読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

現実的に考える視点も持っておくことだ大事!という話


f:id:orange345:20170327114623j:plain

ご存じのとおり、現代は競争社会です。そして、これからもますます、その競争は激化してゆくはずです。そんな競争社会のなかで、誰もが『勝ちたい!』という想いを抱きながら生きています。

でも、競争社会が行き過ぎると、社会は不安定なものになります。人間は、「勝った者」と、「負けた者」の二つに分けられ、格差がひろがっていきます。これからますますその格差は広がってゆくはずです。

まったく競争原理が働かない社会というのも、それはそれで問題だと思います。しかし、行きすぎた競争原理は、人を不幸にします。今、いろんな不幸な出来事が世の中をおおっています。僕はその根底に、この『行き過ぎた競争原理』が横たわっていると思っています。

「結果がすべて」とよく言われます。でも、その結果を出すためには、それ相当の努力が必要です。「努力する」って、口では簡単に言えるけど、実際やると、なかなか大変なものです。ストイックな人ならいいかもしれませんが、僕みたいな怠け者は、努力って、しんどいだけのものなんです。

じゃあ、努力が苦手なタイプの人間って、いったいどうしたらいいのでしょうか? 努力しない人間は、ダメな人間なのでしょうか? 努力って、そんなに重要なことなのでしょうか? そもそもの話、努力することって、幸せになることと関係があるのでしょうか?

目次

いくら努力しても、ダメな場合もある

f:id:orange345:20170326114950j:plain

努力する者は、報われる。…子どもの頃、親や学校の先生から、そう言われました。そして、僕たちはこの言葉を信じて、必死で努力してきました。

僕の場合、落ちこぼれだったので、努力することから逃げてばかりいました。でも、僕のまわりにいる人たちは、みんな真面目に一生懸命、努力していました。勉強、スポーツ、仕事、恋愛、子育て、etc…。

でも、さすがに40年以上も生きていると、「この言葉は、まったくのデタラメであった。」ということがわかるようになりました。

もちろん、何かを達成するためには、それ相当な努力が必要です。努力なくしては、何も得られません。でも、努力「さえ」すればいいのか? というと、それは違うと思います。やっぱり、いくら努力したって、ダメな場合だってあるのです。

残念ながら、この世の中は、努力すればすべてのことが報われるわけではありません。どんなに努力しても、どうしても到達できないことや、手に入れることができないものというのがあります。

だから、僕は自分の言葉には「努力すれば、報われる」とか、「努力すれば、夢は叶う」なんてことは口が裂けても言えません。自分が思ってもいないことを、子どもに言うことはできません。

でも、僕は思うんですけど、いちばん大切なことは、努力した結果ではなく、その努力の果てに、何を見たのか?…ということなのではないでしょうか? そこで、どんなことを発見したのか? ということです。

いくつになっても夢を追いかけ続けるのって、本当に素敵なこと?

f:id:orange345:20170326114929j:plain

努力して、努力して、努力し続けて、そのまま一生、努力し続けるだけの人生をおくる人もいます。同じ夢を追いかけ続けて…。

むかしの僕は、そのような夢を追いかけ続けて、その夢の実現に向けて努力する人って、「素敵だなあ」と思っていました。でも、最近の僕は、「ちょっと違うんじゃないかな…」と思うようになりました。

ロック・スターになりたくて、東京に上京した。音楽だけでは食えないから、バイトをしながら、音楽活動をする。…これってよくある話です。でも、こういう生き方を、30になっても、40になっても、50になってもやってる人がいます。相変わらず、バイト生活で…。これって、本当に素敵なことなのでしょうか?

こういう人とは逆に、くるっと方向転換して、まったく違う道を進みはじめる人もいます。先ほどの例でいうと、ロック・スターに憧れて、東京に出てきて、がむしゃらに頑張ったんだけど、うまくいかなくて、サラリーマンになった。

ところが、その嫌々ながらやり始めた仕事が自分に合っていて、だんだんおもしろくなってきて、楽しみながら仕事をしていたら気がついたら大出世していて、今では独立して、大金持ちになっちゃった!…こういう話もよくある話です。

なんでも、すぐに諦めてしまうのは問題です。だけど、いつまで経っても、ひとつの夢に固執しつづけるのも、かなり問題があると僕は思っています。

「継続は力なり」という言葉は、確かに一理あると思います。僕も継続の力によって、随分、助けられました。しかし、ものには限度。…というものがあります。さすがに40歳になっても、50歳になっても芽が出ないものを、いつまでも追いかけ続けるのは、限度を超えていることです。

…それは『継続』とはいいません。物事には、どこかで線を引かなければならない局面というのが必ずあるのです。それは夢においても、仕事においても、恋愛においても、人間関係においても、etc…。

いちばん重要なことは、その線引きをどの段階でやるのか?…ということです。 

人は夢やロマンだけでは生きられない!

f:id:orange345:20170326080749j:plain

ロマン。大変、結構なことだと思います。夢。とっても素敵なことだと思います。でも、「現実を見る」「現実を知る」ということだって、それらのことと同じくらい大切なことだと思うのです。

…なんだか、オッサンくさいことを言うようですが。以前の僕は、そういうことを言うオッサンが大嫌いでした。自分でいうのも変ですが、僕は自分でも相当、夢見がちなタイプの人間だと思っています。

そういうロマンチスト・タイプの人間に対して、オッサン連中はすぐに「現実を見ろ」とか「現実を知れ」とかって言います。僕はそれに対して、ものすごく反発してきました。

僕が脱サラして、起業することができたのも、根っこに、そういうオッサン連中に対する反発がありました。怒りがありました。でも、そんな僕でも、いつまでもいつまでも同じ夢を追いかけ続ける。…ということに関しては、「それって、ぶっちゃけ、どうなの?」と思うところもあります。

人は夢やロマンだけでは生きられません。非常に現実的なことを言うと、人が生きてゆくためには、夢やロマンではなく、お金がないと生きていけないのです。生活費です! 

家賃を払い、水道光熱費を払い、U2やレディオヘッドの新譜を購入し、タランティーノの新作を映画館に観に行かなければなりません。i-phoneの新しいヤツが発表されれば買ってみたくなるし、ハワイに旅行に行ったりもしたい…。

A MOON SHAPED POOL

A MOON SHAPED POOL

 

 

夢やロマンだけあったって、ちっとも幸せじゃないんです。夢を追いかけ続けてもサマになるのは、せいぜい40歳ぐらいまででしょうか…? どこかで、線を引かなければいけません。

夢をあきらめたら、夢が実現することもある!

f:id:orange345:20170326080746j:plain

どんなに好きで、恋焦がれる相手だとしても、その人がふり向いてくれなければどうにもなりません。もしもどうしてもふり向いてくれない場合は、あなたはどこかで諦めなきゃならないのです。

もしも、ずっと想い続け、執拗に追いかけ続けたりなんかしたら、ヘタしたらそれは立派なストーカーになってしまいます! 美しくも、なんともありません。

どんなに苦しくても、どんなに悔しくても、線を引かなきゃいけないときは、線を引かなきゃいけないのです。でも、その線を引いたことによって、思いがけない展開が待っていたりします。彼女を追いかけることをやめた瞬間に、運命の人と出会うかもしれません。

僕も若い頃は、いろんなことを夢見ていました。でも、そのうち「自分には大した才能がない。」ということに気づきました。それはとってもツライ経験でした。誰だって、夢を諦めるのはツライものです。

しかし、ここで奇跡が起きました! あれをやってもダメ。これをやってもダメ。…をくり返し、いろんなことを諦め、いろんなことに線を引いているうちに、僕は少しずつ『正解』に近づいていったのです。

そして、37歳のときに脱サラして、起業することができました。それは僕にとって、大きな喜びでした。それによって、僕は自由と幸福を手に入れることができたのです!

37歳のときに脱サラ・起業するなんて、僕の当初の人生計画にはありませんでした。漠然と「いつか自由になれたらいいなぁ…」とは思っていましたが、それは全然具体的なことではありませんでした。

でも結果的には夢をあきらめたことにより、思いがけないかたちで僕は夢を叶えることに成功したのです。かねてから夢焦がれていた『自由な生活』というものを手に入れることができたのです。

夢を諦めたらことが、夢が実現につながったのです! それは自分の才能のなさを痛感し、いろんなことを諦めたから、たどり着くことができたのです。