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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

悪いことを何かのせいにしない姿勢が人生を変えるという話


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僕はいつも何か嫌なことがあったときに、「これは何か自分自身のなかに、改善するところがあるということだ」「そのことを知らせてくれているんだ」「さあ、どんな問題を抱えているのか、自分で探してみよう」と考えるようにしています。

もちろん、100%の満足、100%の幸せなんてものはありません。だから、『何もかもが満たされてる状態』を目指すというのは無理があることでしょう。でも、だからといって、何も対処せずにそのまま放置しておくのも、ちょっと問題です。

それだと、いずれまた同じようなことが起こります。だって、何も改善されてないのですから。何も対処してないのですから。また同じようなことが起こったとしても、ちっとも不思議なことじゃありません。

それが起こったということは、その背景のどこかに、『それが起こるに足りる何か』があったということなのです。原因と結果の法則。因果応報。僕たちは、それを追求しなければなりません。

追求し、発見し、改善しなればなりません。今にして思えば、僕の人生はそれの繰り返しだったような気がします。もとがあまり出来が良くないので、改善改善をくり返すしかないのです。

目次

自己分析することを放置していると、必ずまた同じようなことが起こる

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むかしの僕は、何か嫌なことや問題が起こると、すぐに「人のせい」にばかりしていました。でも、何度も痛い目に遭ってゆくうちに、「そのやり方ではうまくいかない」ということを学習しました。

「アイツのせいでこんなことになったんだ」「あの時、あの人がこんなことを言ったから、こうなってしまったんだ」「なんでみんなオレのことをわかってくれないんだ」…むかしの僕は、ちょっとでも嫌なことがあると、そんなふうに考えてばかりいました。嫌なやつですね。

よくよく目を凝らしてみれば、問題のほとんどの原因は自分にあるのに、それを決して認めようとはしませんでした。いや、内心は認めていたのかもしれません。でも、それを直視できなかったのかもしれません。だから、人のせいにして、その問題の本質から目をそらしていたんだと思います。

人のせいにするということは、「自分」の問題を「他人」の問題であるかのように扱っていることなのです。…僕はそのことを学びました。

誰かを攻撃したり、誰かを批判すればするほど、それはやがてブーメランのように自分に返ってきました。そして、その結果、自分が深く傷つくことになり、事態は改善されるどころか、より深刻なものになっていきました。

「オレは悪くない!!」と、意地を張ることは簡単です。でも、それだと、話はそこで終わってしまうのです。そこからは何も発展はありません。何も学ぶこともできませんし、何も得るものもありません。そして、ずぅーーーーーーーーと、イライラのしっぱしです!

面白いことに(いや、面白くはないのですが…)、そうやって「自己分析することを放置」していると、必ずまた同じようなことが起こったりします。まるで引き寄せられるかのように、まったく同じようなことが起こったりするのです。それで、また、ずぅーーーーーーーーと、イライラのしっぱしです!

それが延々と繰り返されることになります。…これが、「人のせい」にすることの代償です。負のスパイラルです。そして、この負のスパイラルにハマってしまっている人は、結構いるのです。もしかしたら、あなたのまわりにも、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか…? 

前世のせいにすることも、問題から目をそむけていること

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悪いことが起こると、人によっては、「オレは呪われるんじゃないだろうか?」「前世で何か悪いことをしたんじゃないだろうか?」「明日、占い師のところに行ってみよう!」…なんて思ったりする人もいるみたいです。

自分に問題の原因があることを認めたくないものだから、無意識に何かほかの理由を持ってきて、自分を納得させたいわけです。これも、「人のせい」にするのと同様の行為です。

先祖や前世のせいにすれば、自分は傷つかずに済みます。責任を全部、彼らにおっかぶせてしまえば、こちらは責任を負う必要はありません。

前世とか、星座とか、風水とか、手相とか、神さまとか、etc…。僕もむかし、そういったものに凝っていた時期がありました。それはちょうど、すぐに「人のせい」にしていた時期と重なります。人生が何もかもうまくいかず、精神的に不安定になっていた時期の話です。

そういう時期というのは、最も警戒が必要な時期でもあります。「自分以外のもののせいにする」という意味では、それが現実にいる人だろうが、前世だろうが、星座だろうが、関係ありません。

そんなことにいくら時間を割いたところで、何にもなりません。前世のことをあれこれ思い悩んだところで、目の前の日常が何か変わるわけではないのです。人生はちっとも良くならないのです。

僕も何度も痛い目に遭い、ずいぶん遠まわりをしました。頭をあちこちにぶっつけて、かなり傷つきました。そして、散々もがき苦しんだあげく、「このやり方では、問題は解決しない」ということに気づきました。

よく考えてみたら、実に当たり前なこと何ですけどね。弱ってるとき、不安に苛まれてるとき、自分に自信がないときというのは、そんな当たり前なことですらわからなくなってしまうものなのです。

人が変わることを期待するより、自分を変えちゃった方が早い!

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誰かのせいにするということは、『問題の解決を誰かの手にゆだねる』ということです。その場合、問題解決の鍵を握っているのは、自分ではありません。自分以外の誰か。…ということになります。

よく考えてみたら、これって、とても怖いことです! 自分の以外の人間が問題を解くための鍵を握っているということは、その人が変わらなければ、問題は解決されない、ということになります。

世の中で何が恐ろしいかといって、これほど恐ろしいことはありません! なぜなら、問題を解決するためには、なんとしても、その人を変えなければいけないからです。

ご存じのとおり、『人を変える』って、並大抵のことではありません。人なんて、こちらの思った通りに変わってなんかくれないものです。それはあなたにもよくわかっていることだと思います。…そうですよね? 人間はロボットでも、アンドロイドでもないわけですから…。

それに対して、『自分を変える』という方法論を採用した場合は、どうなるでしょうか? きっとそれは、人を変えることに比べたらはるかにラクチンなはずです。

最初のうちは、しんどく感じるかもしれません。あまり愉快ではないかもしれません。だけど、だんだん慣れてくると、そのうち簡単にできるようになります。僕も最初のうちはなかなか上手にできませんでしたが、そのうち慣れてきて、今では自然にできるようになりました。

僕の経験上、どんなに相手を責め立てたとしても、相手が折れることはまずありません。そうですよね? そのあいだ、ずっと問題は解決されず、放置のままです。そして、あなたは、ずっーーーーーとイライラのしっぱなしです。

イライラして生きる生き方は、とっても疲れる生き方ですよね。こころも体も、相当、消耗する生き方です。そしてそうした生き方は、十中八九、あまりよろしくない結果になります。そうですよね。