サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

僕が今この国で行われようとしている教育に危機感を抱いている理由について。

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「日本の教育が危機だ」と言われはじめてからもう何年にもなります。

しかし、そこで言われている危機というのはすべてグローバル化に適応できるかどうかを基準にされてるような気がします。

こういうことを言い出す人のほとんどがネオリベの連中ばかりです。

 

自己責任、自助努力、弱肉強食、ウィナー・テイクス・オール、小さな政府、 etc・・・

本当にそれでいいのでしょうか。

 

彼らが気にしているのは世界大学ランキングで日本の大学が何位かとか、 グローバル人材ランキングで何位かとか、英語力ランキングで何位かとか、そんなことばかり。

それで「日本は36位に落ちた」とか「53位に落ちた」とかと言ってワーワー騒いでいます。

 

橋下徹とか竹中平蔵、ホリエモンや落合陽一みたいな人たちもよく話題にしています。

でも今の教育に必要なことは本当にそういうことなのでしょうか。

 

子供たちが幸せになるためには世界大学ランキングでベスト10に入ることなのでしょうか。

僕は違うと思っています。

世界大学ランキング 

www.timeshighereducation.com

https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings/2020/world-ranking#!/page/0/length/25/sort_by/rank/sort_order/asc/cols/stats 

 

グローバルタレントランキング

asia.nikkei.com

https://asia.nikkei.com/Economy/Singapore-Hong-Kong-and-Taiwan-surge-in-global-talent-ranking

 

 

英語能力指数ランキング

www.efjapan.co.jp

https://www.efjapan.co.jp/epi/

 

 

木(Tree)ではなく土(Land)を大切にしよう

僕は今の教育にいちばん必要なことは『土』だと思っています。

いわゆる「Land」です。

「土壌」です。

 

それに対して今、必死に推奨されている「グローバル教育」というやつは僕に言わせれば『木(Tree)』の話をしているように思えます。

 

言うまでもないことですが、しっかりとした木(Tree)はしっかりとした土(Land)がなければ育ちません。

それなのに僕の目にはみんなして木(Tree)の話ばかりしているように見えます。

 

さらに「この木からどんな果実が実るか」とかそんなことばかり言い合ってるように見えます。

 

英語教育も大事でしょう。

AI技術も大切でしょう。

MBAを取得することもいいかもしれません。

しかし、それやこれやもしっかりとした土(Land)があってはじめて成り立つ話だと思います。

 

ここで僕が言ってる土(Land)というのは非常にわかりにくいものです。

明確な言葉にすることもできず、数値で置き換えることもできません。

「世界大学ランキングで36位はダメだけど16位ならいい」というわかりやすいランキング目標もありません。

 

曖昧で、よく実態がつかめません。

「それはこれこれこういうものだよ」と子供たちに教えてあげることもできません。

でも、それはとってもとっても大切なものです。

僕にはそれがわかります。

そして、それはものすごいパワーを秘めています。

 

それは「英語指数ランキング」なんかよりもはるかにすごいパワーです。

それを味方につけることができれば子供たちの未来はとても明るいものになるはずです。

 

しかしながら今の日本の教育はそれに背を向ける方向へと進んでいます。

「世界大学ランキングで東京大学36位に落ちた」とか、「PISAランキングで学力が低下した」と言って大騒ぎしています。

 

土(Land)が豊かであれば後からいくらでも木(Tree)を成長させることができるのに・・

下手したらそれは木(Tree)を通り越して森(Wood)になるかもしれないのに・・

 

僕は日本の教育に今、不足しているのは『土地を耕す』という発想だと思います。

グローバル人材とかMBAとかそんなことはそれに比べたら大した問題ではありません。

 

たとえ日本の大学が世界大学ランキングの100位にも入らなくなったとしても、日本の子供たち一人ひとりが豊かな土地を持っていたとしたら何も心配する必要はありません。

あとからいくらでも遅れは取り戻せます。

 

しかしながら、土地をきちんと耕すこと怠り、子供たちに荒れ果てた土壌しか与えなければそこにいくら木を植えてもダメです。

台風や大雨にさらされ、そこに植えた木はあっという間になぎ倒されて枯れ果ててしまうでしょう。

 

たとえばアップルのiphoneというスマホがあります。

あれを生み出したのはみなさんよくご存知のスティーブ・ジョブズという人です。

じゃあ、ジョブズは今、日本の教育界隈で言われている、いわゆる『エリート教育』を受けていたのか。

iphoneという製品はその賜物なのか。

 

答えはNOです。

彼は大学を中退しています。

まったく勉強できなかったわけではありませんでしたが、少なくとも今、日本の教育関係者がやろうとしている『教育』を受けていたわけではありません。

マイクロソフトのビル・ゲイツもそうです。

Amazonのジェフ・ベゾスもそうです。

 

ジョブズはジョン・レノンやボブ・ディランが大好きなロック少年でした。

そしてビートニクスたちやヒッピー文化の影響を濃く受けました。

さらに東洋思想にも造詣が深く、『禅』にも興味を持ちました。

そして、毎日瞑想もしていました。

良くないクスリもやっていたことは有名な話です。

 

僕はそういうこと一つ一つがアップルという会社を(そしてiphoneという製品を)生み出す土壌になっていったのだと思っています。

それを言葉で説明することは非常にむずかしいです。

数値にも置き換えることもできません。

 

ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を子供たちに毎日聴かせれば日本にもアップルのような会社が誕生する・・・・そういうわけではありません。

ジャック・ケルアックの『路上』を子供たちが愛読すれば日本からもiphoneのような素晴らしい製品が誕生するというわけでもありません。

 

そういうことではないのです。

「これをこうしたら、こうなる」というものではないのです。

もっと曖昧で、掴み所がなく、よくわからないもの・・

そういうものこそががとっても大切なのです。

 

そういうものに触れる機会をたくさん子供たちに持たせること。

もしも本当に子供たちの幸せを願うのならば僕たちはそういうものをもっと大切にしなければならないと思います。

 

木(Tree)ではなく、まずは土(Land)を大切にしなければならないと僕は思います。

 

つまらない大人にはなりたくない 

佐野元春の名曲『ガラスのジェネレーション』のなかに「つまらない大人になりたくない」というフレーズがあります。

でも残念ながら僕は今、どんどんつまらない大人ばかりが量産されているような気がしてなりません。

 

一つの方向だけしか見れないような人間はつまらないと僕は思います。

この何かとストレスフルな現代社会を賢く生き抜くためにはもっと『幅』のようなものを持たなければいけないと思うのです。

 

僕は人生の目的というのは豊かさを得ることだと思います。

僕がここで言ってる「豊かさ」というのは必ずしも経済的な意味ばかりではありません。

 

もちろんお金は重要です。

貧乏はやっぱりハッピーではありません。

でもお金だけあってもダメです。

 

人生を固定化したり狭めたりせず、もっと広い視野でもっとアタマを柔らかくすること。

僕が言ってる豊かさとはそういうこともひっくるめての話です。

 

学生はいっぱいアルバイトしたりコンパに行ったり異性とデートをしたり・・・とにかく学業以外のものをたくさん経験した方がいいと思います。

学生だけではありません。

学生を教えている学校の先生も授業が終わったあとに水商売したりした方がいいと思います。

そこで学ぶことはたくさんあると思います。

 

社会を勉強することができます。

そして、そこで学んだことを授業にフィードバックさせれば学生たちにとってもプラスになるはずです。

 

教科書に書いてあることをただ黒板に書き写すだけ・・・・それって本当に『教育』と呼べるのでしょうか。

僕は学校の先生も仕事が終わったあとで水商売をやったりしたらいいと思います。

そこでコミュニケーション能力や人間の機微みたいなものを先生が学ぶのです。

 

そしてそれを学生たちに伝授してあげる。

日本の教育水準は格段にアップすると思います。

 

夜の世界はいろんな人がうごめいています。

そこは昼間の世界とは明らかに違います。

それだけにキケンもいっぱいなのですが、それだけに学ぶべきこともいっぱいあります。

 

人間は一人ひとり違うのだということ

世の中にはいろんな人がいて、そういう「いろんな人」がいるおかげでこの世は成り立っているということ

etc・・

いろんなことを学べると思います。

 

特に有名大学に勤務している教授とか助教授とかは社会の裏側を知っておいた方がいいでしょう。

自分が普段属している『学問』という分野と正反対の反対側の世界を知るということ。

そうすれば今、クイズ番組などで「この人は〇〇大学出身です」と言ってもてはやしていることがいかにいびつで不自然なことかわかるはずです。

 

子供たちは何も知りません。

純粋無垢なまま大学にやってきます。

あまりにも無防備です。

彼らを無防備なまま社会に本当に放り出していいのでしょうか。

僕はそれはあまりにもキケンなことだと思います。

 

だから社会に出てから心が折れてしまう子供たちが後を絶たないのです。

うつ病になったり、ひきこもりになったりする子供たちがあとをたちません。

それは何の準備もしないまま社会の荒波のなかに放り出すような今の教育システムにも問題があるような気がしています。 

 

人間は自然の一部 

「〇〇大学に行きなさい」

「〇〇のような一流企業に就職しなさい」

 

僕はときどき、そのような価値観が若者の心を傷つけているのではないかと思うときがあります。

人生というのはそういうものなのでしょうか。

 

いい大学に入学できた人は素晴らしく、そうじゃない人はダメ

いい会社に就職できた人は素晴らしく、そうじゃない人はダメ

 

なんか世の中を見ていると、そのような価値観が一人歩きしているような気がします。

非常に危険な兆候だと思います。

そういうネオリベ的な発想で生きてゆくと、やがてどこかで行き詰まります。

 

なぜなら人間はロボットではないからです。

いわば人間は自然の一部です。

それに対して新自由主義者たちの発想は『不自然』です。

 

1+1=2

確かにそのとおりかもしれません。

だけど、人間はそんなふうに数値で置き換えることができない存在なのです。

 

猫の動きを100%コントロールすることができないのと同じように・・

 

「これをこうしたら、こうなる」という世界にずっと身を置いていると、人間はおかしくなります。

コンピューター技術者のあいだにうつ病をはじめとする精神疾患を抱える人が多いというのもわかるような気がします。

だから僕は今、政府が進めようとしている『スーパーシティ構想』は悲惨な結果を招くと思っています。

 

人間はそういう機械やコンピューターに囲まれた環境に耐えられるほど強くないのです。

しかしながら、世界はどんどん不自然な方向へとシフトしていっているような気がします。

 

せめて学校だけはそういうものの影響から逃れられる場所にしなければなりません。

子供たちを守るシェルターの役割を果たさなければならないと僕は思っています。

 

学校から一歩外に出たら、そこは「1+1=2」の世界がひろがっています。

子供たちはそういう世界で身も心もボロボロになってしまっています。

 

子供とは何でしょう。

子供とは『自然そのもの』ではないでしょうか?

だから僕は学校の授業で田植えをしたり、川で魚を釣ったりすればいいと思っています。

 

子供たちにもっと自然に触れされる機会をつくってあげるべきだと思います。

そうしなければ子供たちがかわいそうです。

とにかく『学業』以外の世界に浸ることのおもしろさに気づいてもらうこと。

 

僕は確信しています。

今、日本はそっちの方に舵を切らなかったらきっと20年後大変なことになると思います。

スーパーシティでオンライン授業なんかやったって子供たちは幸せにはなれません。

 

社会に出たら否が応でもコンピューターに触れなきゃいけないのです。

せめて子供時代くらいは機械ではなく、自然に触れさせてあげた方がいいと僕は思います。

 

田んぼで泥だらけになった経験や魚を自分の手で触った経験のある子供の方がよっぽど将来おもしろいことをやる人材に成長すると僕は思っています。

 

「のんびりなんかしていたら競争社会を勝ち抜いていけない」と人は言うかもしれません。

そうでしょうか。

僕はそうは思いません。

むしろ学校時代にたっぷり自然と触れ合い、のんびり自分の好きなことに没頭した人間の方が社会に出てからおもしろいことをはじめると思っています。

 

スティーブ・ジョブズは単なるコンピューター・オタクではありませんでした。

ボブ・ディランやジョン・レノンに狂い、ビートニクスたちの詩を読み、禅にも心酔しました。

どれもこれもコンピューターとは180度違うものばかりです。

でもそういうものに触れた経験の中からiPhoneをはじめとする画期的な製品が誕生しました。

 

 

レッツ・モラトリアム

僕は『モラトリアム』ってすごく大切なものだと思っているんです。

いろんなものに興味を持ち、いろんなところに首を突っ込んでみて、そこでいろんな刺激を受ける・・

その「刺激」がやがてどこかで花ひらくときがくると思っているんです。

 

悩み、迷い、苦しみ、『自分さがし』の果てに僕は未来は開けてくると思っています。

僕も若い頃は散々、苦悩しました。

いろんなことがうまくいかず、それゆえに何とか答えを見つけようと必死でいろんな扉を開けてまわりました。

 

そうした経験が今の『僕』という人間を形成していったのだと思います。

そして僕は今、とても自由で幸せな日々を過ごすことができています。

 

人生の途中で不動産投資というものと出会い、それを本格的にやることによって僕は人生を好転させました。

そういうことができたのは僕が勉強ができたからではありません。

優秀だったからでもない。

 

ただただ、いろんな扉を開ける経験を積んだからだと思っています。

そして、そこでいろんな刺激を受け、いろんなことを学んだからだと思っています。

 

モラトリアムの期間というのは人間が成長するうえで欠かすことのできない『さなぎ』の期間だと僕はとらえています。

それは充電期間であるのと同時に、成長期間でもあるのです。

またそれは同時に武器を磨く期間でもある。

 

今の子供たちは無防備な状態のまま社会という名の戦場へと送りこまれています。

そりゃ、傷つく子供たちがたくさん出るのもわかりますよ。

何の準備もしないままいきなり実戦の場に出されたら、そりゃ一発でターゲットにされて終わりです。

 

日本では若者の自殺率が高いことで有名です。

またうつ病をはじめとする何らかの精神疾患を抱えている若者も多いそうです。

ひきこもり問題もまったく改善されることのないままどんどん数だけ増えています。

 

でも僕はそのことにあまり驚いていません。

「こんな教育をしていたら、そりゃそうなるのは当然だわ」と思っています。

 

とにかく子供たちを守ってほしい。

とりあえず『スーパーシティ構想』なんていう時代おくれのネオリベ的なものはやめてほしい。

 

それは子供たちをますます傷つけるだけです・・

 

 

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