読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

お金を循環させることに努めればどんどん豊かになる理由


f:id:orange345:20170326173109j:plain

節約をすることはいいことだと僕は基本的には思っています。しかし、その節約をすることが、単に「ケチな生き方をする」ということならば、僕はそれはちょっと違うのではないか?という意見を持っています。

人間誰しも「見返りがほしい」と思っています。どうせ我慢をするならば、我慢したなりのリターンがほしいと考えるのはきわめて自然なことなのではないでしょうか? 

僕は不動産投資をやって生計を立てている人間です。不動産投資は「自己資金をどれだけ用意したか?」ということが結果に大きく影響します。僕も自分が目標に定めた自己資金を貯めるまでには、相当な節約生活をおくりました。

もともとそんなにお金を使うタイプの人間ではないのですが、その時期の僕の生活は、とくに節約を心がけ、より質素な生活をおくるようになります。でも、その節約はあくまでも『不動産投資を成功させるため』『安定したアパート経営を実現するため』のものです。貯金のための貯金では決してありませんでした!

それは、何の目的も、ゴールもなく、ただお金をケチった生活するのとは全然違うことなのです。さらに言えば、ケチな人のところには、なぜかお金がまわって来ません。…どういう訳か、そういう法則があるのです。これは僕が40数年間生きてきたなかで、お金について学んだことの最も重要なことかもしれません。

お金はケチな人のところには寄りつかなくなります。お金を使わないで、じっと溜め込むだけの人のところからは、お金は逃げていってしまうのです。だから、もしもあなたがお金持ちになりたいのならば、お金をケチった生き方だけはしない方がいいのです。

目次

「目に見えるもの」だけでモノの価値を判断しない方がいい理由

f:id:orange345:20170326114944j:plain

僕はこじんまりとした小さな家に住んでいます。僕が普段乗っているクルマも5年落ちのVOXYです。しかし、僕は3億円以上の資産を持っています。厳密の言えば、僕が持っているのではなく、僕が設立した会社が持っているのですが…。

僕が不動産投資というものをやっていて、家賃収入で生活していることは、僕のまわりにいる人たちはみんな知っています。そして彼らは僕が古いボロボロのアパートを取得するたびにこう言います…「そんなもののために何千万円も、何億円も借金をして、もったいない」と。

彼らは僕が購入する古いボロボロのアパートには「何の価値もない」と思っています。どうせ何千万円も、何億円も借金をするならば、大きな新築の家やマンション、あるいは高級外車なんかの購入資金に充てた方がマシだ、と考えています。

人それぞれ「考え方」というものは違うものです。当然、「お金についての考え方」も違ってきます。確かに、高層マンションの上の方に住んで、下界を見下ろして暮らすのもいいかもしれません。高級外車を乗り回し、「お金持ちアピール」をするのもいいかもしれません。でも、僕はそういうのは趣味ではないのです。

それに、そういうものにお金を使うのは、あまり賢くないとも思っています。確かに彼らの目には、僕が購入した古いボロボロのアパートは「何の価値もないもの」に映っていることでしょう。しかし、僕はそのようには考えません。そのボロ・アパートは、僕にとっては高層マンションや高級外車よりも価値があるものだし、それらを所有すること以上の喜びを僕に与えてくれるものなのです。

彼らは『自分の目に見える部分』でしか物事を判断していません。よくよく目を凝らしてみれば、そこには「入居者」という存在があり、入居者が毎月払ってくれる「家賃」という存在があります。

建物はたとえボロボロでも、その下には「土地」というものもあります。そして、僕はそのアパートを所有することで「不労所得」というものを得ることができます。だから、彼らのように朝から晩まで汗水たらして働く必要もありません。

ノルマもありませんし、社内の最悪な人間関係とも無縁です。僕はそういうものの方がいい家に住んだり、いいクルマに乗ったりすることよりも価値がある、と考える人間なのです。

彼らは確かに僕よりもいい家に住んでいるかもしれません。僕よりもいいクルマに乗っているかもしれません。その代わり、彼らには僕のような自由がありません。時間がありません。ストレスフリーな幸福感がありません。

その代わり、僕にはステイタスがありません。肩書がありません。あまりお金持ちに見えないから、いつも人から低く見られます。でも、僕は「こっちの方がいい!」と判断しました。

さて、あなたはどうでしょうか? あなたはどちらの方に価値を置くタイプの人間でしょうか? 

「金は天下のまわりもの」という表現がなぜ正しいのか?

f:id:orange345:20170326000409j:plain

もしもみんながみんなお金を使わなくなってしまったら、この国はどうなってしまうでしょうか? 全員が節約生活をおくるようになったら、いったいどうなってしまうでしょうか? 

このブログのなかでも、散々シンプル主義を称賛した記事を書いている僕がこんなことを言うのは矛盾しているように聞こえるかもしれません。しかし、僕は極端な拝金主義も極端な清貧の思想も良くないと思っています。『ほどほど』がいいと思っています。

だから最近何かと話題になる極端な考え方を提示する本にも、僕は若干違和感を感じています。僕はそれは危険な兆候だと思っています。

節約をすれば、お金が増える。…と多くの人は思っています。でも、それは勘違いです。逆に、みんながみんな節約生活をおくるようになって、人々がお金を使わなくなったら、どんどん貧乏になる人が増えます。

「金は天下のまわりもの」という言葉がありますが、もしもお金がまわらない世の中になったら、人々のフトコロにもお金がまわらなくなるのです。

僕たちは資本主義の世の中で生きています。だから、僕たちは『経済』というものを無視するわけにはいかないのです。経済という言葉がピンとこないなら、それを「商売」と言い換えてもいいでしょう。

商売はモノの売り買いが行われなきゃ話になりません。もしもモノやサービスが活発に行われなくなったら、会社の業績は悪くなります。会社は業績が悪くなったら困りますので、なんとか利益を出そうとします。

売上が思ったように伸びないのならば、別の方法で利益を出すしかありません。いちばん手っ取り早いのは、経費を削減することです。経費のなかでいちばんボリュームを占めているのは、なんといっても「人件費」です。だから会社は人件費を減らすことで利益を出そうとします。

次に、給料やボーナスが下がったら、従業員は困ります。当然、モノを購入したり、サービスを受ける回数を減らすようになります。以前よりもお金を使わなくなります。そうなると、ますます経済は悪くなります。商売は儲からなくなります。会社の業績も悪くなります。

会社の業績が悪くなったら、ますます人件費は削られるようになります…。お金を使わないということは、このようにめぐりめぐって自分の首をしめることになるのです。そして(これもいつの世もそうであったように)、そのシワ寄せはいつも「弱者」が被ることになるのです。

どうせお金を使うなら、「自分にリターンのあるもの」に使おう!

f:id:orange345:20170326114933j:plain

ただし、僕は「なんでもかんでも、お金を使えばいい!」と言っているわけではありません。それはいささか乱暴すぎます。同じお金を使うならば、少しでも自分の身になるものに使うべきではないか? と言いたいだけなのです。

100万円というお金が貯まったら、そのお金を何に使えばいいのか? ということをもう一度考えてみましょう。僕だったら、ある程度まとまったお金が貯まったら、そのお金を『本当の資産』を購入するために使います。

本当の資産とは、リターンをもたらしてくれる投資などのことを指しています。不動産、株、債券、ビジネス、商売、あるいは人脈作りのために必要な経費、etc…。本当の資産を得る方法はいくらでもあると思います。

たしかに何かに投資をすれば、お金は一瞬にして消えていきます。だけど、それは「買い物」ではありません。あくまでも、「投資」です。投資である以上、よっぽど変な投資先に投資しないかぎり、リターンがあるはずです。キャッシュフローがあり、いずれキャピタルゲインもあるはずです。

お金をケチる人は、そういうものに対しても自分のお金を使おうとはしません。自分の人生を救い、「いざ!」というときに自分を助けてくれるかもしれないのに、とにかくお金が自分のフトコロから消えてゆくのを極端に嫌がります。こういう人のところへはお金はやってきません。

慎重になってしまう気持ちはよくわかりますが、お金はワインではないのです。寝かせれば寝かせるほど価値が高まるというものではありません。それどころか、もしもインフレにでもなってお金の価値が下がったら、まさに紙くず同然になってしまうのです。

賢いお金持ちの人たちはそのことをよく知っています。だから彼らは自分のお金を右から左に頻繁に移動させます。「金は天下のまわりもの」ということを肌身にしみてわかっているのです。そうやってお金を動かすことによって、彼らはお金を何倍にも何十倍にもします。

そういうのを『錬金術』というのかもしれませんが、彼らはそんなことを意識せずにただ自然にやっています。だから彼らは必要以上に豪華絢爛な家にも住んでいなし、高級外車を何台も所有していません。

どんなに自由な時間があっても、決して朝からパチンコや競馬をやったりして時間をつぶしたりはしません。彼らは本当の意味での「お金の使い方」を知っているのです。彼らはパチンコで3万円を使うことがいかにバカげたことであるか、ということを熟知しているのです。そのことを知っていることが、人生に大きな違いをもたらすのです。

お金を貯めることばかり考えている人の元からは、お金は去ってゆく

f:id:orange345:20170326114951j:plain

信じられないかもしれませんが、お金を失うのが嫌で、お金を使おうとしない人の元へは、お金は入ってきません。

逆に、「自分にとってプラスだ!」「これだ!」「リターンが得られる!」と思ったものへ惜しみなくお金を使える人の元へは、お金はどんどん流入していきます。これが不思議なことに…。

預金通帳に印刷されている数字には、ほとんど意味がありません。その数字たちが意味を持ちはじめるのは、適正な場所に適正なタイミングで適性な額を注入してもらえたときです。そのとき、彼らはこちらの予想をはるかに超えた活躍を見せてくれるはずです。

貯金だけあったって、それを使わなかったら、何の意味もないのです。お金は使うことによってはじめてお金としての存在価値を持つのです。

僕はシンプルに生きることはとっても大切なことだと思っています。だけど、それはケチになることとはまったく違うことだと思っています。浪費生活をおくることは最も愚かなことですが、かと言って、「宝の持ち腐れ」も良くないと思っています。

人は死んだらそれで終わりなのです。生きているあいだにどれだけ充実した人生をおくることができたか。どれだけ幸せを感じることができたか。…結局のところ、我々はそのことを追い求めて生きるしかないのではないでしょうか。

不動産投資をやろうと決心したとき、僕は貯金ゼロからスタートしました。「投資には原資となるキャッシュが必要だ」ということを学び、慌ててお金を貯めはじめました。仕事は歩合制だったので、自己資金を貯めるために死ぬ気で働きました。歩合で稼いだお金はすべて不動産を購入するための資金に充てました。そうやって僕は基盤を作っていったのです。

もしもあの時、「せっかく貯めたお金を使うのもったいないなぁ…」とか、「将来のためにお金を残しておいた方がいい」と考えていたら、いったい僕の人生はどうなっていたでしょうか? 

あるいは、旅行に行ったり、何かものを買ったり、パチンコをやったりしていたら、いったい僕の人生はどうなっていたでしょうか? 間違いなく言えることは、僕は不動産投資家にもなっていなかったし、会社の社長にもなっていなかったでしょう。

会社をつくってからも、『内部留保』ばかりを気にして、お金を貯め込むことばかりに躍起になっていたらどうなっていたでしょうか? お金を使うことをケチって、新たな投資先を見つけることを怠っていたら、どうなっていたでしょうか? もしそんなことをやっていたら、きっとだんだん事業は尻つぼみになっていき、会社は倒産していたことでしょう…。

僕はお金を動かしつづけたからうまくいったのです! 決して、お金を貯金し続けたからうまくいったのではありません! 

お金というのは、「何に使うのか?」ということをいちばん考えなければいけません。それは、いくら稼ぐのか? とか、いくら損をしたのか? とかよりも重要なことなのです。そして、「お金を何に使うのか?」という選択を間違えなければ、僕はどんな人でもお金持ちになれると思っています。

その選択が正しいものだったならば、僕はたとえ貧乏な家に生まれた人でも、お金持ちになれると信じています。

「お金の稼ぎ方」よりも、「お金の使い方」にもっと注目しよう!

f:id:orange345:20170326155304j:plain

多くの人は「お金の稼ぎ方」とか「年収」とか「給料の高さ」とか、そういうことはやたらと気にします。婚活をしている人も、相手がどのくらいの年収があるのか? ということばかりに目が行きがちになります。だけど、相手が何にお金を使う人なのか?…ということに着目する人は非常に少ないと思います。

だけど、いちばん重要なことはむしろそっちの方なのです。誤解を恐れずに言ってしまえば、お金は稼ぐことはそれほど難しいことではありません。がむしゃらに働いて労働力を注入すれば、誰でもお金を得ることはできます。

会社が終わった後に肉体労働のアルバイトでもすれば、もっと簡単に稼ぐこともできます。だけど、そうやって苦労した得たお金を意味のないものに使っていては、いつまで経っても同じことのくり返しです。

「年収が800万円もある公務員だから安心だ!」と思って結婚したとしても、その結婚した相手がお金に関してあまりにも無知だった場合、あっという間にその家庭は『お金の問題』を抱え込むことになります。

その人が無駄なものにばかりお金をつかうような人間だった場合、お金は一目散にその人に愛想を尽かします。まるで生きているかのように、「あ、そうなの。あなたワタシのこと大事に扱ってくれないのね。うん 、わかったわ!」とでもいうように、嘘みたいにサッと目の前から消えてなくなってしまいます。

そうならないためにも、僕たちはお金の使い方に十分に気を配る必要があるのです。自分は今、何にお金を使おうとしているのか…? 自分は今、何を買おうとしているのか…? 自分は今、何を売ろうとしているのか…? 

本屋さんにズラリと並ぶお金に関する本のほとんどが、

  1. お金を増やすにはどうしたらいいのか? 
  2. お金を減らさないようにするにはどうしたらいいか?


この2種類だけのものです。本当の意味での「お金の使い方」について触れた本は、ほとんどあまりありません。

なぜ少ないのか? といえば、みんな「お金の使い方なんて、考える必要ない」「簡単なことだ」と思っているからです。

パチンコに行けば、簡単にお金を使うことができます。新しいケータイが発売されたといって購入に走れば、簡単にお金を使うことができます。『お金を使う方法』についてあらためて考える必要はない、とみんな思っているのです。

だけど、それは違います! お金の使い方こそが、最も重要なことなのです。そして、その使い方が正しいものであれば、その人の人生はいい方向に向かい、間違ったものであれば、その人の人生は悪い方向に向かっていきます。

お金をどんなに稼いだとしても、お金の使い方を誤れば、あっという間に奈落の底です! お金があれば何もかもがうまくいく…というわけではないのです。