サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。趣味で詩も書いてます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

極端な考え方はキケン! お金と自由の両方がバランスの取れた生き方をしたいと思うようになった理由

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僕はお金と自由(ストレスフリーな生活含み)の両方が絶妙のバランスの上に成り立ってる人生を送りたいと思っています。

 

年収がいくら高くても、仕事に追われて家族と過ごす時間がないという人生もツライ。

かと言って、自由な時間はたっぷりあるけど貧乏というのもツライ。

 

どっちにも偏らない暮らしがしたい!

 

僕が言う「お金と自由を両方手に入れる人生」というのは実践するのはなかなか大変なことだと思います。

 どっちかが手に入ったとしても、どっちかが失われてしまったり・・・というケースがほとんどだと思います。

 

でも希望を捨てないで粘り強く探せば方法は見つかると思う。

僕の場合はその方法というのは『不動産投資』だったけど。

 


『ほどほど』稼げればそれでいいと思う

幸せにはお金は必要という考えには賛同します。

でもお金だけあれば幸福になれるわけじゃない。

 

どんなにリッチでも人間的に最低なヤツというのも残念ながらいます。

そういう人間にはなりたくない。

 

僕は品性があり、ユーモアがあり、困ってる人・弱い立場の人の側に立ってものを考えることができる素敵なお金持ちになりたいと思っています。

 

必要以上のお金はいらない

分不相応なことはしたくない

自由で、ストレスフリーで、家族と笑顔に暮らせるくらいのお金があればそれでいい

9千万円のタワマンなんかに住みたくない

ベンツもBMWも乗りたくない

 

 

自分にちょうどいいくらいの額を稼ぐ。

 

 

僕が目指しているのはそれなんです。

 

 

gendai.ismedia.jp

 

年収の高さや高価なものが必ずしも幸福につながるわけじゃないと思います。

年収1,000万円を超えるサラリーマンの人を何人も知ってるけど、その人たちの1週間の労働時間はハンパないッスよ。

 

また身の丈に合わないタワマンや高級車を乗り回す暮らしがかえってその人の経済問題を悪化させる場合もあります。

 

ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のダニエル・カールマン教授は年収780万円を超えると人間の幸福度は下がると言っています。

でも、かと言っても貧乏も困ります。

 

やっぱり『ほどほど』がいいんじゃないかなって思っています。

「去年よりちょっと贅沢できる」ぐらいが丁度いいのかもしれないですね。

 

幸福はお金だけでは実現しないですからね。

 

 

資本主義で幸せに生きるためにはある程度のお金は必要

 

courrier.jp

 

 

FIREムーブメントやダウンシフトなんかは気持ちとしてはとてもよくわかります。

僕もソローやドミニック・ローホーなんかが好きでよく読んでいますしね。

 

だけど、途中から「それでは物事は解決しない」ってことに気づいてしまったんです。

 

やっぱり資本主義社会で幸せに生きるためにはある程度のお金は必要です。

北欧諸国のように政府が面倒を見てくれるような国だったら良かったかもしれないけれど、残念ながら日本はそういう社会システムになっていません。

 

だから自分で稼ぐ力を身につけなければならないのです。

なぜなら、こちらがどんなに節約を心がけたとしても、それ以上に増税や社会保険料の負担が増大してゆくからです。

 

いくらFIREだとか、ミニマリストだとかと言っても限界があります。

 

僕は2010年の年末にサラリーマン生活から卒業することができました。

それ以来、ずっと自由気ままなセミリタイア生活を送っています。

 

だけどそれは支出を減らしたから実現できたのではありません。

収入を増やす努力をしたから実現できたのです。

 

僕は質素な暮らしを心がけてはいますけど、『清貧の思想』も危ないと個人的には思ってます。

節約だけではお金の問題は解決しないのです。

 

金の亡者も極端だけど、かと言って「貧しくて心が豊かでさえあれば…」も極端です。 

そのちょうど中間あたりを僕は目指してるのです。

 

僕は両方が絶妙のバランスの上に成り立ってる人生を送りたい。

年収がいくら高くても、仕事に追われて家族と過ごす時間がないという人生もツライ。

かと言って、自由な時間はたっぷりあるけど貧乏というのもツライ。

どっちにも偏らない暮らしがしたいのです。

 

でもそれはカンタンなことではありません。

カネの亡者になるのもカンタンです。

清貧の思想で生きるのもカンタンです。

 

その中間がいちばんむずかしい。

 

だけど僕はその中間にこそ幸せがあると思っています。

どちらかに振れすぎてしまうと必ずどこかで無理が生じるものです。

 

そしてその無理は必ずどこかの時点で自分に襲いかかってくるものです。

 

 

まとめ

僕はビジネスの世界で生きてる人間なので、どうしてもお金のことを呟いてします。

そういう僕の呟きを見て、「こいつまたカネの話してる。世の中カネじゃないだろう」と思う人もいるかもしれないな。

 

僕も昔はそうだった。

でも資本主義を幸せに生きるためにはやっぱりおカネは大切なんです。笑

 

やっぱり時給800円より、時給1800円の方が幸せなのではないだろうか。

ボーナスがない会社より、ボーナスがある会社の方が幸せなのではないだろうか。

 

学校の先生は僕に『職業に貴賎はない』と言ったけど本当にそれは正しいのだろうか。

「自分を納得させること」で本当に幸福感は得られるのだろうか。

 

観念論だけで世の中は渡っていけないよね。

僕は資本主義社会に生きてるんだから・・・

 

おカネがなければ大好きな映画も観れなくなっちゃう。
金の亡者も困るけど、清貧の思想もアブナイ。

 

もちろん困ってる人には手を差し伸べるべきだと思うよ。

僕はホリエモンや竹中平蔵みたいな市場原理主義者たちは大嫌いだ。

 

だけど、それでもやっぱりお金はないよりも、あったほうがいいよね。

宗教家のような「貧しくとも、心が豊かであれば・・・」という思想も危険だと思ってるんだ。

 

まあ、バランスだよね、バランス!笑

 

本当の意味で『役に立つこと』って何だろうか? 

学生の頃はピンときていなかったけれど社会人になってだんだんそれが見えてきた。

 

僕たちは子供の頃から親や学校の先生から『勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、定年まで真面目に働き続けるのがいい生き方なんだ』と教え込まれる。

でも『本当の意味で役に立つこと』とは何か? 

 

僕はそれは『自分でお金を稼ぐ力を身につけること』だと思っている。

 

「砂漠では水がないと生きていけない」と言うけれど実際問題の話、僕たちの日常には砂漠で遭難することなんてない。

でも実社会に出たら、真っ先に『お金の問題』に直面するのだ。

 

『すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる』という言葉がある。

物事というのは短絡的に近視眼的に瞬間的に判断しない方がいい。

 

じっくり腰を据えて本当に役に立つことを考えなければ、社会の荒波に流されて溺れてしまう。

 

権威者の言葉を信じるのではなく、自分の頭で考えるようにしよう!