サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

学歴コンプレックスを克服して幸せに生きる方法

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僕もひっくるめて学校時代に勉強ができなかった人は「勉強コンプレックス」みたいなものを抱いてしまう傾向があります。

そしてそのことが社会人になってからも大きな悩みのタネになり、何をやっても自信がない状態になっちゃう人もたくさんいます。

それではいけません!

 

勉強は学校時代だけにするものではありません。

いや、いちばん重要な勉強はむしろ社会に出てからの勉強の方です。

 

逆に言えば、学校時代にどんなに落ちこぼれだったとしても社会に出てからきちんと勉強した人はいくらでもその後逆転できるということです。

 

僕も本当に学校時代は勉強ができませんでした。

そしてそのことをずっと悩んできました。

でも今、こんなに幸せで自由な毎日を送ることができるようになりました。

 

人生というのは本当にわからないものです。

 

僕は勉強ほど大切なものはないと思っています。

でも僕がここで言ってる勉強というのは世間一般で言われている勉強とはちょっと違うものです。 

 

僕は社会に出てから人生の本当の勝負が始まると思っています。

学生時代ははっきり言って準備運動みたいなものです。

準備運動がうまくできたからといって本番で活躍できるとは限りません。

 

僕は学生時代の頃より社会に出てからの方がたくさん勉強しました。

お金のこと、経済のこと、投資のこと、社会のこと、日本のこと、世界のこと、etc・・・

社会に出てから一つ一つ学んでいったことはどれも本当におもしろく、ためになるものでした。

 

おかげで僕は勉強がとても好きになりました。

学校時代、あんなに嫌いだったのに・・・

そしてそのことがやがて僕の人生を大きく変え、僕の人生を救済してくれることに繋がってゆくのです。

 

だから僕は声に出して言いたい。

学生時代、勉強ができなかったからと言って人生の負け組になると決まったわけじゃない

学生時代、勉強ができたからと言って人生の勝ち組になると決まったわけじゃない

と。

 

 

コンプレックスが逆に救いにつながることもある

僕は時々、学校時代に勉強ができなくて(もっとはっきり言えば落ちこぼれで)逆に良かったのではないかと思うことがあります。

もしかしたら下手に学校時代に勉強ができていたら今のこの幸せは享受することができなかったかもしれないぞ、と。

 

きっとそうです。

僕みたいな学校の勉強で落ちこぼれたタイプはシューカツにせよ、転職にせよ、恋愛にしろ、結婚にしろ、いろんな場面で困ることが多くなります。

そういう人はいわゆる「エリート・コース」みたいなものから必然的に外れなければならなくなります。

 

僕だって有名大学を卒業して、シューカツして、一部上場企業に新卒一括採用で入社してみたかった。

でも、それができなかった・・・

だから僕は地元の中小企業に就職するしかなかった。

 

それしか選択肢はありませんでした。

そうなると『何か別のこと』を考えなければならなくなります。

必然的に今、手元に配られたカードだけでいかに勝負に勝つかを真剣に考えるようになります。

 

そこからいろいろな想像力が生まれます。

何か別の生き方を模索するようになります。

エリートたちが尻込みするような大勝負の場面でも思いきってそれに挑戦しようとする勇気のようなものも持てるようになります。

 

「事業家になる」「投資家になる」という発想はそうしたバックボーンがあったおかげだと思っています。

そういうコンプレックスが大きく影響していると思っています。

 

普通にやったら勝てないからアウトサイダーにならざるを得なかった。

はみ出して生きざるを得なかった。

でもそのことが僕の場合、良い結果につながったような気がします。

 

コンプレックスが逆に救いにつながることもあるのです。

 

僕の友人や知り合いにはいわゆるエリート・コースに乗っかってスイスイと進んでいった人たちもたくさんいます。

彼らは有名大学を卒業し、一流企業や官庁に就職したり、医者になったりして高い年収をもらって生活しています。

 

僕がノラ猫ならば彼らは血統書付きのアメリカン・ショートヘアーかスコティッシュ・フィールドみたいなものです。

でも血統書付きの猫には猫の生き方があるようにノラ猫にはノラ猫の生き方があります。

 

僕のまわりにいる優秀なエリートたちは高い年収と社会的地位と引き換えにいろいろなものを犠牲にしているように僕の目には見えます。

彼らは朝早くから夜遅くまで働いています。

子供とまともに話す時間もありません。

 

いつもプレッシャーを抱え、ストレスでいっぱいの毎日を送っています。

はっきり言ってちっとも幸せそうじゃありません。

とても立派な家やマンションに住んでいますが、それだけに目ん玉が飛び出るような額の住宅ローンを抱えています。

 

「よくそんな金額を毎月払えるよなあ・・」

不動産の世界に身を置いて自身もたくさんの借金を抱えている僕がこんな風に言うのはヘンに思われるかもしれませんが、その額は僕ですら心配になってしまうような額です。

 

しかも僕の抱えている借金は住宅ローンではありません。

不動産投資ローンです。

だから僕の借金は僕が働いて返しているのではありません。

 

誰が返しているのか?

僕のビジネスが借金を返しています。

もっと具体的に言えばうちの物件に入居してくれている入居者さんたちが僕に代わって借金を払ってくれています。

 

僕は別に汗水垂らして働いてるわけではありません。

夜遅くまで残業したり、満員電車に揺られて嫌な想いをしたりしてるわけでもありません。

 

勉強ができなくても輝けれる世界に行こう

彼らはとてもいい暮らしをしています。

家も立派だけど、車も立派です。

着ている服も上等なものだし、時計だって外国製のすごい時計をしています。

子供の習い事だって月に10万円くらいかけています。

 

驚くような生活レベルの高さです。

さて、そんな一体彼らの一ヶ月の生活費はいくらなのでしょうか? 

想像するだけでクラクラしてきます。

 

でも彼らは「自分のビジネス」というものを持っていません。

「自分の資産」というものを持っていません。

 

立派な家、高級車、外国の時計、そして上等な服、etc・・・

それらは本当の意味で資産とは言えません。

 

それらは「モノ」であり、「資産」ではありません。

だからそれらは一銭も稼いではくれません。

自分のフトコロに毎月お金を運んできてくれるわけではありません。

 

だから彼らは一生働き続けるしかありません。

資産からの収入がゼロなのですべてを「労働」によって賄わなければなりません。

今の生活レベルを落とさないようにするためには一生懸命働き続けるしかありません。

これから先もずっとそうです。

 

資産を手に入れてその資産に稼いでもらえばそんな風に朝から晩まで働き続けなくても済むのに彼らはそのやり方を知りません。

なぜ彼らは資産作りをしようとしないのでしょう。

なぜ彼らは投資をやろうと思わないのでしょう。

 

僕はそのことについて真剣に考えてみたことがあります。

その結果、僕は『彼らが勉強ができたからだ』という結論に達しました。

 

彼らは恐ろしく勉強ができました。

学校の成績がズバ抜けて良かった。

だから必然的に「勉強」とか「学力」を活かせる世界の住人になりました。

 

そこに行けば、勉強のできる人、学校時代の成績が良かった人はチヤホヤしてもらえます。

だから彼らは何の躊躇もなくそこへ行き、そこの住人になりました。

 

そして、その世界の住人にいったんなってしまうともう二度とそこから抜け出せなくなってしまいます。

彼らはなまじっか勉強ができたばっかりにその世界から抜け出すことができなくなってしまいました。

 

そこにしか彼らの行き場はありませんでした・・

 

何と言っても彼らは血統書付きの猫なのです。

冷暖房完備の大邸宅に住まわしてもらってぬくぬくと暮らす血筋のいい猫です。

それに対して僕らはノラ。

だから自由気ままに大地を動き回ることができます。

 

カラスに襲われたり、車に轢かれたりするリスクは確かにあります。

でも何と言ってもノラ猫のいいところは勝手に好きなところに行けるところです。

 

僕は「そっちの方がいい」と考えるタイプの人間です。

自由というものを何よりも大切にする人気です。

 

社会的地位よりも、肩書きよりも、自由であることの方が僕にとっては大切なことでした。

自分の好きなことをやって生きてゆく方が性に合っていました。

 

僕は勉強ができなかったから勉強ができる人たちが歩む道とは別の道に行くしかなかったのです。

学歴とか、資格とかといったようなものが一切問われない世界に行くしかありませんでした。

だから僕はビジネスの世界に飛び込んだのです。

ビジネスの世界は学歴とか、資格とか、学校時代の成績は一切関係ありません。

 

その代わり、シビアな世界です。

リスクもいっぱいあります。

でも僕はそっちの世界の方が居心地が良かった。

「自分を活かせる!」と思った。

 

だって僕はノラ猫だから。

 

つまりこういうことです。

  • 彼らは勉強ができたから勉強ができる人が輝ける世界に行った
  • 僕は勉強ができなかったから勉強ができなくても輝ける世界に行った

 

「勉強」というものが人間の進む道を左右するのです。

 

働いて稼ぐよりも大きなリターンを得る方法

資産を手に入れてその資産に稼いでもらい、不労所得を得れば極端なはなし働かなくても生きてゆくことができます。

そうしたことをやってる人のことを夏目漱石は「高等遊民」と言いました。

 

だけど僕はそうした生き方を否定するつもりはまったくありません。

自分がやってるからではなく(もしも自分がやっていなかったとしても)、「そうしたことがもしも本当にできるのであればそれに越したことはないのではないだろうか?」と考えました。

 

僕は一度破産しかけたことがあります。

お金のことで目の前が真っ暗になりかけたことがあります。

あのとき、僕は『お金』というものがいかに大切なものであるかを痛感しました。

 

普段はお金の大切さなんてことを意識したりはしません。

貧乏の恐ろしさを実感することなんてないでしょう。

それで平気な顔をして「お金より大切なものがある」なんて言ったりするのです。

 

でも僕はもうそのようなタワゴトは口が裂けても言いません。

「お金より大切なものがある」というのはお金のことで苦労したことがない人が言う言葉です。

 

例えば家族を養っていかなければならない立場なのに会社からリストラされてしまった人に「お金より大切なものがある」なんて本当に言えるでしょうか? 

僕は言えないと思います。

不労所得だろうが、勤労所得だろうが関係ないんです。

お金はどこまで行ってもお金でしかありません。

 

お金には色もついていなければ匂いもついていません。

犯罪でもおかしたなら話は別ですが、それ以外のきちんとした方法で稼いだお金を「これはいいお金だ」「これは悪いお金だ」とジャッジするのはあまりにもナンセンスだと僕は思います。

 

だから僕は資産を手に入れようと思いました。

そして見事にそれを手に入れました。

 

今、僕は不労所得を得て生活をしています。

僕は働いていません。

僕たち家族は資産からの「あがり」でメシを食っているのです。

 

そういう方法がこの世にはあるということを僕は社会に出てから学びました。

それは僕が人生の中で学んだもっとも素晴らしいものでした。

 

僕は一生懸命働く人や生き方を否定はしません。

真面目に働く人がいるから日本経済は安定的にまわっていっているのです。

もしもみんながみんな僕みたいな投資家になってしまったらそれこそ日本経済は崩壊してしまうでしょう。

 

しかし、真面目に働く人も頭の片隅のどこかに「労働にはそれほどレバレッジ効果がない」ということを入れておくようにしましょう。

 

投資やビジネスにはリターンがあります。

そのリターンは時に何倍にもなる。

それがレバレッジというものなのです。

これが勤労所得の場合ほとんど効かないのです。

 

なるほど一生懸命働ければ出世はするかもしれません。

会社の業績が良ければベースアップやボーナスのアップの期待できるでしょう。

しかし、それはいったいどれほどのスケールになるでしょう? 

どんなに頑張ったとしても投資によるリターンには叶わないでしょう。

 

がむしゃらに働くだけでは問題は解決しないのです。

1の労力に対して100のリターンが欲しければ投資やビジネスをやるしかありません。

労働ではそれだけのリターンは得られません。

そして「働き続ける」という選択をした場合、夜遅くに帰ってきて、また翌朝になれば会社に働きに出る・・・という永遠ループから抜け出せなくなってしまうのです。

 

それはある種の『罠』です。 

住宅、車、子供の教育、レジャー、趣味、外食、ファッション、保険、税金、将来のための貯金、etc・・・

生活費は毎月かかってきます。

その生活費を払うために必死に働き続けなければならないのです。

 

親からも学校の先生からもそれが正しいことだと教わりました。

でも本当にそれでいいのだろうか。

 

働くこと以外でもお金を得る方法はいくらでもあります。

親も学校の先生もそのことを(その方法を)知らなかっただけなのです。

 

でも僕は知ることができました。

社会に出てからそのことについて「勉強」したのです。

『お金』についていろいろと勉強したのです。

 

だから僕は勉強というのはとても大事なことだと言っているのです。

今日の僕の幸せは社会に出てから僕が勉強したから得られたのです。

 

お金についての勉強を深めれば投資やビジネスをすることはそれほど恐ろしくなくなります。

いちばんおっかないのはお金についての勉強を一切することなく、投資やビジネスをすることです。

 

今からでも遅くありません。

みなさんもお金の勉強をはじめましょう。 

「危険なものだ」と言って見向きもしないのはそれこそ危険なことです。

それが危険でリスクがいっぱいあるものだということがわかっているのならば、なおさら知識を深めておく必要があります。

 

なぜか学校時代に成績の良かった人ほど社会に出てから「勉強」をストップしてしまう傾向があります。

「高学歴なのに人生がうまくいってない・・」と感じてる人はこの辺りのことをしっかりと考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

僕よりも数百倍も頭のいい人たちが僕よりも不幸な毎日を送っていたりすることがあります。

一流企業に勤めていて、年収も高いはずなのに不安でいっぱいの毎日を送っていたりします

 

そりゃそうです。

「自分が勤めている会社からもらう給料」だけに頼っているわけですから不安になって当然です。

収入源が一つしかない状態ではいつまで経っても安心できないでしょう。

 

彼らが抱えている不安を解消する方法はただ一つ、それは彼らが「勉強」をすることです。

本来、彼らの得意分野であるはずの「勉強」をすれば彼らはもっと幸せな毎日を送れるようになります。

もっと自由になって、いま抱えているストレスからも解放されるかもしれません。

 

でも彼らは決してその「勉強」をしようとしません。

翌朝になればまた満員電車に揺られて会社に出かけてゆくのです・・

 

「コンプレックス」は最強の武器

僕は社会に出てから「どうにかしてここから抜け出せないものか」「どうしたらここから這い上がれるだろうか」ということばかり考えていたような気がします。

会社に身も心も捧げて働くことが当たり前だった古い世代の人から見れば僕のその姿勢は「けしからん!」ということになるでしょう。

 

でも僕には学歴もなければ、何の資格もなかったんです。

そんな何もない人間がノシてゆくためにはそれなりに考えなければなりません。

 

他の人と同じことを考えていたんでは勝負に勝てなかった。

僕は自分が落ちこぼれだったことを誰よりも自覚していました。

だから余計に人一倍、考えたのだと思います。

 

高学歴の人や難しい資格を持っているような人たちとまともにぶつかってもまず勝ち目はありません。

何か違うことを考え、その『違い』で勝負するしかなかったんです。

 

そのために僕は勉強したのです。

本もいっぱい読みました。

 

彼らの上を行くにはどうしたらいいか。

彼らが持つことできなくて僕が持つことができるものは何か。

『コンプレックス』が僕を突き動かしたのです。

 

日本のサラリーマンは世界的に見ても勉強しないことで有名です。

あるデータによると日本のサラリーマンは「平日10分」しか勉強していないそうです。

 

確かに彼らの異常な働き方を見ているとこの数字も納得できます。

あれだけ働いてクタクタに疲れて帰ってきくれば、机に向かって1時間も2時間も勉強することはほとんど不可能に近いでしょう。

 

でもそれではいつまで経っても同じことを繰り返すだけの永遠のループから抜け出すことはできません。

 

僕の知ってる成功している人のほとんどは皆、勉強熱心です。

中には中学しか出ていない社長さんなんかもいます。

でも彼らは経済のことも金融のことをよく知っています。

おそらくその辺の銀行マンや証券マンより詳しいのではないでしょうか。

 

それだけ勉強しているのです。

勉強は間違いなくみなさんを救ってくれます。

勉強する癖をつければみなさんの人生も必ず変わるでしょう。

 

ただし、その「勉強」というものが世間一般で思われている「勉強」とはまったく違うということだけは忘れないでほしいと思います。

 

「学校時代に勉強ができて、いい会社に入りさえすれば後は幸せに暮らしていける」 

かつて、そんな幸福な時代がありました。 

でもそんな時代はもうとっくに終わってしまいました。

 

みなさんもそのことはよくご存じだと思います。

でも、これからはますます「勉強」が重要になってきます。

ただし何度も言うようにその勉強というのは多くの人がイメージしている勉強とはまったく違う種類の勉強です。

 

 

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