サカモトハルキの哲学

経営者。投資家。詩人(?) 不動産投資と株式投資やってます。趣味で詩も書いてます。5棟74室+月極P24台(2010年12月より法人化)。配当狙いの個別株投資。

ルサンチマン問題は意外と深刻! なぜ『ネトウヨ』と呼ばれる人たちにおっさんが多いのかついて考えてみた。

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ここにきて、日本の右傾化が顕著に見られるようになってきました。

当然、僕はそれを警戒してるんだけど、なぜこのような現象が今、起こっているのかを考えるとなかなか興味深い背景が見えてきます。

 

それは『グローバリズム』というやつと無縁ではないということです。

 

ネトウヨは中高年の勤め人が多いといいます。 

いわゆる、「おじさん」と呼ばれる人たちです。

 

なぜだろう。

もう十分大人で、仕事もあり、家庭もあり、結婚していて、子供もいる。

家もあるし、車もある。

おそらく会社の中でもそれなりのポジションについてるはずです。

 

そんな「おじさん」たちがなぜネトウヨにならなきゃいけないんでしょう?

そこにあるのは不安と鬱屈ではないかと僕は思っています。

 

日本の男性の多くは傷ついている

 

www.excite.co.jp

 

京都アニメの放火事件に衝撃を受けています。

詳細は不明なんだけど、どうやらまた男性が犯人らしい。

 

秋葉原の加藤、宅間守、相模原の植松、川崎の岩崎、そして今回・・・

世間を騒がせるような事件を起こすの、みんな「男」です。

しかもみんなある程度の年齢の男ばかりです。

 

ネトウヨの8割が男性、ひきこもりの8割が男性、孤独死の8割が男性、etc・・・・これ、軽視すべきじゃないと僕は思っています。

 

なぜ女性は社会のなかでうまく立ち回れるのに男はできないのでしょうか。

そこには男性に対して「目に見えないプレッシャー」を与え続ける、This is 日本的価値観が根底にあると僕は思っています。

 

 

いい大学に行って、いい会社に就職して、定年まで真面目に働き、家族を養い、家を買い、車を2台保有して、etc・・・

 

 

これが日本の男性が受けてきた教育でした。 

でもここからこぼれ落ちてしまった人はどうしたらいいのでしょうか。

 

敗者復活ができない日本では、ひきこもるか、ルサンチマンを抱くかのどちらかにいくしかない・・・少なくともこぼれ落ちた人のなかでそう考える人が一定数いたことは事実だと思います。

 

ネトウヨになる人ってマウンティングする人と同じ精神構造なんじゃないかなと思います。

その根底にあるのは、『不安』や『鬱屈』です。

『コンプレックス』です。

 

自分が現実世界でどうしても浮上できない、幸せになれない、承認されない・・・・その不安やら鬱屈やらを埋め合わせるために「日本はすごいんだ!」と言い出す。

そして排他的になり、差別的になる。

 

そうすることでバランスを取る。

そうすることでフラストレーションを晴らす。

 

 

なぜネトウヨに「おっさん」が多いのかについて 

よく言われていることだけど、ネトウヨになったり、Yahoo!ニュースでひどいコメントを書いたりしてる人って圧倒的に「男性」で、しかも「40代」が多いらしいです。 

要するに、『おっさん』ですよね。

 

自分はThis is 日本的価値観である「勤勉さ」をただ真面目に守ってきただけなのに、世間からも、家族からも、そして社会からも承認されない。

その鬱屈がフックになってネトウヨになってゆくんじゃないでしょうか。

 

そこにはイデオロギーもへったくれもありません。

その人は実は愛国者でも何でもないのです。

 だって本当の愛国者だったら、本当の右翼だったら、生活保護受給者や生活困窮者などに対してあんなひどい言葉をかけたりしません。

 

苦しんでいる国民を「放っておけない」と考えるのが本当の愛国者であり、本当の右翼です。

二・二六事件や石原莞爾のことをちょっとでも調べれば、そんなことはすぐにわかるはずです。

そこにあったのは、「苦しんでる国民を守る・救う」という熱い想いです。

 

今、ネトウヨたちがやってることはそれとはまるで違うことです。

 

中高年のひきこもりの8割以上が男

孤独死の8割以上が男

ネトウヨの中心にいるのは40代も男

etc・・・

 

なぜこんなに男が多いのでしょう。

そういう男が形成されてゆく過程にいったい何があったのでしょう。

 

そこには、「不安になってはいけない」「負けてはいけない」「こぼれ落ちてはいけない」といった具合に絶えずプレッシャーをかけ続ける現代社会の問題があると僕は思っています。

 

今の日本の教育はそういった日本社会からのプレッシャーから子供を守るために機能していません。

いや、それどころか教育熱心な親ほど子供たちにプレッシャーをかけ続けている有り様です。

 

そういえば2008年に秋葉原で事件を起こした加藤の母親も異常なほど教育熱心だったらしいです。

 

「いい大学に行かないと大変なことになるぞ」「勉強をがんばらないと人生の落伍者になってしまうぞ」と子供たちを不安にさせ、どんどん追い詰めてる現代の社会。 

教育というのは本来、子供たちに夢や希望を与えるためにあるものなんじゃないのでしょうか。

いつから教育は子供たちにプレッシャーをかけ続けるものになったのでしょうか。

 

そういった意味でいうとネトウヨって可哀想な人たちなのかもしれません。

現代の病んだ日本社会の犠牲者なのかもしれません・・・・

 

 

失敗したら絶望するか、ルサンチマンを抱くことしかできないのか?

 

news.allabout.co.jp

 

今の日本には『目に見えない枠』みたいなものがあってそこからこぼれ落ちないことが何よりも重要と考えてる人が多いような気がする。

そうすると当然、「ポジション取り」のことしか頭にないばかりが増えます。

 

だってこぼれ落ちたら最後。

もうそこから這い上がれないのだから・・・

 

秋葉原の加藤も、相模原の植松も、自分の容姿や現在のポジションを憂いていたらしいですね。

 

モテない自分

年収

職業

学歴

恋愛

将来

etc・・・

 

すべてに『絶望』していたんだと思います。。

「がんばっても逆転サヨナラ満塁ホームランを打てない」という絶望感・・・

社会に蔓延するこの絶望感や閉塞感を軽く見ないほうがいいと僕は思います。

 

加藤にも、植松にも、『反抗期』というものがなかったらしいです。

反抗期というのは人間形成においてすごく重要なこと。

それは肥大した自己愛や万能感や全能感を沈める効果があると言われています。

 

つまり、「親父も大したことない、ちっぽけな人間なんだな」ということを反抗期を通じて学習すること。

そのことによって社会に出てからも「オレはすごい人間なんだ」「オレには無限の可能性があるんだ」「オレはなんでもできるんだ」という過剰な思考を沈める効果があると言われています。

  

自己愛や万能感や全能感って一歩間違えたらすごく怖いことです。

ポジティブに作用すれば夢の実現を手助けしたりするパワーになります。 

だけどネガティブに作用すれば社会と折り合いがつけられなくなります。

その結果、あるひとは引きこもったり、あるひとは他者に対して攻撃したりするようになるのです。

 

また、「オレはすごいんだ」という想いは、現実の世界でこぼれ落ちたときに一気に自己嫌悪に反転する恐れもあります。

だって「オレはすごいんだ」の反対って「オレはダメな人間なんだ」ですからね・・・

 

本当はそんなにすごい人間もいない。

その代わり、そんなにダメな人間もいない。

だからみんなで力を合わせていこう!

そういう社会にならなきゃいけないのですが・・・・

 

それなのに今の社会は、「目に見えないある一定の枠」みたいなものがあって、そこからこぼれ落ちないことがすべてみたいになりつつあります。

その枠の中にいる人はいいでしょう。

でもそこからこぼれ落ちた人はどうなるでしょう? 

 

絶望するか、ルサンチマンを抱くかのどちらかです・・・・

 

僕は秋葉原の加藤の事件も、相模原の植松の事件も、宅間守の事件も、オウム真理教の事件も、根底の部分ではみんなつながっていると思っています。

それは僕たちとも無縁の出来事じゃありません。

 

もっと言えば、僕たちのすぐ近くにある問題だと思っています。

 

 

自己責任社会がネトウヨを生んだ!? 

僕は第二次ベビーブーマー世代で世間一般で言うと明らかに『中年』と呼ばれる年齢にさしかかってきました。

ホリエモンや木村拓哉が同年代です。

 

思春期も心が不安定になりがちだけれども、この年齢も心が不安定になりがちな人が多くなると言われています。

だからこの年齢には自殺率が高かったりします。

またその一方で、衝動的になって世間を騒がすような事件を起こす人も多くなると言われているのもこの年代です。

 

そういえば、宅間守が事件を起こしたのも中年の危機(ミッドライフ・クライシス)にさしかかる年齢でしたよね・・・

 

この年齢になるとだいたい自分の人生というものが見えてきます。

矢沢永吉的に言うと、「やったヤツ」と、「やらなかったヤツ」の差がはっきりと見えてきます。

クラス会や同窓会なんかに行くとそれはよくわかります。

 

ハッピーに生きてるヤツ、人生がうまくいってるヤツと、そうじゃないヤツ・・・・誰の目にもはっきりと見えてきます。

 

ハッピーにうまくやってるヤツはいいかもしれません。

でもそうじゃないヤツはどうしたらいいのでしょう。

 

そういう人は社会的にどんどん追い詰められていきます。

そして、そういう人はやがて現実生活のなかでなかなか浮上することができず、「こんなはずじゃなかったのに・・」と自分の人生を嘆き、挙句の果てにルサンチマンを抱え込むようになるのです。

 

ましてやそこでクラス会や同窓会なんかがあったりして、かつて自分よりも勉強ができなかったり、学校時代に輝いていなかったようなヤツが明らかに今の自分よりも成功していたり、人生がうまくいったりしているのを目の当たりしたら・・・そりゃ、余計に敗北感に襲われるんじゃないでしょうか。

 

もしもそういう気分に陥っている状態で会社から突然リストラを宣告されたり、奥さんから離婚を切り出されたりしたら、その人の人生はいったいどうなってしまうのでしょう。

どこにも居場所がなくなってしまい、自暴自棄になるのも無理はありません。

 

宅間守もあの事件を起こしたときも失業して3番目の奥さんから離婚を切り出されていた状態だったらしいですね。

おそらくすべてが行き詰まり、「詰み」の状態だったんじゃないかなと容易に想像できます。

何もかもが嫌になってしまったんです。

 

まさに『ジョーカー』ですね・・・

 

そういったことを考えてみると中年の危機というのは単なるおじさんの問題として片付けられない側面もあるように思えます。

それは社会全体の問題として考えていてかなければならない深刻な問題なのです。

 

ところが最近では自己責任を強いる社会になりつつあります。

それはとても危険な傾向だと僕は思っています。 

多分自己責任をこれ以上、社会に浸透させようとすればきっともっといろんなことが起きるんじゃないかなと思っています。

 

欧米にはキリスト教というものがあってこぼれ落ちた人や負けた人を教会が支えるという文化があります。

でも日本にはそれがありません。

 

オウム真理教事件があったおかげで宗教はすっかり嫌われものの代表格になってしまいました。

それだけに、「支え」や「拠り所」がなくなってきて、さらに生きづらい社会を形成しているような気がします。

 

 

勝てば官軍、負ければ賊軍

 

 

この優勝劣敗メンタリティーは日本人には合わないような気がします。

 

 

 

 

モテる・モテない問題は笑い事では済まされない深刻な問題 

 

www.huffingtonpost.jp

 

 

ここ最近起きた事件を見ていても、その根底にあるのは「きちんと女性とお付き合いできない男性像」みたいなものが見え隠れしています。

 

僕は「カッコイイ男が減ってきたなぁ・・・」と最近よく思っています。

目先の利益のことしか考えない、人生の選択をすべて損得勘定で決める『コスパ野郎』が増えているのも非常に気になります。

 

そりゃ、女性も困ると思います。

だってカッコイイ男がいないんだから・・・

 

そういう状況で「誰かと付き合え」「誰かと結婚しろ」って言ったって困っちゃいますよね。 

だいたいにしてグッとくるような魅力的な男がまわりにいないんだから。笑

 

資本主義が発達しすぎてすべてが市場(マーケット)になってしまいました。

だから自分が付き合う女性も何か商品でも選ぶような感覚で取捨選別しようとしている男が増えてるような気がします。

 

恋人選びもそうだし、友達選びもそうだし、全部『ソンか、トクか』でしか判断できなくなってきているのです。

僕はそういうのを『コスパ野郎』と呼んでいます。

 

でも逆に言えば、そういうふうなマーケット感覚ですべてのことを選ぶってことは『自分もそのように選ばれる』ってことでもあるのです。

自分も判断され、ジャッジされる存在になるということです。

 

そういう世界は大変ですよ。

そこでは連日、熾烈な闘いがくりひろげられています。 

そこで勝ち残っていける「モテる人」はいいでしょう。

でも負けた場合はどうなるでしょう・・・

 

そこで怨念に変わる人もなかには出てくるんじゃないでしょうか。

僕はそれが怖いのです。

 

事件を起こすような男性が、もしもモテていたらどうなっていたんだろう。

モテなくても、特定の人ときちんとお付き合いができる人間だったらどうなっていたんだろう。

事件を起こそうと思うでしょうか?

 

こじらせる人って孤独なヒトが多いような気がする。

異性だけでなく、同性の仲間もいないようなヒトが多いような気がする。 

その淋しさがルサンチマンに変わるのです。

 

モテる・モテない問題ってすごく根が深い問題なんだよね。