シンプルに。自由に。

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元不動産会社のサラリーマン。現在、北海道で5棟74室+月極Pの大家として活躍中🏠 2010年12月より法人化(8期目)🏢 ブログではお金、不動産投資、人生哲学、映画🎬や本📕のレビュー記事などを発信中。最近、株式投資もスタート💹 奥さんと中1小4男子と猫😺と自由にのんびり暮らしてまーす。

親も不完全なひとりの人間に過ぎない。だから、あまり気にするな!

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『毒親』という言葉が使われるようになって何年も経つが、人間というのは誰しも多かれ少なかれ親から影響というものを受けて育つものだ。

 

この親からの影響というのを過小評価しない方がいいと思う。

親からどんない影響を受けたのかによって、その人の人生が決まると言っても過言ではない。

 

多くの人は知らず知らずのうちに『親が思い描いた人生』を歩むようになる。

でも、早くその呪縛から自由になって自分自身の人生を歩むようにならなきゃいけない。

 

そして、本当の自分にならなきゃいけない。

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自己嫌悪は単なる勘違い

ときどき、自分を責めちゃうような人を見かける。

自分を「ダメなヤツだ」と決めつけ、「オレは何をやってもうまくいかない」と思い込むような人がいる。

 

そういう人とよく話をしていると、必ずその心の奥底には『親』の存在がある。

そして、その心の奥底にいる親が「いい」とか「悪い」とかをジャッジしていたりする。

 

自己嫌悪におちいりやすい人は、「これは自分自身が判断しているのではない」と思ってみよう。

本当にそうだから!

 

親に精神的に支配されちゃってる人というのは、いつも、何をしていても親の存在におびえて暮らすことになる。

 

魔法か催眠術にでもかけられたかのように、首根っこをつかまれて、身動きが取れなくなってしまう。

そして、自分の中にいる『親』がすべてを判断するようになってしまう。

 

本当は全然ダメじゃないのに、自分の中にいる親が「ダメだ!」と判断しただけなのかもしれないのだ。

 

それってとても恐ろしいことだと思う。

ある意味においてはこういう人はとても気の毒な人だと思う。

 

でも、そういう洗脳を受けてる人って結構たくさんいるものだ。

そして自己嫌悪におちいってる人の多くがこの洗脳を受けている。

 

本当はダメでも何でもないのに、自分のことを過度に低く見積もってしまう。

小さい頃からそのように考えるように思考訓練されちゃってるのだ・・・

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「自分探し」は悪いことじゃない

人生というのは「その人がどんなことを考えたのか」によって変わるものだ。

ヘンな思考をしていたら、結果までヘンになってしまう。

 

だから、もしも人生を良い方向へ持っていきたかったら、まずは考え方を変えるところからはじめなければならない。

すべては考え方しだいなのだ。

 

『自分探し』という言葉は最近、ネガティヴに半ば嘲笑ぎみに使われるようになった。

だけど、僕は自分探しって大いに結構なことだと思ってる!

 

親からの呪縛を解くためには自分探しの旅は必要不可欠だ。

自分がいかに親の影響下に置かれていたのかを確認する意味においても、自分探しをした方がいい。

 

きっといろんなことが見えてくると思う。

 

自分がいかに親によって傷つけられてきたか・・・とか。

その自分を傷つけた親もやっぱり傷を負ったひとりの人間であった・・・とか。

 

いろんなことがわかってくると思う。

 

そして、やがて、

 

実は親も大した人間じゃなかった

_____ということを発見すると思う。

 

そこまでたどり着くことができたら、自分探しの旅は完結するだろう。

 

そうなのだ。

実は親も不完全で、不恰好な、ひとりのちっぽけな人間でしかなかったのだ。

 

どこまでいっても未熟者で、間違っていて、勘違いばかりしている・・・

そのことに気づくことができたら、いろんな謎も明らかになってゆくはずだ。

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親も不完全なひとりの人間

実は僕たちも自身も大きな勘違いをしていたのだ。

 

親の言うことは正しいことだ

親の判断は間違ってない

親の言うとおりにしていれば大丈夫だ

etc・・・

_____という勘違いである。

 

親は神様でもなければ、スーパー・コンピューターでもない。

たくさんの矛盾を抱えた一個の単なる人間でしかないのだ。

 

そういう不完全な存在に何かを言われたからって、傷つく必要なんてなかったのだ。

気にする必要なんかなかったのだ。

 

参考にするのはいいけれど、言われた通りにする必要なんてなかったのだ。

 

僕も散々、親のことで苦しんだ。

その結果、随分いろんな部分で傷つけられたと思う。

 

だから今でもわだかまりはある。

しっくりいってない部分はある。

 

でも最近、心境が変わってきた。

親を『あわれむ気持ち』のようなものが芽生えてきたのだ。

 

もしかしたら、これが本当の意味での成長ってやつなのかもしれない。

 

親もいろいろ大変だったんだな

不完全なまま、手探りで必死に生きてきたんだな

 

____という同情する気持ちが芽生えてきたのである。

 

これにはさすがに自分自身でも驚いた。

今まではただただ支配されっぱなしだった。

 

だけど、その支配の構造の根底には彼らの自信のなさや傷の深さみたいなものが横たわっていたことがよくわかったのだ。

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親の書いたシナリオ通りに生きなくてもいい

どうか、みなさんも自分を必要以上に責めないでほしい。

それはみなさんの中にいる支配力の強い親によって操作されてるだけのことなのだ。

 

それは勘違いだ。

誤解だ。

思い込みだ。

 

それは親が書いた『シナリオ』に過ぎないのだ・・・

 

みなさんの中にいる本当の自分はみなさんのことを嫌いになったりなんかしてないのだ!