シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

日本人で起業しようとする人が極端に少ない理由


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「自由」と書かれたドアと、「安定」と書かれたドアがあったら、あなたはどちらのドアを開けますか? 僕なら迷わず、「自由」と書かれたドアの方を開けます。

でも、まわりにいる人に尋ねたところ、「自由」を選ぶ人はごく少数。圧倒的に「安定」の方が人気がありました。これは僕にとって、とても意外なことでした。僕は今もむかしも「自由」というのは非常に人気があり、多くの人がそれを求めているものだと勝手に思い込んでいました。

自由こそがこの世でいちばん尊いものであり、自由こそがいちばん価値のあるものだと…。しかし、それは単なる僕の思い込みだったのかもしれません。口では「自由になりたい」とか「束縛されたくない」と言っていながら、みんな本当は自由なんて欲していないのかもしれません。

自由なんて、実は多くの人にとってさほど重要なことではないのです。あってもなくてもいいような、どちらかといえば「どうでもいいもの」なのかもしれません。

この国では、自由というのはそれほど重要視されていないのです。自由であることよりも、安定していることの方がずっと大切なのことなのです。将来自分の子どもに、「安定した職業に就いてほしい」と願う親はたくさんいます。でも、将来自分の子どもに、「自由に生きてほしい」と願う親はあまりいません。

なるほど…。どうりで、この国で起業する人がこんなに少ないわけです…。

目次

なぜアメリカでは起業する人がたくさんいるのに、日本では少ないのか?

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毎日満員電車に揺られ、夜遅くまで働いているサラリーマンのおじさんたちは、本当に「自由になりたい」と思っていないのでしょうか? それとも、内心では「自由になりたい」と思っているけど、もう何もかもあきらめてしまっているだけなのでしょうか? どうせ何やったって無理だ…と。

どんなに夢を描いていたとしても、どんなに願望を持っていたとしても、それをただ「想っている」だけではいつまで経っても何も変わりません。どんなに待っていたとしても、救世主は現れないし、白馬の王子様もあなたを迎えになんか来ません。

「願望」は、ただ願い、望んでいるだけでは実現されないのです! 成功とは、実際に行動に移すことによってはじめて手に入るのです。

「こうなんたらいいなぁ…」と、ただ夢想しているだけでは、夢はいつまで経っても叶わないのです。ひところ「ベンチャー」とか「アントレ」といった言葉がメディアを賑わせました。孫正義さんや、ホリエモンがもてはやされた時期もありました。…今、そういった風潮はすっかりなりをひそめてしまいました。

アメリカなどでは、未だにマーク・ザッカーバーグやスティーブ・ジョブズはヒーロー扱いです。自分で会社を立ち上げ、まったく新しい価値を世の中に提供する。…という生き方は海の向こうでは最も尊敬すべきことなのです。それがフロンティア・スピリットであり、アメリカン・ドリームなのです! 

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そこにあるのは、『自由』というものを何よりも重要視する国民性です。「アメリカは自由の国」とよく言われますが、日本と違ってアメリカは自由を何よりも愛する国です。そのスピリットがグーグルやアップルやマイクロソフトやフェイスブックを生み出したのかもしれません。

ところが日本では、脱サラして起業する人間なんて、ごくごく一部です。そういった意味では僕はその「ごく一部」に該当するわけなのですが、この国ではそれは誇れることではありません。

別に「脱サラして、起業する」なんて、本来は珍しくも何でもないことなのですが、この国にはなぜか居心地の悪さを感じさせる『何か』が充満しています。ましてや、事業がまだきちんと軌道に乗ってない段階だった場合、なおさら居心地が悪くなります。

こちらは何も悪いことをしていないのに、なぜか罪悪感すら感じさせる空気が流れています。…これも国民性のなせるわざなのでしょうか?

僕は脱サラ、起業して本当に良かったと思っています!

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あなたのまわりに、脱サラして、起業した人間はいますか?…というか、あなた自身は脱サラしたり、起業したりすることを考えたことはありますか?

上司に辞表を突きつけて、意気揚々と勤めている会社なり、官庁なりを飛び出す姿を想像してみたことはありますか? そのとき、あなたはどんな風に想うでしょうか? ハッピーでしょうか? それとも、「不安」でしょうか? 

僕は37歳のときに会社を辞めて、自分で事業を興しました。僕が選んだ事業はアパート経営です。それまで僕は不動産会社に勤めていたので、そこで培った経験を活かしてみようと考えたのです。

それまで勤めていた会社を飛び出したときのことは一生忘れません。心情としては、「期待」半分、「不安」半分。…といったところです。今になってふり返ってみると、あの時の僕の判断は間違っていませんでした! 

もちろん、事業を軌道に乗せることは容易なことではありませんでした。だけど、どーにかこーにか事業もうまくいくようになり、自由と幸せを享受できるまでになりました。

今、僕はとても幸せです。そして、自由です。これは僕が「安定」を選んだからではなく、「自由」を選んだからできたことなのです。…これがいちばん重要なことです! 

自由について考える機会を与えられないまま労働者になる人たち

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この国を支配しているあらゆるシステムは、多くの人を「労働者」の枠の中に閉じ込めようとしています。ほとんどすべてと言ってもいいくらいに、この国は「労働者を生み出す」という機能のうえに成り立っています。

だから、そこから飛び出して、自由に生きようとする人間が大量に出現すると、困ることになるのです。だから、この国の仕組みそのものが、枠の外へ飛び出していこうとする動きを封じ込める仕組みになっているのです。…僕はそのカラクリに気づいてしまったのです! 

学校でも、家でも、子どもたちに「自由」について教えることはまずありません。多くの大人たちが子供たちに教えることは、「自由」とは正反対のことばかりです。そして、「自由」ということについて一度も考える機会も与えられないまま、子どもたちは社会に放り出されます。

ほいっ!…と。そして、さあ、あとはつべこべ言わずに、定年まで黙って真面目に働け! というわけです。勤勉であることは非常に大切なことだと僕は思います。我が国がここまで経済発展を遂げることができたのは、間違いなく日本人の勤勉性のおかげだと思っています。だけど、その勤勉性が効果を発揮するような時代はもう終わってしまいました…。

今、必要なことは勤勉性ではありません。もっとほかの『何か』です。僕はもう一度、多くの人が「自由」ということを真剣に考える段階にきたのではないか? と思っています。

自由というのは、トム・ソーヤとか、ピーター・パンの世界だけの概念ではありません。あなたの人生や、あなたの生活そのものに直接影響を与えるものなのです。そのことについて真剣に考えることは、何もおかしなことではありません。

もしかしたら、そのことはシュウカツで50社、100社にエントリー・シートを送ることよりも重要なことなのかもしれません。だけど、残念ながら、そのことを真剣に考える人はあまりいません…。