サカモトハルキの哲学

北海道で5棟74室+月極P24台の大家やってます。2010年12月より法人化(10期目に突入!)。奥さんと中2小5男子と猫と自由にのんびり暮らしてま〜す!

学歴社会の問題点はコレだ! 僕が「勉強ができなくてもなんとかなる」と思うにいたった本当の理由

 

子供たちは「いい会社に就職して将来に備えて貯金をしろ」と教育されて育つ。
親も学校の先生もそのやり方しか知らないから。
ところが政府はどんどんお金を印刷している。これは『日本円』の価値を下げる行為だ。
これは裏を返せばこういうこと。
「価値が下落するものをせっせと集めようとしている」

— サカモトハルキ (@sakamoto2haruki) September 22, 2019

 

 

自慢じゃあまりませんが、僕は『勉強』ってやつが全然できませんでした。

いわゆる「落ちこぼれ」ってやつです。笑

 

大学は地元の大学をかろうじて出たけれど、それもいわゆる「三流大学」と呼ばれるようなところです。 

 

そのことで僕はものすごく苦しみました。

というのも、僕の両親もひっくるめて、僕の親戚一同みんな優秀で、学歴も高かい人が多かったからです。

ちなみに僕の両親は二人とも教師です。

 

みにくいアヒルの子よろしく、僕ひとりだけが落ちこぼれだったんです。

加えて僕はひとりっ子だったために支えあったりするような兄弟のような存在もいませんでした。

それで傷つかないはずないですよね。

 

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世間では『学歴社会は終わった』という声もあるようですけど、僕に言わせれば全然そんなふうには見えませんね。

学歴に対する強い想いは僕が子供だった頃よりもむしろ強まっているように感じます。

 

うちにも中学生と小学生の子供がいますが、うちの子は通ってませんが彼らのクラスメートのほとんどは塾に通っています。

北海道の地方都市でもそういう状況なのですから、東京や大阪といった都市部ではもっとスゴイ状況だと思います。

きっとクラスのほとんどが塾に通っているのではないでしょうか。

 

日本はいまだに完全なる学歴社会だと僕は思っています。

なぜそうなっているかといえば、日本社会全体が『学歴が高い人はヒエラルキーの上部に行ける』という構造になっているからです。

 

僕みたいな勉強のできない人間は(普通のことをしていたら)、その位置に行くことができないのです。

何か「違うこと」をやって一発逆転サヨナラ満塁ホームランを打たない限り、浮上できないようなシステムになっているのです。

 

 

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出典:3-1)大学入試と成績観/今の社会は学歴社会か? 【第3回 2001/5~6】|狸穴通信

 

 

今、なぜ日本社会がこんなに行き詰まっているのか。

なぜこんなにギスギスしていて、閉塞感がただよい、ルサンチマンを抱く人が多くなってしまったのか。

 

僕はその背景にあるのはいまだに根強くある『学歴偏重主義(要するに学歴社会)』の弊害があると思っています。

 

学力というのは人間に備わった能力の一部分でしかないんです。

それなのに、その一部分が人よりわずかばかり優れているというだけで、その後の人生のありとあらゆる部分で物事が有利に進んでいってしまう。

就職にしても、恋愛にしても、結婚にしてもそうです。

 

学歴というのは日本においては「オールマイティ・カード」のような最強のカードになってしまっているのです。

だから子供たちは必死で夜遅くまで塾で勉強したりしているのです。

みんなでそのカードを奪い合っているのです。

 

そして、そのカードを持っていない人間は就職しても、恋愛にしても、人間関係においても、社会的にも常に不利な立場に追いやられてしまう。 

それは考えようによってはとても恐ろしいことだと僕は思っています。

 

 

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出典:学歴社会っていうけど高学歴でどんな得があるの? - BinaryArticle

 

 

 

逆説的なことを言うようですけど、僕は今、自分が勉強ができなくて本当に良かったなぁと思っています。

落ちこぼれで良かった。

勉強ができなかったおかげで僕の人生はどんなに救われたことか!

今、僕はほっと胸をなでおろしているところだよ。

 

先ほど僕は「勉強ができないことでとても苦悩した」と書きました。

矛盾するようなことを言ってるように聞こえるかもしれません。

あの頃の僕は本当にそう思っていたのです。

ところが社会に出てから自分がいかに愚かな考えをしていたのかということに気づきました。

 

それと同時に自分がいかに小さな世界のこれまた小さな箱の中のことしか見ていなかったということにも気づきました。

僕は視野狭窄におちいっていたのです。

僕は大きな勘違いをしていたのです。

 

今、僕は思っています。

これでもしも僕がなまじっか勉強ができる人間だったらいったいどうなっていたことだろう?と。

間違いなく現在よりも不幸せな人生を送っていたはずです。

 

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勉強ができないということは逆に言えば、『勉強』という分野で活躍することができないのだなということが可視化されてるということです。

つまり、それは「何か違う分野で自分の輝ける場所を探す必要があるぞ!」というメッセージでもあるのです。

 

生まれつき足が早い人がいます。

生まれつき足が遅い人がいます。

かけっこをやったら生まれつき足が遅い子は足が速い子に負けます。

 

さて、そのときどうするか?

そのあとどうするか?

僕が言ってるのはそういうことです。

 

「いや、俺は頑張れば足が早くなるんだ」と言って、生まれつき足が早い連中ばかりがうごめく陸上部に所属するのも良し。

「俺には早く走るという才能がないんだ」ということを腹の底から認識し、何か違う道を(自分が輝ける道を)探すのも良しです。

 

たとえば水泳でもいい。将棋でもいい。プログラミングでもいい。演技でもいい。ファッションでもいい。

「走ること」以外に自分が輝ければ場所というのがきっとあるはずなんです。

 

僕は「勉強ができない」という厳しい現実を突きつけられたことにより、僕は勉強以外に自分が輝ける場所を探さなければならなくなりました。

そこから僕の自分探しの旅がはじまりました。 

そして結果的にそのことが僕がただいま現在こうして幸せな毎日をおくることになるきっかけになりました。

 

長い長い旅路のすえに、僕はついに『不動産投資』という宝物を発見しました。

それによって僕は逆転サヨナラ満塁ホームランを打つことができました。

あの頃、僕よりもはるかに勉強のできた連中の多くは今、暗い顔をしてため息をつきながらサラリーマンを続けています。

うつ病になったヤツもいます、、、

 

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勉強ができず、いい大学に入ることが叶わなかった・・・ということは(例えば)三菱商事とか博報堂とかに就職して年収1,000万もらう高スペック男子にはなれないということです。 

じゃあ、どうする?

別の方法でそこまで到達するしかないということです。

 

いちばん手っ取り早いのは自分で商売をすることです。 

商売には学歴は関係ありません。

エジソンにしろ、松下幸之助にしろ、学歴がなくても成功した事業家はたくさんいますよね。

 

だから僕は商売人になったんです。

 

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出典:斎藤一人|商人は地位もいらきゃ名誉もいらない学歴も必要ありません|お金に愛される315の教え58

 

 

僕の選んだ業種は『不動産』だったけど、別に不動産でなくても何でもいいと思います。

大企業に就職できなかったけれど、大企業に就職した連中と同じくらいの所得を得るためには商売人になるしかありませんでした。

 

かつての僕のように今、「勉強ができない」ということで絶望している子供たちがたくさんいると思います。

その子の親や学校の先生はその子に対して何の展望も希望も示していません。

『落ちこぼれ』という烙印を押し、ただその子たちを追い詰めているだけです。

 

なぜ彼らに「世界はもっと広いんだぞ」「勉強以外にも輝ける場所はいっぱいあるんだぞ」ということを教えてあげられないのでしょうか。

それはその親や学校の先生自身が広い世界のことを知らないからだと思います。

 

彼ら自身が「いい大学に行って、いい会社に就職して、定年まで真面目に勤め上げることが幸せなんだ」という価値観を植えつけられてきた結果だと僕は思っています。

自分が教わったことしか子供たちに教えることができない。

僕は日本の教育の最大の問題はここにあると思っています。

 

「勉強」というものへのあまりにも過剰な帰依心がたくさんの子どもたちを傷つけています。 

いまだに『いい大学に行って、いい会社に入って、定年まで真面目に勤め上げろ』という高度経済成長期の価値観から抜け出せずにいる大人たちがたくさんいます。

 

彼らの時代はその考えと価値観で何とかなったかもしれません

でも時代は大きく変わった。

グローバル資本主義が跋扈し、情報化社会へ突入しました。

もう古い価値観にしがみついているだけでは幸せになれない時代になってしまったのです。

 

僕は勉強ができなくて本当に良かったと思っています。 

僕が今、こんなふうに自由で、豊かで、ストレス・フリーな暮らしができているのは僕が勉強ができたからではないのです。

 

僕が勉強ができなかったからなんです。