サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。趣味で詩も書いてます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

「やっておけばよかった」と後悔しないために! 若いうちに挑戦することの大切さについて語ろう。

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失うものが何もない若いうちにしかできないことってあります。

 

僕の場合は結婚して子どもがいる状態で人生最大の勝負に出ましたが、僕みたいなことができる人ってやっぱり少ないと思います。 

だからこそ早いうちに、若いうちに、独身のうちにひと勝負に出なきゃいけないのです。

 

「酒もタバコも女もやらず、百まで生きた馬鹿がいる」という都々逸があります。

でも、今じゃそれは都々逸でもなんでもなくなってしまいました。

むかしジョークで言ってたものが本当のことになってしまったのです。

 

僕は投資をやって生計を立てている人間です。

その投資からのリターンの9割は世間では「もっともキケンな投資法」と呼ばれている不動産投資から得られています。

 

でも僕は20代の頃に不動産投資に出会って良かったと心の底から思っています。

もしも40代の頃に出会っていたらきっと「勝負しよう」と思わなかったのではないかと思っています。

 

僕は27歳くらいのときにひょんなことからアパートのオーナーになり、最初の物件を手に入れました。

その後、不動産の世界を本格的に学びたくなり、不動産会社に転職しました。

そして、徐々に物件の数を増やしていき、38歳のときに専業の大家さんになりました。

その翌年には法人成りもしました。

 

ピーク時には物件の数は10棟(100部屋以上)にまでふくれあがりました。

ここ数年の不動産価格の異常な高騰の波にのって、そのうちの半分を売却し、残りの5棟のローンに繰上げ返済をしました。

そうしたことによってうちの会社の財務内容は劇的に変化し、一気に黒字体質の会社になりました。

 

売却した物件はどれもびっくりするような高い値段で売れました。

僕が購入したときも高く売れました。

そのおかげで大きく儲けることもできましたが、それまでの赤字が全部ふき飛んでいってしまったので税金もたくさん払うことになってしまいましたけどね。笑

 

いずれにしても僕はここで『勝負に出ることの大切さ』を訴えたいと思います。

若気の至りでもなんでもいいけど、人間は若いうちに何かにチャレンジした方がいいと思っています。

その無鉄砲さが必ずどこかへ連れていってくれます。

 

僕の場合でいえばその無鉄砲さのおかげで会社経営者になることができたし、投資からのリターンで生活してゆく自信も得られました。

圧倒的な自由な時間も得られました。

 

すべては20代の頃のあの怖いもの知らずなイノセンスさが僕を導いてくれたのです。

酒もタバコも女もやらず、百まで生きた馬鹿がいるという状態にならないように注意してほしいと僕は思います。

 

僕の友達でも安全第一を信条に、何かにチャレンジしたりリスクを負ったりすることを避けて生きてきた人がたくさんいます。

今、40代を迎え、にっちもさっちもいかない状態になっています。

 

途中まではバラ色の人生を歩んでいました。

学歴も高く、真面目で、勤勉、etc・・・

だけど今では仕事のストレスが原因でうつ病みたい症状にさいなまれています。

 

会って話をしても覇気がなく、「大丈夫かな…」と心配になってしまうくらいです。

彼はもう40代。

何か新しいことをはじめる気力も体力もないみたいです。

 

「勝負できなくなる」という状態は可能性の幅をせばめます。

勝負するんだったら若い頃の方がいい。

結婚したり、子供をつくったりして家族が増えたり、マイホームを抱えたりすると、なかなか勝負に出られません。 

 

バッターボックスに立ってホームランを打つ気があるなら早く打席に立った方がいいです。

可能性という名の扉は時間が経つにつれて閉まっていってしまいます。

もしも完全に閉じちゃったら、「向こう側」へ行くことは永遠にできなくなってしまいます。

 

だから扉が完全に閉じてしまう前にひと勝負に出なければならないのです。 

「命短し恋せよ少女」という歌詞が印象的な『ゴンドラの唄』というむかしの歌があります。

 

 

いのち短し 恋せよ少女

朱き唇 褪せぬ間に

熱き血潮の 冷えぬ間に

明日の月日の ないものを

 

 

いのち短し 恋せよ少女

いざ手をとりて 彼の舟に

いざ燃ゆる頬を 君が頬に

ここには誰れも 来ぬものを

 

 

いのち短し 恋せよ少女

波に漂う 舟の様に

君が柔手を 我が肩に

ここには人目も 無いものを

 

いのち短し 恋せよ少女

黒髪の色 褪せぬ間に

心のほのお 消えぬ間に

今日はふたたび 来ぬものを

 

 

時間は誰のことも待ってはくれません。

ぼやぼやしてたら時間はあっという間に過ぎ去ってゆくものなのです。

薔薇はいつまでも咲いてはいません。

 

チャレンジすることをためらっているうちに人生なんてあっという間に終わっちゃうんです。

 

若いうちは熱く夢を追いかけた方がいいと僕は思います。

そうしないと、いつまで経っても路から離陸もできないまま人生が終わってしまいますよ。

ゆっくりするのは飛行機が雲の上を突き抜けて、自動操縦に切り替わった後でもいいんじゃない??

 

自由も豊かさも自分で積極的につくり出さないかぎり永遠ににやって来ない。

勤勉であることが悪いわけではありまんが、その忙しさの果てにいったい何が待っているのでしょうか。

「毎日仕事に追われ、やることをこなしているうちに人生が終わってしまっていた」なんてことにならないように。

 

時間はお金では買えません。

どんなに年収が高くても、どんなに出世しても、どんなに社会的地位の高い職業についても、etc…

時間だけは手に入らないのです。

 

人生は短いものです。 

驚くようなスピードで過ぎ去っていってしまいます。

自分が高校生だった頃なんてついこないだのように感じます。

だけどもう30年もの月日が経っているのです。

 

「その間、何をやっていたか?」によって人生は決まります。

 

一生懸命勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職して、定年まで真面目に勤める・・・・という人生もいいかもしれません。

だけど満員電車に揺られながら、ふと『命短し 恋せよ少女』というフレーズを思い出してほしいのです。

 

そして、「俺は本当にこんなところでこんなことをやっていていいのだろうか?」と自分に問うてみてほしいのです。

 

「もっと他の可能性があったのではないか?」と。

「もっと違う生き方ができたのでないか?」と。

 

今、なんか夢について熱く語ったりするのがカッコ悪いという風潮があります。

 

恥ずかしい思いをしたくない

失敗したくない

傷つきたくない

夢を熱く語るのなんかみっともない

自分をさらけ出したくない

さらけ出して笑われたくない

etc・・・

 

そうやって安全第一に生きていったい何になるんだろうと僕は正直、思います。

人生はあっという間に終わっちゃうよ。 

何かを成そうと思えば、そりゃ波風は立ちます。

でも、そっちの方が良くないッスか!?

 

もしもホームランを打てたら・・・・って考えたことありますか?

生きるってそういうことじゃないですか?