サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。不動産投資と株式投資やってます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

「コスパのいい生き方」と「ポジション取り」のことばかりを重視する社会の落とし穴とは?

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かつてのリベラル勢力には「みんなが豊かになっていけば、やがて全員が幸せに暮らせる世の中がやってくる」というような理想を持っていました。

ところが冷戦構造が崩れた頃から人々は「どうやらそれはまったく実現不可能な絵空事のようだぞ」ということに気づきはじめてしまった。

 

現実は現実のまま存在し、それを突き崩すことはできない。

どんなにデモをやっても、どんなに真面目に働いても何も変わらない。

 

そう考える人間が増えてきてしまったのです。

 

多くの人は古い価値観に疲れ果ててきている

現代人たちは上の世代が必死に守ってきた『建前』みたいなものに疑問を抱くようになっていきました。

そこで人類は「これは理想かもしれないけれど、その理想を実現するために頑張っていこう」という選択をすることもできたはずです。

 

だけど幸か不幸か人類はそのような選択を取らなかった。

それは日本も同じです。

 

選挙になれば相変わらず自民党ばかり勝利してしまう。

どんなに一生懸命働いても結局いい思いをするのは大企業や一部の金持ちばかり。

気がつけばどんどん税金や社会保険料ばかりが増えて、自分たちのフトコロはちっとも豊かにならない。

 

そういういろんなことに対するフラストレーションや絶望感が今、世界を支配しているのです。

 

自由、民主主義、リベラル、、、、

それまでそういったものが素晴らしいものだと思って生きてきた勢力でさえ、そのことに疑問を抱くようになっていった。

 

その「旗」を立ててもどうにもならなくなっていった。

 

インターネットが誕生する前はそういう旗を立てていれば何とかなっていました。

人々はその旗を頼りに生きることができました。

ところがその価値観に多くの人が疲れ果ててきてしまっている。

 

僕はそんなふうに感じるんです。

 

 

人々は無意識的に「強いリーダー」を求めていた

まるで『いちご白書をもう一度』です。

学生運動に疲れ果てた多くの学生たちが髪を短く切って社会に出ていった。

そのような絶望感と徒労感、そしてちょっとした自己嫌悪が人々の心を支配しているような気がするのです。

 

俺たちの夢や理想は結局、本当に夢や理想だったんだな

 

というような。。。

 

その後、何が起きたのかというと、多くの人々はそういった建前みたいなものにすがって生きることは拒否しはじめるようになっていったのです。

何と言いますか、みんな本音で生きるようになっていたのです。 

もっとはっきりした言葉で言えば、『欲望むき出し』で生きるようになっていたのです。

 

そしてSNSはそんな人々の本音やむき出しの欲望をそのままダイレクトに表現できるツールとして機能しました。

だからこそ、SNSがこれだけ急速な勢いで人々に浸透していったのだと思います。

 

さらに人々は自分たちが本音を発信することに飽きたらず、今度は本音を語り、欲望をむき出しにするような人を希求するようになりました。

ドナルド・トランプや橋下徹、ホリエモンといった本音を語る声の大きい人がもてはやされるようになったのにはそういった背景があるように思えてなりません。

 

彼らは声が大きく、リーダーシップがあり、そして排外的でした。

新自由主義的であり、弱肉強食のメンタリティーを持っていました。

人々はそういうリーダーを求めていました。

 

結局のところ、旧世代が掲げていた夢や理想はもろく崩れ去ってしまったということです。

 

 

高度経済成長はプラスの面とマイナスの面を同時にうみ落とした 

日本が戦後の焼け野原から復活していく過程において、いちばん最初に直面した問題は飢えや貧しさからどうやって脱却するかということでした。

そのプロセスの中で日本はかなり無理をしてきました。

 

高度経済成長はプラスの面とマイナスの面を産み落としました。

水俣病やイタイイタイ病と言った公害問題は明らかにマイナスの面と言えるでしょう。

 

しかしながら、そういったマイナスの面を内包しながらも日本は世界に冠たる経済大国になっていきました。

そして、豊かさを構築する段階において、『日本独特のシステム』みたいなものが確立されていきました。

 

それはものすごい強固なものでした。

簡単に言ってしまえばそれはこういうものでした。

 

いい大学に行って、いい会社に就職して、定年まで真面目に勤め上げて、

引退後は年金をもらって、悠々自適に暮らし死んでゆく。

 

 

この This is 日本的価値観みたいなものが日本国民の芯の部分にまで行き渡っていきました。

それはとても揺るぎないものでした。

誰もその価値観に疑問を持つ者はいませんでした。

 

日本人の9割以上がそのシステムの中で生きることを選びました。

そして、実際それはある段階まではすごくうまく機能していました。

その甲斐もあって、日本はバブルに向かって行きました。

 

日本は海外からも尊敬の目で見られる世界に冠たる経済大国になっていきました。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたこともありました。

 

このシステムがあまりにも巨大で、すべてを飲み込んでいきました。

その結果、「このシステムの中で生きることが人生のすべて」と考える人が大量に出現することになりました。

 

そのシステムの中で生きるために日本人は必死になりました。

子供たちをいい大学に行かせるために、親たちは子供たちを小学校の段階から塾に行かせました。

 

いい大学に晴れて入学することができた学生は、いい会社に就職するために個性を殺すようになりました。

なぜなら個性的な人間というのは面接の段階で落とされてしまうからです。

 

This is 日本的価値観で言えば、個性的だ人間なんて必要ないのです。

個性よりも大事なことは、上から言われたことを言われたとおりに従順にこなす『真面目さ』でした。

そういうロボットのような人間の方が個性豊かな人間よりも重宝されました。

 

そういう従順で大人しく、黙々と長時間働くような『真面目な人間』が大量に社会に放出されることによって日本はまわっていました。

彼らは息も詰まるような朝の満員電車に40年も50年も耐え続けました。

文句ひとつ言わずに、、、

 

 

 

なぜみんなポジション取りのことしか考えなくなったのか 

もう誰も夢や理想を語る人はいなくなりました。

ジョン・レノンも凶弾に倒れ、ベルリンの壁も崩壊し、ソ連という国もなくなってしまいました。

もう誰も自由・平等・博愛なんていう言葉も口にしなくなりました。

 

あとに残されたのはその巨大なシステムの中でどのようにポジション取りをしていくかということだけ。

そういう『コスパ』のことしか考えないコスパ野郎とポジション取り野郎しかいなくなってしまったのです。

 

ご存じのとおり、日本社会には敗者復活というものがありません。

そのシステムの中で居場所を見つけられなくなったら、あとは落ちてゆくだけ。

 

だから必然的にポジション取りに躍起にならざるを得ない。

日本社会はいつのまにかそういった閉塞的な空気に支配されるようになっていきました。

 

実際にポジションを取り損ね、そこからこぼれ落ちる人もいました。

そのほとんどは不幸な人生を送ることになりました。

その姿を見て人々はますますポジション取りのことばかりを考えるようになりました。

 

もう誰も何かに挑戦したり、個性豊かに生きようとはしなくなりました。

みんないい大学を出て、良い会社に就職して、定年まで真面目に勤め上げて・・・・というお決まりのコースをたどることしか考えなくなっていきました。

 

要するに『サラリーマン的な人』ばかりが社会に溢れるようになってしまったのです。

 

  

同じようなコピー人間ばかりが増えた理由

なぜその高校に行こうと思ったんですか?

____その高校に行けばあの大学に行けるからです。

 

なぜその大学に行きたいのですか?

____その大学を出ればあの会社に就職できるからです。

 

なぜその会社に就職したいのですか?

____その会社に就職して真面目に勤めあげれば安定した人生を送れるからです。

 

なぜ安定した人生を選びたいのですか?

____安定した人生を選ばなければこの社会では生きていけないからです。

 

なぜそう思うのですか?

____ひとたび平均台の上から落ちてしまったら、もう二度と戻れなくなるような社会だからです。

 

そういうポジション取りをする人ばかりが量産されるようになってしまいました。

そんな国でアップルやAmazon、Facebookやスターバックスのような画期的なビジネスが誕生するはずがないですよね、、、

 

日本はなぜこんなに長期にわたってデフレで苦しみ、低迷しつづけているのか?

それは日本人自らがどこかの時点で「ポジション取り」と「コスパ重視」を選んでしまったことが原因なのではないかと僕は最近思うようになりました。

 

没個性が問題だと言われてる割には個性的な人なんてほとんどいなくなってしまいました。

僕が子供の頃にはもうちょっと変わった人とか個性的な人がいたような気がします。

 

みんな同じような顔をして、同じような髪型をして、同じような考え方をして、同じような価値観を持ち、同じようなライフスタイルを送っている、、、、

最終的にポジション取りをすることばかりを考える人生になってしまっている。

 

  

日本からイノベーションが生まれないのはなぜか? 

このこの生き方の最大の問題は『何かを生み出す』という概念が欠落しているということです。

今風の言葉で言えば、「イノベーション」とか「クリエイティブ」という概念です。

 

だってイノベーションなんてハナっから起こすつもりなんてさらさらない。

 

クリエイティブなんて自分がやらなくても誰かがやってくれるんでしょう?

自分にとって大切なことはいい大学に行って、いい会社に入って、定年まで真面目に勤め上げること。

その This is 日本的システムの中で自分に有利なポジションを獲得すること。

それが人生の全て。

 

かくして消費者ばっかりが誕生するような社会になってしまったのです。

誰も生産者になろうなんて思わなくなってしまったのです。

 

ご存知のとおり、日本は世界で最も起業する人の数が少ない国となっています。

オール・サラリーマン化しちゃったわけです。

そして、そのことを多くの人がさして問題にもしていない。

 

むしろ「やっぱりサラリーマンは安定しているよな」とか、「安定を捨てて起業するヤツはバカだな」とかそういうことを話し合ったりしている。

・・・・This is 日本ですね。

 

でも、このようなポジション取りとコスパのことばかりを考える人間が増えすぎたことによって、今、日本は深刻な危機に瀕しています。

この問題はあちこちでさまざまな悲劇を生んでいます。

 

日本はグローバル化の波に完全に乗り遅れ、世界の中でポジションが取れなくなってきています。

皮肉なことです。

国内でポジション取りばかりのことを考えていたら世界でポジションが取れなくなってしまったのです。

 

そんなブラックユーモアみたいなことが今、起こっているのです。

 

でも考えてみたら、それは必然的なことだったように僕は思います。

だってオールサラリーマン化したような社会からどうして世界を牽引するような起業家が生まれるでしょうか。

アップルやアマゾンや Facebookが誕生するでしょうか。

 

スティーブ・ジョブズやジェフ。ベゾス、マーク・ザッカーバーグにはポジション取りなんて概念はなかったと思います。

と言うか彼らは一度もサラリーマンなんてやったことがなかった。

 This is 日本的価値観とは真逆のところから出現してきたのです。

 

ポジション取りとコスパのことしか考えてこなかったサラリーマンが彼らに勝てるはずがありませんよね、、、、 

 

 

『寄らば大樹の陰』という発想のままでいいのだろうか?

『好きなことをして自由に生きたい』と言うと、「地に足が着いてない」「夢見がちだ」と言われて煙たがられる。

 

古い世代が言うのは構わない。

若い世代からも言われる。

 

若者はどんどんコンサバティブになってきている…

僕はそのことが大変気になっている。

 

若者たちにはもっと無茶苦茶あばれてほしい!

大人たちを困らせるほどに・・・

 

でも、これは僕たちの責任だ。

僕たちが若者のお手本になれなかったせいだ。

 

『いい大学に行っていい会社に就職して定年まで真面目に勤めれば幸せな人生を送れる』

という考え方はオワコンと言うけれど、僕には全然そんな風には感じられない。

 

むしろその価値観は以前にも増して勢力を伸ばしつつある。

 

就職戦線異状なし。

 

みんな何の疑問も抱かずに社会に飛び出し、溶け込んでゆく。

さて、それは果たしていいことなのかな?

 

僕がどこに行っても浮いちゃうのは、きっと僕が『This is 日本人的価値観』の外にいる人間だからだと思う。

 

僕がまわりに対して違和感を感じているように、まわりも僕に対して違和感を感じている。

 

でも、大波は間違いなくやって来ると僕は見ている。

『寄らば大樹の陰』でその大変化の波を乗り越えられるだろうか・・・

 

 

 

マージョリー・キナン・ローリングスはこんな言葉を残しています。

 

 

大切なのは自分が望んだように生きること。

そして、それを続けること。

お金があっても不幸な人生をおくるより、ずっと満足できるはず。

 

 

 

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