サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

社会に出て働いて厳しい現実を知ることがいかに重要なことであるかについて。

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「そのときは大変なんだけど、ふと気づいたらいつのまにか達成しちゃってた」ってことありませんか?

僕の人生にはそのようなことがたくさんありました。

そのときは気づかないんです。

だけど、あとになってふりかえってみるとその無我夢中で何かに取り組んでるあいだにすべての問題をクリアしていたってことが往々にしてあるものです。 

 

人生というのは順風満帆であればいいわけじゃないのです。

特に若いうちは・・・

若いうちはたくさんいろんなところに頭をぶつけた方がいいと僕は思っています。

その方がいっぱい学べます。

そうやって学びを集めた人はやがてだんだん洗練されていきます。

 

自分の人生を振り返ってみても、悪い出来事や逆境から実に多くのことを学んできたような気がします。 

もしもスイスイとラクに人生を歩んでいたら間違いなく僕は今のような自由でハッピーな生活を手に入れることはできなかったでしょう。

 

僕は不動産投資をやって生活をしている人間です。 

5棟74部屋の家賃収入と、月極駐車場24台分の駐車場収入。

それが僕のメシのタネになっています。

 

いちばんのMAXで10棟まで物件を増やしたこともありました。

そのうちの半分はこの不動産価格の高騰のタイミングを見計らって売却し、大きな売却益を得ました。

 

そこそこの規模で不動産投資をやってきたと思います。

だから2010年には法人成りもしました。

でもアパートをまだ一棟も所有していない頃、僕は「不動産投資なんてオレには絶対無理だ」と思っていました。

 

オレになんか銀行はお金を貸してくれない

オレには優良物件を見つけることはできない

オレはアパートの大家になれる器じゃない

オレは脱サラ起業なんて大それたことできっこない

オレは事業家には向いていない

オレはしがないサラリーマンとして一生を送るんだ

etc・・・

 

あの頃、僕はそんなことばかり考えていたような気がします。

でも、ふと振りかえってみたとき、全部クリアしてる自分がそこにいました。

 

銀行は僕にお金を何億円も貸してくれました

僕は安定的に家賃収入をもらたしてくれる優良物件を見つけることができました

僕は10棟以上のアパートの大家さんになれました

家賃収入が勤め人からの勤労収入を大幅に上回ったため、晴れて脱サラ起業することができました

僕はサラリーマンとして一生を送るつもりでいましたが、今は事業家としてこの生涯を閉じようと思っています

etc・・・

 

自分の成長って自分ではわからないものです。

とにかくガムシャラにやること。

そうやってあがいていれば、いつか困難は乗り越えられるもの。

僕は自分の体験からそう思っています。 

 

社会の洗礼を受けよう

新入社員のみなさんは「社会の洗礼」ってやつを受けて、ため息をついているかもしれません。

でもそれが『社会に出て働く』ってことなんです。

甘くないんです。

それは通過儀礼なのです。

誰もがそのイニシエーションを通過しなければならないのです。

 

ときどき、この通過儀礼を経ないまま「おっさん」になっちゃう人がいます。

僕の友人たちもたくさんいます。

それはかなり深刻な状態です・・・

みんな子供の頃からお勉強ができたお坊っちゃまばかりです。

僕らみたいな落ちこぼれでそういう状態になっている人はゼロです。

 

彼らは子供時代に養っておかなきゃならないある種の『たくましさ』みたいなものを身につけることなく大人になってしまったのかもしれません。

僕らが公園で泥だらけになったりケンカしてるあいだに彼らは塾に通っていましたから・・・

せっかくのチャンスを逃してしまったのです。

 

何事においてもそうですが、次のフェーズに行くためには乗り越えなきゃいけない試練みたいなものが必ずあるのです。

 

僕は不動産会社でハンパないほど厳しく鍛えられました。

あれは試練以外の何ものでもありませんでした。

でもその結果、不動産のことに関する知識を身につけることができました。

いい物件を見極める識別眼みたいなものを身に付けることもできました。

 

だから僕は「可愛い子には旅をさせよ」だと思っています。

 

不動産投資において『サブリースがヤバい』ってことはちょっと考えればわかることです。

僕みたいに不動産会社で働かなくても社会に出てもまれた経験があれば「それは手を出すべきではない」ということがわかるはず。

それなのに家賃保証という言葉にコロッと騙されて新築アパート建築の契約書にサインしてしまう人が後を立ちません・・・・

 

やっぱり不動産投資は社会に出てもまれた経験をしてる人の方がうまくいくのかもしれません。

学歴や資格とかよりも物事の本質を見抜く力を身につけているかどうかが問われるからです。

 

僕は出来損ないの落ちこぼれで良かったのかもしれません。

そのおかげで目一杯鍛えられましたから。

もしあの『洗礼』がなかったら僕の人生は今とはだいぶ違ったものになっていたはずです。

 

自分探しの旅に出る人ってすごく少なくなったような気がします。

とくに情報化時代を迎え、SNSを利用する人が爆発的に増え、ネットで検索すればなんでも知りたい情報が手に入るようになってからは『自分探し』なんて時代遅れの産物と化してしまっているように見えます。 

 

でも僕はそういった世間の風潮に違和感を感じることがあるのです。

自分探しって意外と大事なことなんです。

若者が自分探しをしなくなったらいよいよマズイことになる・・・と思っています。

 

Twitterなんかでは、「自分探しなんかやったって無駄だ」という意見が圧倒的だと思います。

でも僕はそれ、まったく違うと思っています。 

パッと答えにたどり着いて思考停止しちゃうこのお手軽コンビニ感覚。

これほど恐ろしいものはないと思っています。

 

人生には謎なんかない

幸せはちょっとググればパソコンやスマホの画面から入手できる

etc・・・

 

そういう世の中に僕は猛烈に違和感を感じます。

不便だから何かを思考するのです。

めんどくさいから価値あるものを構築できるのです。

 

みんな「親が作った自分」とか「学校の先生が作った自分」とか、「まわりにいる人たちが作った自分」を演じているだけのような気がします。

自分探しをする人って少なくとも『本当の自分を見つけよう!』と意思を持っている。

それは非合理的でバカげたことのように見えるかもしれない。

 

でも人生ってコンピューター・プログラミングじゃない。

「これをこうしたら、こうなる」という世界じゃない。

答えなんかどこにもないんです。

 

Google先生にいくら訊ねても『幸せのありか』は教えてくれません。

人生ってそんなに簡単に答えが出るようなものじゃない。

成功者のほとんどは悩み苦しむ経験をしています。

何かを達成する人は必ずどこかの時点で苦しみを味わっています。

 

パッと簡単に答えにたどり着き、悩んだり苦しんだりしない人はきっと成功者にはなれないでしょう。 

でも自分探しをする人はもしかしたらすごい鉱脈にたどり着けるかもしれません。

少なくともその可能性だけはあると僕は思っています。

 

対価を払わなければならない  

僕は37歳のときに脱サラして、起業しました。

まあ、我ながら、自分の人生をふり返ってみても好き勝手やってきた人生だったなぁ・・・と思います。

よく言えば「自分に正直」、悪い言えば「わがまま」といったところでしょうか…

 

僕は基本的には人間はわがままに生きたって構わないと思っています。

せっかくこの世に生を受けたわけですからおもいっきり自分の好きなように生きたらいいと思っています。

 

でも、そういう「やりたいことをやる」生き方をするんだったら、いくつかクリアしなきゃいけない関門(ステージ)というものがあります。

そのステージをすべてクリアした人だけが晴れて「自分の好きなことをやる」という権利が与えられます。

 

ときどきこのステージをクリアすることもせず、やりたいことだけやろうとする人がいますが人生はそんなに甘くありません。

対価を払おうとしない者はやがて容赦のない洗礼を受けることになります。

好き勝手な人生を生きるということはそれなりの覚悟がいることなのです。

 

文字面だけをみると、なんだか「ラクして生きる」とか「ツライことから逃げる」といったような意味に見えなくもないですが、それは大きな誤解です。

僕はたしかに「好き勝手に生きろ」「わがままを貫け」といったようなことをよく口にします。

でもそれは「覚悟をしなきゃいけないよ」という意味でもあるのです。

 

それなりのことをするためにはそれなりの準備が必要です。

最初から自分の好きなことだけをやるというわけにはいかないのです。

自分の好きなことをやるためには嫌いなことや辛いことも経験しなければならないのです。

 

社会のなかで頭をあっちこっちにぶっつけながら人生経験を積まないことには成功は実現できないでしょう。

モーツァルトのような百年に一度の天才だというのなら話は別です。

わざわざ苦労するまでもなくラッキーカードを引き続ける人生をおくることも可能でしょう。

 

しかし、僕も(たぶん、あなたも)そういったタイプの人間ではありません。

僕たちのような凡人が自分の好きなような人生を歩むためにはそれ相当の対価を払う必要があるのです。

 

現在、多くのビジネス・パーソンがため息をつき、悩みもがきながら働いていることと思います。

それでいいのです。

その苦労は決して無駄ではありません。

どんなに理不尽だと思える仕事でもどんなにつまらない仕事でもひとつひとつの仕事を一生懸命やってみてほしいのです。

 

こんなことやったっていったい何の役に立つんだ・・・と思えることをいっぱいやってほしいのです。

そういう仕事の中にこそ人生を切り開くカギが眠っています。

そういう仕事のなかにこそ人生最大の学びが潜んでいるのです。

 

嘘ではありません。

社会に出て働くことってすごくいいことなんです。

大切なことなんです。

最初からそれを避けてばかりいたらせっかくの学びのチャンスを失することになります。

 

何も学ばずに放り出されたとしてもその先に待っているのは地獄だけです。

だから若いうちは自分の意にそぐわない仕事であっても積極的にやってみるべきなのです。

雑用だろうがカバン持ちだろうが便所掃除だろうが何だっていい。

とにかく何でもやっておきましょう。

 

僕は起業する前、不動産会社に勤務していました。

それこそボロボロになるまで働いていました。

夜中だろうが、元旦だろうが、携帯は鳴りっぱなしでした。

ノルマもキツかったし、いろいろなクレームに対応するのもうんざりでした。

 

でも今にして思えばあの苦労は全部、無駄ではありませんでした。

その渦中にいるときはただただツライだけでその大切さにはなかなか気づかないものなんですけどね。

 

そうした厳しい毎日は僕も磨き、鍛え、さらにはその後の僕の人生を切り開くきっかけを与えてくれました。

あれは僕にとっての『修行期間』でした。

あの厳しい修行があったらこそ、僕は自分自身に自信をもつこともできたのです。

 

もしもあの時ツライことから逃げて最初から自分の好きなことだけをやっていたら今日の僕はまちがいなくありません。

若いときの苦労は買ってでもしろということわざがありますが、まったくその通りだと思います。

 

若いときには思う存分、苦労するべきなのです。

やがてその苦労は自分を救ってくれる救世主となるはずです。

 

 

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