サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

生きづらさを感じている人へ! 世の中を広い視野で見ることが人生の救いになる意外な理由について

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『出る杭は打たれる』って本当にあると思います。

僕は脱サラ起業するというすごく特殊な道を選択した人間だから、それをすごくリアルに感じています。

 

こういう道を選んだ以上、ある程度は覚悟していたことなんだけれど、やっぱり時々しんどく感じることがあります。 

 

東京のような大都会ならいろんな人がいるからあんまり目立たないのかもしれないけれど、北海道の地方都市ではあんまりいないからますます目立ちます。

そして、特殊な道を選んだ人はそれだけで『変わり者』という扱いになっちゃいます。

 

でも僕は思うのですが、日本人って「普通こうだよね」「普通はこんなことやらないよね」っていう枠にとらわれ過ぎているような気がする。

目に見えない『呪縛』みたいなものにみんな縛られ過ぎてるような気がする。

 

もっと自由でいいと思うし、もっと多様でいいと思います。

 

『変わり者であること』は最高の武器になる

「This is 日本的価値観」がキツく感じられて、どうしようもなくなったとき、僕は『ファイト・クラブ』という映画を観ることにしています。

あの映画の中にはハッとさせられるようなセリフがポンポン飛び出してきます。

 

 

誰かに作られたライフスタイルの中で生きる消費の奴隷でいいのか?

他にすることがないのか?

他にすることが無いほどお前の人生は空っぽなのか?

 

仕事を辞めて、戦え。

お前が生きていることを証明しろ。

自分は一人の人間だと証明しないと、お前は只の統計の一部だ。

警告したぞ!

  

職業が一体何だってんだ?

財産なんかクソ食らえだ!

財布の中身も、そのクソッタレなブランドも関係ねぇんだよ!

お前は『職業』なのか?

そうじゃねぇだろ!

 

 

Fight Club (字幕版)

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  • メディア: Prime Video
 

 

 

実際に殴り合う相手がいるわけじゃないけど、僕も僕なりに毎日、闘っています。

「みんなと同じにしなきゃいけない」というThis is 日本的価値観ってやつと闘っているのです。

子どもの頃に大人たちから聞かれた「将来何になりたい?」という質問。

日本ではその質問はイコール、「将来どんな職業に就きたい?」という意味になります。

 

でもこれからの時代は『職業』という物差しで自分の将来を計らない方がいい時代になってゆくでしょう。

職業ではなく、「どう生きるか」「何をやって生きるか」を真剣に考えなきゃいけない時代になってゆくはずです。

 

かつてあった分厚い中間層は完全に解体されてしまいました。

あの世界的な大企業であるトヨタの社長でさえも「もう終身雇用は維持できない」と発言して物議をかもしました。

 

『いい大学を卒業して、いい会社に就職すればなんとかなる』というかつてのような価値観ではやっていけない時代になってしまいました。

 

広告の世界に『ユニーク・セリング・プロポジション【uniqe selling proposition】』というコンセプトがあります。

これは「独自性を持て」「他との差別化をはかれ」「ユニークであれ」ということです。

 

突出してればしてるほどいい

変わり者であればあるほどポジションをキープできる

 

僕はもうすぐ「みんなと同じ行動をしていれば何とかなる」という時代は完全に終わると思っています。

今まで僕は変わり者扱いされてきたけど、それもようやく終わるかもしれません。

 

 

今の世の中は何かとキュークツ

 

www.businessinsider.jp

 

僕は「みんなと同じ」を尊重しすぎる日本社会に違和感を感じるときがあります。

『和を以て貴しとなす』も行き過ぎると、閉塞感を生み出します。

 

それは子どもたちの様子を見ていてもわかります。

カリキュラムでは「没個性」をうたっているけども、目に見えない形では相変わらず「みんなと同じ」を重視しています。

だから「あいつちょっと変だ」「おれたちと違う」という理由だけでいじめが起こったりするのです。

 

それはぼくたち大人がつくりあげてる社会の責任だと僕は思っています。

子どもたちは知らず知らずのうちに大人たちの影響を受けているのです。

学校は社会の縮図なのです。

 

僕ははザ・サラリーマンの世界からドロップアウトして、常に「世間の白い目つき』というやつを感じながら日々を送っています。

日本人は「目の前にいる相手がどこに所属してるか」を何よりも気にするところがあります。

個性の前に、まず所属先なんです。

 

その『同調圧力』はちょっとすごいものがあります。

 

目の前にいる相手がこちら側と同じ『内側』で生きてる人間であれば安心します。

ところが目の前の相手ががこちら側とは違う『外側』で生きてる人間だと不安になります。

 

もう少し好き勝手に生きることを良しとする社会になればいいのになぁと僕はいつも思っています。

いろんな人がいて、いろんな生き方があってもいい。

もっと自由な発想で物事を考える人が増えた方がいい。

そういう世の中のほうがハッピーに生きられるんじゃないかなと思っています。

いまは何かとキュークツ過ぎるよね。笑 

 

 

たまには月でも眺めよう

  

nikkan-spa.jp

 

 

なぜ多くの人がこんなに生きづらさを感じているのか。

僕はそこに日本独特の『同調圧力』が影響していると思っています。

 

今ってむかしに比べて社会全体がすごくキュークツになってきてるように感じます。

自由がない。

いや、むしろ自由というのは「良くないもの」と捉えられてる。

その感覚が多くの人を息苦しくさせているような気がするのです。

 

子供たちは「こういう風に生きろ」「このレールを歩け」「ここからこぼれ落ちるな」「失敗するな」と言われて育ちます。 

そうなると視野狭窄になって、「ここ以外に生きる場所がない」というふうに考えるようになります。

 

みんなと同じであれば安心

みんなと違えば不安

 

だから、ポジション取りばかりのことしか考えない『コスパ野郎』が大量に生まれることになるのです。

その結果、日本にはイノベーションが起こらず、そのことが日本経済全体に暗い影を落とす・・・という悪循環を生んでいるのです。

 

なぜ日本からアップルやAmazon、Googleといった世界的な企業が出てこなくなったのか。

そこにはコスパ人間が大量に放出されるようになった社会的な背景も影響していると思います。

 

いまの日本からはもう本田宗一郎も松下幸之助も出てこないでしょう。 

 

そんな閉塞感がただよう社会です。

そりゃ、生きづらさを感じる若者が増えるのも当然です。

 

意識の世界が過剰に進み過ぎたのかも。

情報、インターネット、テクノロジー、etc・・・・みんな人間がつくったものです。

僕たちはそういった意識の世界に囲まれ、ふりまわされています。

 

でも世界って人間がつくったものだけじゃない。

自然はどこに行ったの?

 

たまには月でも眺めましょう。

心が落ち着くよ。

 

 

学校に馴染めなくても気にするな

 

withnews.jp

 

 

社会に出て何十年も経つとよくわかります。

「学校なんて本当にちっちゃな世界のさらに小さい世界の話だったんだ」って。

 

もしも学校と折り合いがつかずに悩んでる人がいたら、それはそれでいいんじゃないかと僕は思います。

社会に出てしまえば、そんなことは一切関係なくなります。

 

学歴も関係ない

銀行融資の条件に「高卒にはお金を貸すな」というものもない

 

それよりも大事なことは『閉じない』ということです。

下を向いてため息をつかないということ。

大人たちの「いい大学に行って、いい会社に就職して、定年まで真面目に働けば幸せになれる」という言葉を真に受けないこと。

そっちの方がはるかに重要です。

 

その言葉は真っ赤な嘘です。

かつては通用した言説ですが、今ではまったく通用しなくなってしまいました。

 

僕も学校というシステムには馴染めずにいろいろと苦労しました。

本当は学校なんかに行きたくなかったけれど、女の子と友達がいたからなんとか乗り越えることができました。

 

学校のことで悩んでる人は『ガールフレンド(あるいはボーイフレンド)を見つけに行く』ぐらいの感覚で学校に行けばいいんじゃないかなと僕は思います。

勉強なんかしなくてもいい!

 

あんまり肩肘張らずに考えた方がいいです。

リラックスしていきましょう。

学校のことをあまりシリアスに考えすぎるとドツボにハマるものです。

 

恋ってすごくいいものですよ。

人生で大切なことをいろいろ教えてくれるものですよ。

 

 

medium.com

 

 

まとめ

人生をすべてを『ゼニ勘定』でしか見れない、コスパ野郎が増えているような気がします。

僕は 「うちは1日限定50杯しか蕎麦を茹でねぇよ」という江戸っ子の職人のような商売人になりたいと常々思っています。

「500杯つくったほうが儲かりますよ」と誰かに言われても、「いや、うちはそういう店なんで」と言って、あくまでも自分のペースで商いをする人でいたい。

 

儲けばかりを追い求めすぎると、どこかで必ず無理が生じるようになります。

そうすると分不相応な規模の商売になっちゃって、ちっともハッピーじゃない・・・

 

そういう商売人がいてもいい。

儲ければそれでいいというわけじゃない。

 

テレビ朝日の新しいビルもあんな豪華絢爛なものを建てちゃったらそりゃ相当な視聴率を取らなきゃいけないし、権力にもゴマをする内容のニュース番組をつくらなきゃいけないよね。

そりゃ、スポンサー様の顔色を伺ったり、見城なんとかにすり寄ってゆく内容のニュース番組になっていきますよね。

そうやって少しずつ『質』が低下してゆくんだ・・・

 

「うちの店は1日限定50杯しか蕎麦を茹でないよ。その代わりオレの好き勝手にやらしてもらうよ!」というような江戸っ子の職人気質みたいな感覚って今すごく大切なことんじゃないかと思います。

 

このままでいったらジャーナリズムも、芸能界も、財界も、全部政治権力に迎合した輩だらけのものなっちゃうよ・・・