サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。詩人(?) 不動産投資と株式投資やってます。趣味で詩も書いてます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

持ち物を少なくして分相応に生きるようにすれば、余計な悩みを抱え込まなくて済むという話

今回は「分相応な暮らしを心がけるようにすれば、無理をする必要がなくなってラク」という話をしたいと思います。

僕はなるべくモノを少なく暮らすことを心がけています。

以前は「いろんなモノが揃っていることがいいことだ」と思っていましたが、年を取るにつれてそれはとんでもない勘違いだということに気づきました。


今の僕は「いかにしてモノを少なく暮らすか」ということに興味があります。

 

「ミニマリスト』という言葉も最近あちこちで聞かれるようになりました。

必要最低限のものだけに囲まれて暮らす。

家には余計なモノはいっさい置かないスッキリとした生活。

僕もそんなシンプルライフを心がけています。

目次

 

本当の意味での優雅な暮らしとは何か?

たとえ少ない持ち物しかなくても、優雅に暮らすことはできます。

それどころか、たくさんモノがあった頃よりもはるかに優雅に暮らすことができます。

どうやら僕は『優雅』という言葉の意味を履き違えていたようです。

優雅というのはお金がたくさんあるとか、豪華という意味ではありません。

優雅とは精神的なことをあらわした言葉です。

こころの問題なのです。

食卓テーブルにたくさんお皿があって、ごちそうが並んでいる状態が優雅というわけではありません。

お皿の数は少なくとも栄養バランスの取れた食材が並んでいて、それを家族と談笑しながらおいしく食べること。

それを『優雅』というのです。

食後のデザートも、有名店の高いケーキなんか食べなくてもいいんです。

きちんとした作法で、丁寧に淹れたお茶一杯があればそれで十分幸せな気分になれます。

クローゼットに入りきらない数の洋服__そんなもの、ちっとも優雅じゃありません。

それよりも自分が本当に気に入っている洋服を数点、きちんとブラッシングとアイロンをかけてハンガーに吊るしておく。

そして、たまに外出するときにはそれを着る喜びを味わう。

もともと洋服の数が少ないのだから「何を着ようかな?」と悩む必要もありません。

必要最低限のものだけで生活していると悩みが減ります。

余計なことを考えなくなります。

生きることがラクになります。

 

 

少ない持ち物だけで暮らすようになると、いろいろな悩みも解決される

 

モノが少ないと雑念が払われます。

それによって集中力も増します。

なんせモノが少ないのですから、なんとか「あるものだけ」で生活していかなきゃいけません。

それには集中力を要します。

でもその集中力は決して疲れる種類のものではありません。

心地よい頭の使い方です。

余計なモノがごちゃごちゃある状態ではなかなか集中力は養われません。

「あれもいいかも」「これもいいかも」と考えているうちに時間だけが過ぎ去っていきます。

気も散ります。

 

あらかじめ限られたモノだけで生活していると、いろんなものに目移りすることもありません。

そのことによって物事がグッとフォーカスされ、いろんなものがよりクリアに見えるようになります。

クリアに見えてくれば『問題点』も手に取るようにわかるようになります。

だから問題を解決するスピードも早くなります。

 

このように少ない持ち物だけで暮らすようになると、驚くほどいろいろな悩みも解決されるのです。

 

エネルギーを分散させるな!

 

僕は『自分の中のエネルギーをあちこち使いたくない』と思っています。

人生には考えなければならないことや、会わなければならない人、行かなければならないところがいっぱいあるのです。

それなのに、これ以上増やしてどうする? 

 

そんなにエネルギーを分散させていたらとてもじゃないけど落ち着いて物事を考えられない・・・

普段からエネルギーを節約しておけば、ここぞ!という時に一点集中して洞察することができます。

 

たとえば大きな投資をする、会社を辞める、会社をつくる、結婚、etc・・・ 

人生の『大きな決断』のとき、凝縮させておいたエネルギーを一気にそれに注ぎ込むことができる。

 

そうするとあんまり失敗も少なくなりますよ!

 

 

まとめ

モノを少なくすることの利点は人生にガツガツしなくなるということです。

それは決して夢をあきらめるということではありません。

余計なことにパワーを使わないでより賢くなるということです。


湖に行ってバケツで水を汲んでくるよりも、自宅の庭に井戸を掘った方が効率がいいでしょう。

そのようにモノを少なくすると、「何がもっとも賢い選択で、何があまり賢くない選択なのか」という判断が容易にできるようになります。

ゴチャゴチャしたものが一切ないので、頭のなかも常にスッキリしています。

僕たちの生活には驚くほどたくさんの不必要なものがあります。

その不必要なものたちが僕たちの判断力を鈍らせているのです。

いつもイライラしている人が暮らしている部屋を見てみてください。

きっとそこはたくさんのモノであふれ、カオスの状態になっているはずです。

清潔感あふれる爽やかでシンプルな暮らし。

僕はそういう暮らしを目指しています。

たとえ人から「貧乏くさい」と思われようと、僕は分相応の暮らしをしたいと思っています。

自分の身の丈に合ったもの以外はなるべく所有しないように心掛けています。

僕たちの毎日は選択の連続なのです。

モノを大量に買いこみ、モノに囲まれて生活するのも選択。

なるべくモノを少なくして、シンプルに生活するのも選択。

 

これは好みの問題です。

僕は自分のお金を余計なものには使いたくないと思っています。

どうせ今からどう頑張ったって大金持ちにはなれないのです。

また、そんなにそんなに大金を手にしたいとも思っていません。

だったら「今ある収入のなかで、気分良く、いかに快適に暮らせるか」ということを追求した方がいいのではないでしょうか?

これは「あきらめ」でしょうか?

それとも「前向きな姿勢」でしょうか?

 

 

 

精神科医のアルフレッド・アドラーはこんな言葉を残しています。

 

 

人生が困難なのではない。

あなたが人生を困難にしているのだ。

人生はきわめてシンプルである。

 

 

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