サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。趣味で詩も書いてます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

“恐慌”が取り沙汰されている今、「お金儲けは悪いことですか?」という言葉について改めて考えてみた。

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村上世彰さんはかつて『お金儲けってそんなに悪いことですか?』と言って物議をかもしました。

20年続くデフレ不況におちいり、今回のショックで一部では「恐慌」なんて言葉がささやかれるようになった今、その言葉は妙に胸に響きます。

 

僕はロックが大好きで、マルクスに傾倒したこともあるので「金持ちなんてクソ食らえだ!」という感覚はとてもよく理解できます。

未だに僕の中にはそういう反骨精神みたいなものはあります。

 

しかしながら、そうは言いつつも僕は不動産投資なんてものをやって家族を養い、さらにその余剰金を使って株式投資なんてものをやってさらなる不労所得を得たりしている。

「それは矛盾ではないのか」と人に言われたこともありますし、いつも自問自答していることでもあります。

 

もちろん僕が不動産投資や株式投資から稼ぎ出している金額なんて微々たるものです。

世の中には僕の何十倍も何百倍も投資から稼ぎ出している人もいます。

 

それでも「ただいま現在、貧乏か?」と問われたら、僕の現在の立場は明らかに貧乏とはいえないでしょう。

そのことに「負い目」のようなものを感じることがよくあります。

 

もちろん、ホリエモンとか、ZOZOのあの人とか、「秒速で◯億稼いだ男」とかっていう人に対して嫌悪感を感じている自分が常にいます。

その一方で彼らが利用しているものと同じシステム(『資本主義』)を自分も利用し、それで家族を養っているという矛盾。

 

僕は長いあいだその自己矛盾に苦しんできました。

 

とくに日本社会というのはむかしの「村社会」の名残なのか何か知らないけれど、お金を稼いでいる人や不労所得を得ている人に対して冷たいところがあります。

「投資からのリターンで生活しています」という人はどっちかって言ったら褒められない風潮があります。

 

それよりも「三菱商事の社員です」とか「国家公務員です」という人の方が褒められるところがある。

 

でも僕は最近思うようになりました。

「三菱商事の社員も、国家公務員も、結構いい給料もらってるぜ」

と・・・

 

それなのに、そういうきちんとしたまともな職業についてる人は褒められて、投資から不労所得を得ている人は褒められないようなところが日本にはあります。

たとえ所得の額がどちらも同じくらいだったとしても・・・

 

そこで僕が最近よく考えるのが村上ファンドの村上世彰さんの「お金儲けって悪いことですか?」という言葉です。

おカネって「何をやって稼いだか?」は関係ないのではないでしょうか。

 

三菱商事に勤めてる人が稼ぐおカネ

焼き鳥屋をやって稼ぐおカネ

株式投資をやって稼ぐおカネ

etc・・・

 

何をやって稼いでもいいのではないでしょうか。

いちばん大切なことは「餓死しない」ということなのではないでしょうか。

「きちんと家族を養えている」ということなのではないでしょうか。

 

そういった意味で言うと、僕は生活保護だって立派なおカネを得る手段だと思っています。

サラリーマンも、公務員も、商売人も、投資家も、生活保護受給者も、みんな一緒です。

 

みんな同じ日本国民です。

「何をやっておカネを得ているか?」は関係ないのではないでしょうか。

 

ところがそんな日本人の中には「三菱商事に勤めてる人は正しく、生活保護をもらってる人は正しくない」という考えを持つ人がいます。

僕はそこにものすごい違和感を感じます。

 

もちろん犯罪をおかしたり、不正なことをしておカネを得てはいけません。

そういう人はバッシングされても致し方ありません。

村上世彰さんも「インサイダー取引をした」ということで逮捕されました。

 

でも、お金儲けをしようと思ったこと自体は責められないのではないでしょうか。

 

とくに若い人に言いたい。

「お金を稼ぎたい」という根源的な欲求を否定してはいけません。

 

どんなに妬まれても、どんなに足を引っ張られても、おカネがある状態とおカネがない状態とを比べたら、そりゃおカネがある状態の方がいいに決まってます。

僕は不動産の世界に身を置いてる人間です。

おカネのない状態の人の人生というものがどれほど悲惨なものであるかよく知っています。

 

「おカネがなくても心が豊かであれば・・・」というようなことを言う人もたまにいますが、そういう人はみんなインチキ嘘っぱち野郎です。

カネの亡者もキケンですが、清貧の思想の方がもっとキケンです。

 

だけど、この清貧の思想が最近やたら流行っています。

僕はそれがとても気になっています。

 

「断捨離」とか「ミニマリスト」とかという言葉をよく耳にするようになったのも日本がデフレに突入し、格差社会が深刻化しはじめた頃です。

 

僕が言いたいのは『向上心を持つことは悪いことではない』ということです。

ここではわかりやすい例として「おカネ」を持ち出しましたが、それは決しておカネでなくても構いません。

 

向上心は人間だけに備わっている特殊な能力だと思います。

うちは猫を飼っていますが、うちの猫には向上心はないと思います。

「よし、もっと賢くなって言葉を話せるようになろう」なんて思ったりしないと思います。

 

また、そうする必要もありません。

ただただ本能のままに、食べて、寝て、排泄をして、ゴロゴロしてるだけで彼は十分可愛く、幸せそうだからです。笑

 

でも人間には向上心があります。

「繁盛するお店を開きたい」でもいいし、「司法試験に受かって弁護士になりたい」でも何でもいい。

人間は夢に向かって頑張ることに喜びを感じるようにインプットされているのです。

そのこと自体を否定する必要はまったくないと思います。

 

向上心を持ったがゆえに失敗したり、挫折したりすることもあるかもしれません。

それでも、それも人生です。

僕は何もせず、何も追いかけず、何にもチャレンジしない人生よりはるかにマシだと思っています。

 

断捨離もいい

ミニマリズムもいい

FIREもいい

ダウンサイジングもいい

etc・・・

 

でも向上心を持って頑張ろうとしている人を引きずり下ろすような“This is ニッポン”的な風潮は良くないと思っています。

 

長引くデフレ不況の影響なのかどうか知りませんが、僕は最近「コスパ」とか「ポジション取り」のことばかり気にする人が増えているような気がしてそれがとても気になっています。

 

コスパがいいことはやり、コスパが悪いことはやらない

 

自分が今いる狭い世界の中でいかにいいポジションを取るかだけを考えて生きている

 

 

そんな人が増えているような気がします。

 

自ら進んでアウトサイダーになろうとするヤツがいなくなった。

ギラギラした目つきで無謀なことをするヤツがいなくなった。

みんなツルンとしたスベスベの肌をしたお坊ちゃんになってしまった。

お綺麗な服を着て・・・

 

そういう向上心のない人だらけの国に未来はあるでしょうか?

そういう国が経済成長するでしょうか?

 

僕はこのブログの中で繰り返し政府の緊縮財政を批判してきました。

政府は明らかにケチケチ財政をやっています。

国民を豊かにすることよりも財政赤字を減らすことばかりを考えています。

 

上がそういうマインドだから下もそうなるのかもしれません。

 

とにかく日本から『向上心』みたいなものが失われてしまいました。

僕はもう一度、日本人が坂の上の雲を目指すべきだと思っています。

そうしなければ本当に斜陽しかありません。

 

そして、日本が本格的に貧困化してしまったら、それはもう悲惨な末路が待っているだけだと思います。

 

ましてや今回のショックで「恐慌」が取り沙汰されている時期です。

もう一度、村上世彰さんの「お金儲けって悪いことですか?」という言葉を日本人ひとりひとりが考えるべきときに差し掛かっているような気がしまう。

 

2020年。

ここが分岐点だと思います。