サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

「どうやって幸せな状態を手に入れることができたか」を自分なりに分析してみた。

f:id:orange345:20200609081238p:plain

 

 

www.youtube.com

 

ブログをご覧になられてる方のなかには

日々、生きてるなかでいろんな悩みにぶちあたり、「どうやったら幸せを手にすることができるんだろう」と考えていらっしゃる方も多いと思います。

 

今回の記事はそんな人にとって参考になるんじゃないかなと思います。

 

僕は37歳のときに脱サラ起業して、それからずっと自分の事業からの収入によって生活してきました。

はっきり言ってそれほどお金持ちというわけではありませんが、かと言って生活に困っているというわけではありません。

僕がこんな生活を続けてるということは、「まずまずうまくいってる」ということなのでしょう。

 

でも僕は『金持ちになりたい』とか、『成功したい』といったメラメラ燃える野心があったわけではありません。

結果的に投資や事業がうまくいったかもしれないけれど、それだって別に無理をしたわけではありません。 

 

じゃあ、何をどうしたのか? 

ただ単に「自分にとっての幸せな状態」を追求しただけです。

『カンファタブル(=心地良さ)』を追い求めただけです。

 

僕がこのことを言うと、いつもまわりにいる人たちは眉間にしわを寄せます。

日本ではまだまだこの「ハッピーに生きる」ということが市民権を得ていません。

そういう生き方が「自分勝手」とか「わがまま」と捉えられる風潮がまだ残っています。

 

ハッピーに生きるためにはいくつかクリアしなければいけないことがあります。

いくつか手に入れなくてはならないものもあります。

僕はただそれを追い求めていただけなんです。

 

ハッピーに生きるために僕にはまずお金が必要です。

それほど大金は必要ありませんでしたが、それでも家族とともに自由気ままに暮らすためにはそれなりのお金が必要です。

 

お金を稼ぐためには事業をある程度成功させる必要がありました。

事業を軌道に乗せ、サラリーマン時代にもらっていた給料以上の収入を得る必要がありました。

 

商売を成功させることは簡単なことではありません。

たくさんの人が挑戦しますが、すべての人がうまくいくわけではありません。

 

コミュニケーション能力も必要です。

コミュ障では商売人にはなれません。

銀行の融資担当者の人を説き伏せて融資を引っ張り出すこともできません。

 

それからある程度の知識も必要です。

経済の知識、税金の知識、金融の知識、投資の知識、不動産の知識、etc・・・

さすがに「バカ」では成功はできません。

 

僕はただただ自分なりのハッピーを追求していっただけなんです。

最優秀である必要は全然ありません。

 

「どんなことをしたらオレはハッピーになれるだろう」

「どんな人生を送ればオレは幸せになれるだろう」ということを真剣に考えればおのずと答えは出てくるはずです。

 

何かを手に入れるためには代償が必要

「お前は自由でいいよなぁ…」というようなことをよく言われます。

確かに僕は自由だと思います。

僕は自分で『北海道でいちばん自由なパパ』だと勝手に思っています。

 

おそらく(きちんと調べたわけではないので具体的にはわかりませんが)、僕は普通のお父さんの一生ぶんの家族と過ごす時間をもうとっくに超えちゃってると思います。

 

僕はいつも家族と一緒にいます。

休みの日にはいつも家族と一緒にどこかへ出かけます。

それが僕にとっての『ハッピー』なんです。

妻はどう思ってるかわからないけれど・・・笑

 

こんな風に自分の自由な時間が作れる仕事にたずさわって入れるのはすごく恵まれていることだと思います。

サラリーマンをやってるお父さんなんかはどんなに子供と一緒に過ごしたいと思ってもなかなか時間が取れなくてツライ想いをしていることでしょう。

 

確かに僕は自由です。

だけどいま僕が享受しているこの自由をすべての人が享受する必要はないと思っています。

世の中が僕みたいな人間であふれてしまったら世の中は大変なことになってしまいます。笑

 

だから僕はこれは『役割』みたいなものだと思っています。

何の因果かわからないけれど今生において僕はそんな「圧倒的な自由」を与えられたのです。

その与えられた自由を僕はきちんと謳歌しなければいけないと思っています。

 

こんな風に生きることが許される人なんて滅多にいないはずなのですから・・

 

でも僕がこんな風に自由気ままに生きることができるのも僕がまず自分で事業をやっているからです。

投資をやっているからです。

サラリーマンのままだったらこんな風に自由には生きられませんでした。

 

しかしビジネスや投資には「給料」とか「ボーナス」というものはありません。

全部自己責任です。

厳しい世界です。

 

「10年で90%の会社がダメになる」と言われています。

そんな確率の低いものにわざわざ挑戦しようというのですから脱サラして自分で事業をやろうなんて人は(もちろんそれは僕のことなのですが)、よっぽどの変わり者なのでしょう。笑

 

だから日本ではそういう道を選択する人がほとんどいないんです。

みなさんのまわりでも起業する人なんてほとんどいないでしょ? 

つまり、そういうことです。

 

何を言いたいのかというと、僕が享受しているこの圧倒的な自由というのはかなりのリスクを背負わなければ手に入れることができないということです。

 

自由気ままに生きてる僕をはたから見て、「お前は自由でいいよなぁ…」と言ってる人はそのあたりのことを見落としています。

自由には代償があるのです。

そのベネフィットはかなり高くつきます。

相当の覚悟がなければ自由というのは手に入れることができないのです。

 

僕はなぜ自由をこんなに求めるのか

僕の両親は二人とも教師でした。

今でも教師の労働時間のことが問題になったりしますが、昔はもっとひどかった。

少なくとも僕が記憶している限りにおいては僕の両親にはまともな休みなんてありませんでした。

 

学校がない日でも部活がありましたし、いろいろ大変そうでした。

いつも家には誰もおらず、両親は帰りも遅い・・・僕は一人っ子だったのでとても寂しい想いをしていました。

 

だから僕は人一倍、家族と一緒の時間を過ごすことにこだわるんだと思います。

子供の頃、散々寂しい想いをしたから「子供には同じ想いをさせたくない」と考えたのでしょう。

 

人間というのは人格形成の段階で身についたものから逃れられないのです。

それが『トラウマ』となってその後の人生に影響を与えるのです。

そのトラウマによる影響が良い結果をもたらすこともあります(僕のように)。

でも、そうじゃない場合もあります・・

 

僕がこんなに自由を愛し、自由を追い求める生き方を選ぶ根底には子供の頃に嫌というほど味わった寂しさがあるのです。

でもそれは決してネガティブなことじゃありません。

コンプレックスは最大の武器になります。

 

事実、僕は誰よりも自由を追い求めるタイプの人間だったから脱サラ起業する道を選ぶことができたのです。

もしも僕が自由というものをそれほど重要視しない人間だったら、僕は間違いなく今でもサラリーマンをしていたことでしょう。

 

僕には自由というものがどうしても必要なんです。

しかし、それはあくまでも『僕』の話。

すべての人間が僕みたいに自由を追い求める生き方をする必要はありません。

 

みなさんにはみなさんなりの「ハッピー」があるはずです。

その自分なりのハッピーに向かって歩いていけば自ずと人生は良い結果になるでしょう。

 

自由をそれほど愛していないのに自由な時間だけあったって退屈で退屈でかえって不幸になってしまうはずです。

僕は性格的に自由がいくらあったって退屈しないタイプの人間だったから良かっただけの話です。

どっちが良いとか悪いとかの話ではありません。

 

いちばん大事なことは「自分にとってのハッピーは何なのか」ということ。

親や世間の言葉なんかに耳を傾ける必要は一切ありません。

自分の言葉に耳をすませましょう。

 

 

コンプレックスが幸せのカギ

ハッピーに近づくにはコツがあります。

そのコツさえマスターできれば比較的ラクに近づくことができるでしょう。

 

そのコツとは何か? 

それは先ほどから僕が述べていることです。

そう、『コンプレックス』です。

コンプレックスを見方につけるのです。

 

コンプレックスこそが鍵なのです。

自分の中にあるコンプレックスこそがみなさんをハッピーな状態に導いてくれる道先案内人なのです。

 

コンプレックスというのは多くの人はネガティブなものとして捉えています。

それは克服すべき忌々しいものだ、と・・

そんな風に自分の中にあるコンプレックスを敵視して生きてる人もいます。

 

でも、人間にとってコンプレックスというのはそんなに悪いものではありません。

むしろその人を今よりも素晴らしい場所へ導いてくれる「なくてはならない大切なもの」なのです。

 

コンプレックスがまったくない人間には飛躍はありません。

偉人や歴史上の人物たちを見てください。

誰一人としてコンプレックスを持たなかった人はいません。

みんなコンプレックスと共に生き、コンプレックスのおかげですごいことを成し遂げています。

 

人間はコンプレックスから逃れることはできません。

どんなにお金持ちになっても、どんなに社会的地位が高くなっても、コンプレックスは常にその人につきまといます。

コンプレックスと完全に決別できるのはその人が棺桶に入った時だけです。

 

コンプレックスは常に人を苦しめます。

不安な気持ちにさせます。

だけど我々はその苦しみや不安は「絶対になくすことはできないんだ」という事実を受け入れなければいけません。

諦めの境地です。

その諦めの境地に達することができた瞬間、人は以前よりも少しだけハッピーになれます。

 

この世の中をどのように捉えるのか。

自分自身をどのように捉えるのか。

その捉え方が「ハッピー」かどうかを決めるのです。

 

だから幸せになれない人はどんなに立派な学校を卒業しても、どんなに大きな会社に就職しても、どんなに高い社会的地位を得てもダメです。

 

東大とハーバード大学を出て、キャリア官僚になり、衆議院議員になっても、ハッピーじゃない人はハッピーじゃないんです。

それは全部、自分が決めたことなんです。

自分の捉え方しだいなのです。

 

 

 

www.youtube.com