読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

映画『ロッキー』の感想〜ロッキーがたどり着いた試合の勝ち負けを超越したところにあるものとは何か?


ロッキー(特別編) [DVD]

 

これは人生、するか・しないかというその分かれ道で、「する」のほうを選んだ勇気ある人々の物語です。

 __これはあまりにも有名な映画解説者、荻昌弘先生の言葉です。僕はこの言葉こそ、『ロッキー』という映画のすべてをあらわしていると思っています。


この映画は僕にとって、かけがえのない映画です。何度観ても泣いてしまう映画です。

『ロッキー』はよく「ボクシング映画」という文脈で語られることが多いですが、そんなことは僕にとってはどうでもいいことです。

僕がいちばん感動するのは、人生に挫折しかけた男が一念発起し、再生してゆく姿。ボクシングかどうかというのは、あまり関係ない。何か別のものに置き換えてもいいんです。

自分の人生をいいものにするために命を賭けて打ち込めるものであれば、それは何だっていいんです。

僕にとってのそれは『不動産投資』ということになるでしょう。

このブログでもいたるところで触れているとおり、僕は不動産投資をやったことによって自分の人生を取り戻すことができました。「救われた」と表現してもいいかもしれません。

もしも不動産投資というものに出会っていなかったら、僕の人生はどうなっていたかわかりません。だから、ロッキーにとってのボクシングが、僕にとっての不動産投資なのです。

ロッキー(特別編) [DVD]

ロッキー(特別編) [DVD]

 

目次

レビュー

f:id:orange345:20170326215317j:plain

人生には「やるか・やらないか」を選択する場面というのが必ずおとずれます。そのとき、「やる」のほうを選ぶというのは、実はとても勇気のいることなんです。

「やる」のほうを選ぶということは、「やらない」のほうを選ぶことよりも大変です。

リスクを背負い込むことになるし、安定を捨てることにもなります。だから多くの人は「やらない」のほうを選ぶのです。

僕も2011年にその選択を迫られました。僕の場合は、

  • 会社を辞めて、起業するか・しないか

__という選択でした。

もちろん脱サラして、事業をやるというのは恐ろしいことです。会社を辞めた瞬間、給料もボーナスもない世界に足を踏み入れることになります。

借金を背負い、自己破産するリスクもあります。そっちのほうを選んで失敗した人も何人もいます。

おとなしく真面目に働いていたほうが、間違いなく無難な人生をおくれます。でも僕は最終的に「やる」のほうを選びました。

その僕の選択に、この『ロッキー』という映画が影響していることは言うまでもありません。

僕はこの映画によって人生を変えられちゃったうちの一人なのです! 

僕みたいな人間は、たぶん世界じゅうにたくさんいるはずです。うまくいくかどうかなんて、わかりません。何の保証も確証もありません。

もしかしたら、失敗するかもしれません。失敗して、笑い者になるかもしれません。

でも、

  • 大きな夢と栄光に向かって、死に物狂いで努力する。
  • 「やるか・やらないか」の選択を迫られたときに、「やる」のほうを選択する。


少なくとも、『オレなりに精いっぱいやった!』と思えるところまで自分を追い込む。その先に何が待っているのかは、そこに行ってみないとわからない…。

そんな想いを抱えながら、僕は一歩前に踏み出したのです!  

ロッキー・バルボアというのは、シルベスター・スタローン自身のこと

f:id:orange345:20170327114638j:plain

『ロッキー』を語るうえで、シルベスター・スタローンという人物について触れないわけにはいきません。なんせ、彼が脚本を書かなかったら、ロッキーは誕生しなかったわけですから。

その脚本がわずか3日で書きあげられ、「自分を主役にしないならこの脚本は絶対に渡さない!」とスタローンが固辞したというのは、あまりにも有名な話です。

しかもその脚本が映画のオーディションに54回も落ち、ボディガードや動物園のバイトなどをしながら何とか食いつないでいた極貧生活のなかで書き上げられたというのも、これまた有名な話です。

つまり、ロッキー・バルボアというのは、シルベスター・スタローン自身のことなのです。

スタローン自身の想いや怒り、焦り、挫折感、絶望感、そしてガッツ…。あの映画には、そういったものがいっぱい詰まっているんです。

だからあれだけ多くの人の共感を呼んだのです! それはどこかのプロデューサーとか、クリエーターが「こんなことやったら、ウケんじゃね?」なんて言いながら、会議室でワイワイつくったものとはまるで違う。

ひとりの男の魂が込められているのです。

僕たちの胸を打つのはそこです! それがアタマでつくられたものではなく、ハートでつくられたものだからなのです。

映画人としてのシルベスター・スタローンは、あまりにも過小評価されすぎています。
「あの『ロッキー』をつくった」というだけでもスゴイことなのに、その後も『ランボー』をはじめとする素晴らしい作品を次から次へと世に送り出しています。

ロッキーで世に出て以来、ずっと第一線で活躍し続けています。俳優としてだけではなく、映画監督としても、脚本家としても、プロデューサーとしても、かなりの力量だと思います。

もっと評価されてもいいのではないでしょうか? 

僕の父と同い年というのも驚きます! 

ロッキー・シリーズ』以外で好きなスタローンの映画は、『ランボー』『コブラ』『オーバー・ザ・トップ』『クリフハンガー』『コップランド』など、たくさんありすぎ!

70歳を超えたいまでもバリバリの現役として活躍し続けています。 

試合に勝つか負けるかなんてことはどうでもいい!

f:id:orange345:20170327114633j:plain

僕がこの映画でいちばん好きな場面は、地獄の猛特訓がスタートする前に、奥さんのエイドリアンと静かに語り合うシーン。

ピアノによるロッキーのテーマ・ソングが静かに流れ、ロッキーはぼそぼそと話しはじめます。それはエイドリアンに話しかけているようでもあり、自分自身に話しかけているようでもあります。

僕はあの静かなシーンがこの映画のクライマックスだと思っています。

あそこで見せる『静かな闘志』こそがいちばん重要なのです。試合に勝つか負けるかなんてどうでもいいことなんです。

そんなことよりももっと重要なことがある。

それは、

  • オレは虫けらじゃない
  • 負け犬じゃない

__ということを自分自身に、そして愛する人に証明してみせること。

もうあの時点で、ロッキー自身も、エイドリアンも「世界チャンピオンになるか、ならないか」というところを超越してしまっているのです。

  • 自分の人生に落とし前をつける。


これ以上、自分を卑下したくない。

これ以上、プライドを失いたくない。

これ以上、愛する人にみっともない姿を見せたくない。

だから、オレはやるんだ!

その静かな闘志が宿る瞬間があのシーンです。 

自分が満たされていないことを誰かのせいにするな!

f:id:orange345:20170327114621j:plain

『ロッキー』という映画では、たくさんの市井の人々が登場します。みんな不景気にあえぐアメリカで、どん詰まり感と共に生きています。

ロッキー自身だってそうだし、ペットショップで働くエイドリアンだってそうです。

その中でとくに象徴的なのは、兄のポーリーの存在です。

僕は最初この映画を観たとき、何かというと家族に当たり散らし、暴力をふるうだけの存在のこのDV男の存在がどうしてこの映画に登場するのか理解できませんでした。

  • 別にポーリーがいなくたって、ロッキーとエイドリアンだけでも成立したのでは…?

と。

でも、何回も観返すうちに、ポーリーというキャラクターの重要性に気づくようになりました。

もしもポーリーというキャラクターがいなかったら、この映画はここまでいい映画になっていなかったのではないでしょうか。

ロッキーとエイドリアンだけの話だったら、この映画はきっとまったく違ったものになっていたはずです。

ポーリーというキャラクターが象徴しているもの。それは「社会の底辺を生きる傷ついた人」です。

その姿は決して僕らと無縁ではありません。もちろん、僕たちがポーリーのように家族に暴力をふるうという意味ではありません。

でも僕たちだって、人生に絶望したとき、生活に何か不満があるとき、何かのせいにしたり、誰かのせいにしたり、何かに当たり散らしたりしてしまうことがあります。

SNSなどを見れば、ルサンチマンをため込んだ人たちの『吹きあがり』をカンタンに目にすることができます。

そのヘイトと欲求不満による負のパワーはすごいものがあります。

その負のパワーは、ある場面においては隣国に向けられたり、ある場面においては自分よりも立場の弱い人に向けられたり、ある場面においては誰かのちょっとした「過ち」に向けられたりします。

ポーリーは、そういう人間の弱さを象徴しているのです。

人生はあまりにも苛酷です。だから、そのあまりの苛酷さに耐えきれず、暴力という手段(それは言葉の暴力も含んでいます)を選んでしまう…。

みんな傷ついているのです。

でも…。

でも、そんなことをやっていても人生は一つも良くはならないのです。

やっぱり、人生をいいものにするためには、自らの意思の力によって現状を打破するしかないんです!

ロッキーはそのことを象徴しています。ちょうどポーリーと対をなす格好で…。

まとめ

f:id:orange345:20170326173127j:plain

『ロッキー』という映画は、

 

  • どんなに絶望的な状況であっても、意思の力さえあればそこから這い上がっていけるんだ!

という希望そのものです。

それはアメリカの希望でもあり、虐げられた人々の希望でもあり、人生に絶望したすべての人にとっての希望でもあるのです。

そういえば、『ロッキー・ザ・ファイナル』(これも素晴らしい映画でした!)のなかで、苛酷な人生とどう向き合ったらいいのかについてロッキーが息子に語るシーンがあります。

そこでロッキーは、こんなことを言っています。

 

分かってるはずだ

世の中 バラ色じゃない 厳しくてつらい所だ

油断したら どん底から抜け出せなくなる

人生ほど重いパンチはない だが大切なのは

どんなに強く打ちのめされても こらえて前に進み続けることだ

 

そうすれば勝てる 自分の価値を信じるなら パンチを恐れるな

他人を指さして 自分の弱さを そいつのせいするな

それは卑怯者のすることだ

 


そう。

どんな時も『希望』だけは見失わないようにしましょう!

DVD&Blu-ray   

ロッキー ブルーレイコレクション(6枚組) [Blu-ray]

ロッキー ブルーレイコレクション(6枚組) [Blu-ray]

 

 

ロッキー・ザ・ファイナル (字幕版)