サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

恨みつらみには要注意! いつも怒ってる人がネガティブ・チェックをやめることができない心理について

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SNSが全盛ですね。

しかし、いつのまにかそこは「欲求不満のはけ口」と化してしまっています。

特にTwitterなどは匿名性が担保されている分、ひどいですね。

悪口、罵詈雑言、誹謗中傷、怒りの言葉、etc・・・・ネガティブな書き込みのオン・パレードで、見ているとつくづく暗い気持ちになります。

なんだか人間のいちばん嫌な部分を見せられているような気がしてゾッとしてしまうときもあります。

Twitter上に書き綴られたネガティヴな言葉の数々。

それはそっくりそのまんまその人の内面を映し出している言葉です。

本当に満たされていて幸せな人というのはTwitterに毎日毎日ネガティヴなことなんて書いたりしません。

本人は特に意識していないかもしれませんが、ネガティブな言葉を吐き出せば吐き出すほど深く深く自分のこころを傷つけていきます。

ネガティブな言葉というのは諸刃の剣なのです。

言われた方はもちろん傷つきますが、言う方も相当傷つくのです。

わが身からいずるもの いずれわが身にもどりくる

 

という言葉があります。

まさにその通りだと思います。

他者に向けて発せられた攻撃の言葉はめぐりめぐってやがて自分を傷つける攻撃の言葉となって戻ってきます。

 

そして、それは自分の心を深くえぐり取ります。

それを毎日毎日くり返していたらいったいどうなると思いますか? 

それは相当キツイことです。

 

精神的にも肉体的にも。

 

SNSでネガティブな書き込みをする人というのは、いったい何を訴えているのだろうか?

怒りという感情を甘く見てはいけません。

この怒りという感情を上手にコントロールしなければ人はやがてその怒りによって心が支配されてしまいます。

そうなるともう手がつけられなくなります。

怒りに支配された人間がいったいどのような言動・行動をとるかというのはあらためて言う必要はないでしょう。

いつも怒ってばかりいる人というのはその根底に自己嫌悪があるとよく言われています。

自分に自信があり、毎日の生活がハッピーで満たされている人が怒りに支配されるわけがありません。

もしかしたら怒ってばかりいる人はそのことを誰かに気づいてほしくて、必死になってアピールしているだけなのかもしれません。

 

誰か、気づいてくれ!

誰か、わかってくれ! 

誰か、助けてくれ!

 

と。

本当に満たされていて幸せな人というのはTwitterに毎日毎日ネガティヴなことなんて書いたりしません。

そんなことやろうという発想すら持ちません。

だって「そんなこと書いたって、何にもならない」ということを知っているからです。

 

そういう人はきっと何か書きはじめたとしても書いてる途中でなんだかアホらしくなって書くのをやめてしまうはずです。

逆に言えばネガティブな書き込みを平気で書ける人、途中でやめることなく最後まで書ききれる人、そして平然とツイートボタンを押して送信できる人というのはそれだけ誰かに何かを訴えかけている人なのです。

それだけ深刻な悩みを抱えている人なのです。

でもその人は気づいていません。

問題は攻撃している相手にあるのではないのです。

問題は自分自身にあるのです。

 

どんなに言ってることが正しいことだとしても相手を攻撃したり、誹謗中傷したりしている時点で『問題を抱えている』ということを追認していることになるのです。

 

もう少し自分を大切にしてあげましょう! 

ネガティブな書き込みをすればするだけ自分のことが嫌いになっていきます。

自信はどんどん遠のいていき、世の中を恨むようになります。

なぜならその行為は、世の中の人に「オレは(私は)、こんなに不幸なんだ!」と吹聴して歩いているようなものだからです。

「オレはこんなに不幸なんだ」と常日頃から想っている人が幸せな毎日をおくれるはずがありません。 

 

 

いつも怒っている人の特徴とは?

SNS上でのネガティブな書き込みをする人だけに限らず、とにかくいつもいつも怒ってばかりいる人がいます。

その人たちにはある共通点があります。

それはいつもいつも怒るネタを探しているという共通点です。

それがネット上だろうが、会社の中だろうが、教室だろうが、家庭内だろうが、etc・・・怒ってばかりいる人というのはいつも自分が怒るためのネタを探しています。

 

そういう人はどこに行っても何をしていてもずっと「ネタ」を探し続けています。

飲食店に行けば店員の接客態度をくまなくチェックします。

誰かと会えばその人の悪いところを必死で探そうとします。

ネットを開けば誰かが何か変なことを言ってないか常にチェックしています。

 

まわりのことが気になって気になって仕方なく、いつも耳をダンボにしながら生活しています。

そして、まわりの人が何を話しているのかということをチェックしているのです。

 

最近『ネガティブ・チェック』という言葉を耳にするようになってきました。

要するに「あらさがし」です。

「ダメ出し」をするネタを探しまわっているわけです。

 

僕はこの『ネガティブ・チェック』というもの横行するのを大変危惧しています。

こういうネガティブ・チェックをする人というのは人間の良い面を決して見ようとはせず、人間の悪い面ばかりを見ようとします。

四六時中、人間の悪い面ばかり見ていたらおかしくなっていって当然です。

つまらない正論を述べるつもりはありませんが、人間というのはそんなに完璧ではありません。

僕も(たぶん、あなたも)叩けば、ホコリのひとつやふたつは出ることでしょう。

どんな人だって目を凝らして見れば「わるいところ」はいくらでも見つかるもんです。

でも完璧じゃないからこそ人間なのではないでしょうか? 

人間は、アンドロイドではありませんから・・・

人の荒さがしをしてダメ出しをする人というのは果てしてその辺を理解しているのでしょうか? 

お前、そんなこと言える人間なのかというツッコミに、ネガティブ・チェックばかりしてる人たちはどう返すのでしょうか?

 

 

 

イライラしっぱなしの人生を歩む人

完璧な人間なんていません。

僕も完璧でないし、あなたも完璧ではありません。

僕たちはみんな不完全な存在なのです。

そんな不完全な存在同士仲良くしませんか? 

お互いどうせ、不完全なのですから。

そんなにいがみ合ってどうするんですか?

 

というのが僕の考えなのです。

僕たちはどこかで『折り合い』をつけなければいけません。

「まあ、しょーがねーな。」と・・・

 

そうしなければいずれ悲劇を迎えてしまうことになるのです。

そのことは歴史が証明しています。

僕らはみんな生きている。

そう、僕たちは、それぞれ懸命に生きているのです。

 

もう攻撃し合うのやめにしませんか? 

そんなことしたってエネルギーを消耗するだけだと思いませんか? 

でも『折り合い』がどうしてもつけることができないという人がいます。

そういう人はいつもイライラしっぱなしの人生を歩むことになります。

そして今日も明日も一生懸命に自分が怒れるネタを探して生きてゆくのです。

そういう生き方って本当にしんどい生き方だと僕は思います。

ものすごくエネルギーを消耗する生き方だと思います。

それだけのエネルギーがあったら少しはマシなものに使えるはずなのに・・・

でもその人は「怒り」にエネルギーを使ってしまうのです。

だから他のことに使えるエネルギーは残っていないのです。

これほど恐ろしいことはありません。

もうその悪循環いい加減にやめにしましょう。

 

ネガティブ・チェックなんかに自分の大切な時間と労力を使っちゃわないでもっとマシなことに使いませんか?

 

 

 

www.jiji.com

 

ネトウヨと呼ばれる人たちにもよく見られるけど、外に向けた怒りや悪意って実は自分のなかに内包してるものだったりします。

心理学でいうところの『投影』ってやつです。

 

「悪いのはアイツなんだ」と敵を外につくることによって自分の心のバランスを保とうとする行為です。 

一種の自己防衛メカニズムです。

 

自分の中にある欲求不満を社会のせいにすることによってそれを徹底的に叩くことができる。

そうやって他者攻撃することによって自分は『正義』の側に立つことができる。

「自分の中に悪などない」と振る舞うことができる。

 

でもそれは本当は心の闇の投影でしかないのです。

 

この犯罪者の「オレの小説をパクった」というのは明らかに被害妄想でしょう。

自分のなかの満たされないものを埋め合わせるために自分で勝手につくった妄想です。

そしてその妄想に取り憑かれ、「正義の鉄槌を下さなければならない」と思ったんでしょうね・・・