないぞ

まわりでそんなことをしているヤツ、1人もいないぞ

それは夢物語だ

それは非現実的だ

そんなことできっこない

それは不可能だ

etc・・・

 

みなさんはどうやらすっかり忘れしまったようだ。

ベートーベンが耳が聞こえなかったことを。

カーネルサンダースが70歳近くになって「ケンタッキー・フライドチキン」を成功させるまでことごとく事業を失敗させてきたことを。

 

エジソンも、アインシュタインも落ちこぼれだったことを。

ビートルズが最初に受けたレコード会社のオーディションで不合格だったことを。

スティーブ・ジョブズはアップルを一度クビになったことがあることを。

etc・・・

 

似たような話はゴロゴロ転がっている。

成功を手にする人たちはみんな似たようなエピソードを持っている。

みなさんも耳にしたことがあるだろう。

 

みんな失敗を恐れずに前に進み続け、最終的には栄光を手にした。

世間で言うところの『普通』の枠を飛び越え、普通じゃないことをやってのけた。

 

僕もずいぶん長いこと自分を『普通』の枠に押し込め、無理やり納得させていた

本当はやりたいことは無数にあった。

チャレンジしてみたいこともたくさんあった。

だけど、どこかで自分自身のことをセーブしていた。

自分にブレーキをかけていた。

 

失敗するのが怖かった。

何かに挑戦してそれがことごとくうまくいかず、みんなから笑い者になるのが怖かった。

だから『普通』でいようと思った。

 

普通の人間として普通の人生を歩もうと思った。

普通のことをして、普通にしていようと思った。

そうやって生きてさえいれば、少なくとも傷つかずに済む。

失敗せずに済む。

みっともない想いをしなくても済む。

 

最初から全部諦めて、「なかったこと」にしてしまえば少なくとも恥はかかない。

波風は立たない。

嵐は起こらない。

だから僕はずっと普通であることにこだわり続けた。

 

『オレはごくごく普通の人間であり、大それたことなんかできるようなタイプじゃない』というキャラを演じ続けた。

そして、安定ばかりを追い求めた。

なるべく失敗しないように

 

なるべくリスクを負わないように

「できること」だけをやって、「できない」ことには手をつけないように

無理をしないで

無難に

なるべく傷つかないように

etc・・ 

 

あの頃の僕は『本当の人生』を生きていなかった。

僕は真面目なだけが取り柄のおもしろくもなんともない男だった。

失敗もしない代わりに大成功をおさめることもない、実につまらない人生を生きていた。

ちっとも楽しくなかった・・・

 

でも僕は運が良かった。

幸運の女神は僕を見放さなかった。

いろいろな経緯があり、僕は不動産投資家として脱サラ起業することになった。

37歳の頃の話だ。

 

それは僕にとっての大きなチャレンジだった。

人生最大の賭けだった。

僕は大きなリスクを背負った。

それまで積み上げてきたものをいったん全部放り投げ、何の保証もない不安定な世界へ思いきって飛び込んだ。  

 

失敗したら、すべてが一巻の終わり・・・そんな危険な賭けだった。

でも僕は一歩前に踏み出した。

『普通』の領域から外へ飛び出した。

 

そのことによって僕の人生は大きく変わった。

 

結果的に、この『一歩』が僕の運命を変えた。

非常に重要な一歩だった。

みんなこの一歩が踏み出せなくて苦労している。

僕は自分の中にその一歩を踏み出す勇気が備わっていたことを今でも誇りに思っている。

 

もしもその勇気が僕の中になかったら僕はいまだに暗い顔をしてつまらない毎日を送っていたことだろう。

眉間にシワを寄せ、人生がうまくいってないことにイライラしてばかりいたことだろう。

 

何かを手に入れるためには何らかの代償を払わなければならない。

実現したいと夢が大きいものであるならなおさら大きな代償を払わなければならない。

腹をくくらなければならない。

 

それでも、成功はその『一歩』を踏み出した人にしか訪れない。

自分の殻を破ることができる人間でなければ夢を実現させることはできないのだ。  

 

 

 


生まれ変わるなら生きてるうちに! 無難な方を選択すると無難な結果しか得られない法則