シンプルに。自由に。

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元不動産会社のサラリーマン。現在、北海道で5棟74室+月極Pの大家として活躍中🏠 2010年12月より法人化(8期目)🏢 ブログではお金、不動産投資、人生哲学、映画🎬や本📕のレビュー記事などを発信中。最近、株式投資もスタート💹 奥さんと中1小4男子と猫😺と自由にのんびり暮らしてまーす。

『ライザップ』から学ぶ、「大きさ」に取り憑かれることの危険性について

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ついこないだまで破竹の勢いだった『ライザップ』が業績予想を大幅に下方修正した。

純損益が159億円の黒字から一転して、70億円の赤字に転落する見通しだというのだ。

 

これにはさすがに驚いた。

それに伴って株価も暴落した。

 

でも僕は今後、こういう会社がたくさん増えてゆくと予想している。

日本にもM&Aを繰り返すことによって巨大化していった会社がまだまだいっぱいあるからだ。

 

あの会社も、あの会社も、自分たちのビジネス・スキームが成功したというよりも、どちらかというM&Aによって『無理やり大きくした』という成長の仕方を遂げている。

 

こういう会社はアブナイと僕は見ている。

 

ライザップも積極的なM&A(企業合併・買収)で事業を拡大してきたことは有名だ。

だけど、今後は新規のM&Aは凍結する発表している。

 

M&Aを成功させるのは非常にむずかしいと言われている。

「M&Aの7割は失敗する」と言ってる経済学者もいるくらいだ。

 

それなのに、なぜM&Aを繰り返し、会社の規模を大きくしようとするのだろうか?

僕はそこに『人間の心理』が影響していると思っている。

 

このライザップの件もそうだけど、僕たちも『大きさ』ってやつに取り憑かれるのだけは注意したい。

 

大きさとは、成功の証として「ついてくる」ものであって、 最初に「追い求める」ものではないというのが僕の意見だ。

 

確かに大きくなれば世間の注目を浴びるだろう。

チヤホヤもされるだろうし、女性にもモテるかもしれない。

 

もしかしたら女優と付き合えるかも・・・

 

でもそれが会社の利益に直結するとは限らないのだ。

ここがビジネスの恐ろしいところであり、おもしろいところだ。

 

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アボリジニの『ヤムイモ』の話から学べること

アボリジニの社会では『ヤムイモ』の大きさによって地位が決まるらしい。

「とにかくデカイ芋を掘り当てたヤツが偉くなれる」というわけだ。

 

僕たちは彼らのことを笑えないのではないだろうか。

芋ではないかもしれないけれど、僕らだって似たようなことを毎日、やっていないだろうか?

 

アボリジニの人たちは、とにかくデカイ芋を掘り当てることに夢中になる。

次第にみんなして大きさを競うようになり、他のことが目が入らなくなる。

 

やがて土地は荒廃し、栄養不足と飢餓に苦しむようになる。

子供たちは餓死してゆく・・・・

 

僕たちは彼らのこの歴史から大いに学べることがあるのではないだろうか。

 

大きさに取り憑かれることの恐怖・・・

これは僕たちと無縁の話じゃない!

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『大きさ』でハッピーになれた時代は終わりつつある

グローバル化が進む世の中において、M&Aを繰り返し、巨大化してゆくやり方がだんだんうまくいかなくなってきている。

 

これこそがつまり、グローバル資本主義の終焉を物語っている話だと思う。

 

もう資本主義にフロンティアがなくなってきてるんだ・・・

 

でも、ほとんどの人はそれに気づいていない。

まだまだ「伸びしろ」があり、これから先もずっと右肩上がりを続けてゆくと信じて疑っていない。

 

でも、確実に『余白』は少なくなってきている。

もう今までのようにはいかなくなってきてるし、今までうまくいってたやり方もうまく機能しなくなってきている。

 

加えて、グローバル資本主義のような狩猟的な価値観は、「実は人々をあまりハッピーにしない」ということも人々にバレてきちゃってる・・・

 

情報化社会とはつまり、そういうことでもあるのだ。

 

資本家が労働者たちに気づいて欲しくなかったことまで、白日のもとに晒される世の中。

 

突き詰めて考えてみれば、情報化社会の本質とはそこにあるのだ。

 

だから、こんなにお金を大量に印刷しても、低成長だし、民をハッピーにしない。

 

今は時代の転換期だ。

『大きさ』を追求していれば物事がうまくいく時代は確実に終わりつつある。