サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

やっぱり自分に正直に生きた方が幸せに生きられるという話


やっぱり自分に正直に生きた方が幸せに生きられるという話

 

この年齢になって(もう僕は40代半ば)、「いちばん間違ってなかったな」と思うことがひとつだけあります。

それは自分に正直だったということです。

 

たとえ「自分勝手」と言われようが、「わがまま」と言われようが、「自分のことしか考えてない」と言われようが、自分に正直でいることって僕はスゴく大事なことだと思っています。

 

ところが多くの人が自分に正直に生きることを良くないことだと捉えているように僕の目には見えます。

自分軸ではなくて他人軸で生きている人があまりにも多いような気がする。

そしてそのことが原因で随分苦しい想いをしている人があまりにも多いような気がするのです。

 

日本人はとにかくまわりの目をやたら気にします。

 

赤信号、みんなで渡れば怖くない

出る杭は打たれる

向こう三軒両隣

etc・・・

 

日本人はとにかく他と違うことを極端に恐れます。 

みんなと一緒だと安心します。 

僕のこれまでの人生はそういった日本的価値観(同調圧力と呼んでもいいかもしれない)の闘いの連続だったような気がします。

 

考えてもみてほしい。

僕は37歳の時に脱サラ・起業したのです。

それがいかに大変な決断だったかわかってもらえるでしょうか。

 

みなさんのまわりでそんな人はほとんどいないと思います。

みんななんだかんだ言いながら結局、いま自分がいる箱の中から一歩外へ出ようとはしないのです。

 

「フリーランス」とか「個人事業主」とかといえば聞こえはいいでしょう。

しかし、それは会社という後ろ盾を失い、給料やボーナスのある世界からドロップアウトするということでもあるのです。

その選択をすることはカンタンなことではありません。

 

日本は先進国のなかでも起業する人の数が極端に少ないことで有名な国です。

逆に言えばそれだけサラリーマンの数が多い国でもあるということなのです。

 

マジョリティーは安心

マイノリティーは不安

 

でも大多数の中にいるからといって必ずしも幸せに生きられるとは限りません。

そのことは満員電車の中で暗い顔をして出社するサラリーマンのおじさんの顔を見ればわかるでしょう。

 

自分のことをいちばんよくわかっているのは自分自身です。

 

本当は何がしたいのか

本当はどんなふうに生きたいのか

本当は何をしている時がいちばん嬉しいのか

本当はどんな服を着たいのか

本当はどんな人と一緒にいたいのか

etc・・・

 

心の中を覗きこみさえすればその答えはすぐに見つかるはず。 

それなのに、まわりの目ばかりを気にして、『本当の自分』に目をつぶって生きている人が大半なのです。

 

もうこれから先は他人を喜ばせることにエネルギーを注ぐのではなく自分を喜ばせることにエネルギーを注いでみたらどうでしょうか。 

他人に気をつかうのではなく、もう少し自分に気をつかってあげましょう。

 

人間関係で悩んでいる人の多くは真面目な人です。

真面目で、責任感が強くて、キチッとしている人です。

ちゃんと空気を読むことができて、大人としての対応ができる人です。

子供のように駄々をこねることもなく、我慢のできる人です。

非常に謙虚で、律儀で、ピュアな人です。

 

しかし、それゆえに苦悩するのです。

チャランポランに自分勝手に生きてる人なら抱えることがない問題を抱えて生きているのです。

 

僕もむかしそういうタイプの人間だったからわかるのです。

僕はクソがつくほど真面目でした。

そして、いつも人のことばかり気にしていました。

 

人に気をつかい、人の機嫌ばかりを取っていました。

自分のことは二の次三の次。

いつも他の人のことを優先させてばかりいました。

 

なるべく自己主張をしないようにし、他人の意見に賛同してばかりいました。

そういうふうにして他人に合わせて生きることが人生のすべてでした。 

そうやってなるべく波風を立てないで生きてゆくことが良いことなんだと自分に言い聞かせていました。

 

親も学校の先生も、友人も会社の上司もそういう僕をホメてくれました。

そういうキャラで生きることが幸せに直結するものなのだと思い込んでいた。

 

しかし、それは大きな間違いでした。

とんでもない間違いでした。

 

それは本当の僕ではありませんでした。

僕は自分に素直になっていませんでした。

偽りの自分を演じていました。

本当の自分と向き合っていませんでした。

 

本当は僕は豪快な人間になりたかったのです。

本当は「あらよっと!」といった感じの大胆な人間になりたかったのです。

ガハハハ!と高笑いをして、大声で話したりできる器の大きな人間になりたかった。

 

わがままに

自分勝手に

テキトーに

無責任に

etc・・・

 

でも僕は自分の中にあるそういった部分を封印して生きていました。

心の奥底の秘密の部屋にそういった自分を閉じ込め、鍵をかけて生きていました。

 

しばらくはそれでうまくいってました。

だけど、その部屋の中からは毎日、「助けてくれ〜!」「ここから出してくれ〜!」と叫び声が聞こえました。

 

僕は耳を塞ぎました。

聞こえないフリをしました。

誰かから「何か今、聞こえなかった?」と聞かれても、「え、気のせいじゃない?」と言ってごまかしました。

しかし、その叫び声は日に日に大きくなっていきました・・

 

次第にごまかしが効かなくなり、だんだんしんどくなっていきました。

その結果、『緊急停止』を余儀なくされました。

 

具体的に言えば、僕は自律神経失調症になってしまいました。

ある日を境に激しいめまいに襲われ、仕事どころではなくなってしまいました。

病院に行き、いろんな検査をしましたがどこも異常なし。

最後の最後に行った「神経内科」というところで自律神経失調症だと診断されました。

 

でもそれは僕の人生を変える素晴らしい出来事になりました。

僕はそれ以来、本当の自分を押し殺して生きるのをやめました。

そうした途端、人生は変わりました。

 

ふと気づいたら僕は不動産投資家になっており、法人成りをするまでになり、自由と幸せを手に入れることができていました。 

その方向転換が僕の人生を好転させるきっかけになったのです。

 

僕は強制的に方向転換を余儀なくされました。

ガツン!とレンガで頭を殴られたおかげで自分の間違いに気づくことができました。

 

そして、「これからは自分軸で生きよう!」と心に決めました。

これからは思う存分、わがままに、自分勝手に、テキトーに、無責任になってやろうと思いました。

 

そのためにはおカネを稼がなければなりません。

自由な時間を確保しなくてはなりません。

いろいろ模索した挙句、『不動産投資』というものを発見しました。

 

アパートを所有し、不動産オーナーになれば家賃収入という不労所得が得られることを学びました。

だから僕は不動産を学ぶためにそれまで勤めていた会社を辞めて、不動産会社に転職しました。

そして、そこでみっちり修行を積みました。

 

僕は37歳のときにサラリーマンをやめました。

専業の大家さんとして生きることにしたのです。

それからアパートの数を10棟109部屋まで伸ばしました。

 

借金の額は軽く3億円を超えました。

でもそのおかげで僕は自由と豊かさを手に入れることに成功しました。

そして、今にいたっています。

 

僕は不動産投資というものをやって生計を立てています。

それほど金持ちというわけではありませんが、家族4人のんびり暮らすぐらいの収入はあります。

でもここまでたどり着くまでに僕はいろいろと遠回りをしてきました。

随分時間がかかった。

 

なぜ時間がかかったのか?

自信がなかったからです!

  • オレが不動産投資なんかできっこない
  • 銀行がオレなんかにお金を貸してくれるはずがない
  • 脱サラして起業するなんて夢のまた夢だ
  • etc・・・

 

以前の僕は心の底からそう思っていました。

それで勝手に苦しんでいました。

一度も試したこともないくせに「どうせオレなんか…」というイジケ心が先行して、何もできませんでした。

僕をずっと苦しめ、夢の実現をずっと遅らせていたのは他でもない、僕自身だったのです。

僕はそれほど勉強ができたわけでもなかったし、何か資格があったわけでもなかった。

社会人になってからもそれほど優秀なサラリーマンだったわけでもありませんでした。

そういった一つ一つが僕から『自信』を奪っていきました。

でもある時ふと思ったんです。

  • 自分は本当にそんなにダメな人間なんだろうか?
  • 自分が描いている夢というのは本当に実現できないことなのだろうか?

と。

そう考えると、なんだか「いや、待てよ。もしかしたら、オレが勝手にそう思い込んでいるだけなのかもしれないぞ」と思えてきたのです。

 

そう思ったのをきっかけにして僕の快進撃ははじまったのです。

僕自身は何も変わっていません。

何か資格を取ったわけでもありませんし、出世したわけでもありません。

ただ考え方を変えてみただけです。

 

たったそれだけでいろんなことがうまくいくようになっていったのです。 

 

事業家になって、自由な時間ができて、ゆっくり自分の人生をふりかえる時間と精神的ゆとりを得ることができました。

そこでじっくり自分自身のことを考えてみたんです。

  • どうして僕は自信がなかったんだろう?
  • どうしてすぐ「できない」と思ってしまったんだろう?
  • どうして本当は悪くないのに「自分が悪い」と思うようになってしまったんだろう?

 

と。

そしたら必ず『親』の顔が浮かんでくるんです。

 

親から言われたこと

親のがっかりした顔

親のため息

etc・・・

 

いろんなことが浮かんできました。

僕の両親は二人とも学校の教師をしていました。

二人とも、です。

それなのに僕は落ちこぼれでした。

そのことでいつも僕は両親を心配させ、落胆させていました。

だから僕は知らず知らずのうちに「オレはダメな男なんだ」と思い込むようになってしまったのかもしれません。

だけどそれは事実ではありません。

確かに僕は親の期待には応えられなかった(両親は僕にも教師になってほしかったそうです)。

勉強よりも音楽や映画、本の方が好きだった。

でもだからといって、僕が「ダメな人間」ということにはならない。

僕は僕の道を行けばいいんです。

それは親が望んだ道じゃないかもしれないけれど。

 

なぜ僕はこんな単純なことに気づかなかったんでしょうか。 

 

暗い話をするつもりはありません。

僕は「解釈の仕方によって、人生はいかようにでもなる」という、どちらかと言うと前向きな話をしているのです。

みなさんの悩み。

それ、実はみなさんのせいじゃないかもしれないのです。

みなさんをそう思わせた「何か」のせいなのかもしれないのです。

でも事実じゃないものを「事実だ」と解釈し、思い込んだのは間違いなくみなさんが悪い。

だからもうこれ以上自分を責めるのはやめにしましょう。

拗ねるのはやめましょう。

本当は悪くないのに「自分が悪いんだ」と思うのはやめましょう。

ちっとも事実じゃないのに、「自分はどうせこういう目に遭う運命にあるんだ」と思い込むのはやめましょう。

もっと自分を「すごい人間だ」と思ってみてください。

王様になってみましょう。

ふんぞり返ってみましょう。

 

自分らしく生きれるってすごく幸せなことです。 

本当の幸福って「ありのままの自分」で生きることができることだと思います。

 

自分自身のことをふりかえってみても思うのですが、頑張りすぎちゃう人って、実はその裏には「自信のなさ」があったりする。

だからますます頑張ろうとしちゃう。

それでうまくいかなかったり、嫌な目にあったりすると、「こんなに頑張ってるのに・・・」なんて思ったりする。

 

僕もよくそう思ってました。

でもそうやって要領が悪く、鈍臭い自分も愛してあげてください。

認めてあげてください。

 

隣でスルスルっとうまく人生を泳いでゆく友人たちが羨ましいかもしれません。

妬ましいかもしれません。

でも人は人、自分は自分です。

どんなにノロマでも、自分を信じて自分を磨き続けるしかないのではないでしょうか。

 

 


やっぱり自分に正直に生きた方が幸せに生きられるという話