シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

積極的にリスクを取りにいくことは何も悪いことじゃない理由


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ふり返ってみると、僕は常にリスクをとり続けてきました。決して僕は、「危険なことが大好き!」というタイプの人間ではないのですが、なぜか知らないけど、リスク・リスク・リスクを選択し続けてきました。

「リスク」という言葉は、とても不思議な言葉です。このリスクという言葉を多くの人は『危険』と訳し、そう解釈しています。でも本当にそうでしょうか? リスク=危険なのでしょうか?

僕はよく人から「よくそんな勇気がありますね」とか、「怖くないんですか?」と言われたりします。なぜ、そんなことを言われるのか? というと、僕がリスクをいっぱい背負い込んでいるからです。

僕は不動産賃貸業をやってメシを喰っています。その事業をやるために、僕は銀行から何億円もの借金をしています。そのことは彼らに言わせれば、リスク以外の何ものでもないのです。

自分ではあまり意識したことはないんだけど、僕は相当「危険な男」に映ってるらしいのです。でも、リスクって、本当に危険と同義語なのでしょうか? 僕はちょっと違うのではないか? と思っています。

目次

僕は不動産投資をやることによって、不労所得が得られるようになった

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あなたは本気で自由になりたいですか? 本気で自由になりたいんだったら、どこかの時点で、サラリーマンという職業を卒業する必要があります。サラリーマンをし続けながら自由な時間を確保することは、事実上、不可能なことです。

もちろん器用な人なら、サラリーマンを続けながらでも自由な時間をつくり出せるかもしれません。でも、そんな芸当ができる人は、ごくひと握り。少なくとも僕はそのような器用さを持ち合わせていませんでした。

さて、脱サラして、どうやって喰っていくのか? …サラリーマンを辞めるのは簡単なことだけど、それが最大の問題になります。

せっかく自由になるためにサラリーマンを辞めるのです。サラリーマン時代よりも忙しくなったりしたら、元も子もありません。だから僕は、自分でやるビジネスが、朝から晩まで働かなきゃいけないようものは避けようと思いました。

なるべく労力がかからず、時間がかからず、自由な時間が確保できて、ストレスの少ないビジネス…。意を決して会社を辞めるのですから、それなりの『見返り』がなければ意味がありません。

それで、いろいろ考えたあげく、ようやく僕がたどり着いたのが、『不動産投資』というものでした。

不動産投資は、基本的に『不労所得』です。不労所得とは、その名のとおり、働かなくても収入が発生するものです。「そんなこと本当にできるのか??」と、最初は僕も半信半疑でした。でも実際にやってみると、本当に働くことなく収入を得ることができました。それは文字どおり、『驚き』以外の何ものでもありませんでした。

僕はこの不労所得によって念願の自由な時間を確保できるようになりました!

不動産投資をやるためには、銀行から何億円もの借金をする必要がある

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だけど、この不労所得は、「すべてバラ色」というわけではありませんでした。メリットを得るためには、デメリットも受け入れなければなりません。効果には、副作用もあるのです。

不労所得を得るための最大のデメリットは、リスクを背負い込む必要がある。…というものでした。

不労所得を得るためには、不動産投資をスタートさせなければいけません。不動産投資をはじめるには、不動産(物件)を取得しなきゃいけません。物件はコンビニにも、ドンキホーテにも売っていません。

普通の人がパッと購入できるような金額ではありません。何千万円もします。もしも、物件を3つも4つも購入していったとしたら、簡単に何億円にもなります。ヘタしたら、何十億円にもなります。…それらはみんな借金です。

不動産投資をやるためには、銀行から何億円もの借金をする必要があるのです。でも、それをやらなければ、不労所得を得ることはできません。…それがこのビジネスの『リスク』です。

その時点で、尻込みして、撤退してしまう人も大勢います。でも、僕は前に進みました。その時、前に進んだおかげで、今日の自由と幸せがあります。もしも、あの時、撤退していたら、今日の僕はありません。

もう一度、くり返しますが、僕は決してリスクが好きなわけではありません。どちらかと言うと、人一倍、臆病で、用心深いタイプの人間です。でも、僕は、本気で自由になりたい!…という熱い想いがありました。その想いが、僕を一歩前へ前進させたのです。

僕は自分の心に正直に生きようとしただけなのです。その正直な生き方が、僕を「リスクのある方、リスクのある方」へ向かわせたのです。それが僕の生きかたなのです。しょうがないですね…。 

これからは積極的にリスクを取りにいく時代

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ご存じのとおり、この国では、脱サラして起業するという行為は、『何よりも危険なこと』という風にみなされる風潮があります。テレビや雑誌なんかでは、盛んに「ベンチャー」だとか、「起業」という言葉が躍っています。でも、実際にサラリーマンを辞めて、自分で事業を興す人なんてほとんどいません。

ときどき実際に行動を起こす、志の高い人がいたとしても、多くの人はその人のことを冷やかな目で見ます。「あーあ、やっちゃったよ…」と、でも言わんばかりの目でその人を見ます。

ましてや、何千万円も、何億円も借金をする人間なんて、はっきり言って、奇人・変人の扱いです。僕も随分、まわりから冷たい目線をおくられました。それは今でも続いています。

この国では、「リスクをとる」という行為は、称賛に値しない行為なのです。僕がとった行動は、彼らに言わせれば、「バカ」としか言いようのない行為なのです。

何か新しいことをやろうとすること。そして、そのための『はじめの一歩』を踏み出すこと。それは、とっても勇気のいることです。でも、そういう勇気は生きるうえでとても大切なことです。勇気というのは、何も人命を救助したりするときのためにあるものではありません。自分の人生を良き方向へ変えようとするときにも、「勇気」は必要です。

しかし、多くの人はその勇気のことを、『危険』と呼びます。そして、勇気をふりしぼって、一歩前に進む人のことを冷ややかな目で眺めるのです。自分の人生を良くしようとする行為のどこが危険なのでしょうか? …僕は全然、危険なことだとは思っていません。

むしろ何もしないで、ただ黙っていることの方が、よっぽど危険なことだと思っています。もしも自分が勤めている会社が倒産したり、業績が急激に悪化したりしてリストラにでも遭ったら、その人はどうするのでしょうか? 

いや、そんなことにならなくても、自分が病気になったり、何らかの理由で働けなくなったら、どうするのでしょうか?…それだって、立派なリスクだと思いませんか? 

そして、「絶対そうならない」「そんなこと起こり得ない」という保証は、どこにもないのです。でも、多くの人は、そっちのリスクのことはあまり考えてないみたいです。

これからはむしろ、積極的にリスクを取りに行かざるを得なくなると僕は確信しています。リスクをとりにいく行為を、「危険だ!」「バカだ!」と言って、騒いでいる場合じゃない時代が必ずやってくると僕は思っています。

もう、政府も、会社も、地域コミュニティーも当てになりません。年金は破たんし、もうこれ以上の経済成長は望めないでしょう。真面目に働いてさえいれば、あとは会社が何とかしてくれる。…そんな幻想は木っ端みじんに打ち砕かれることでしょう。

いいか、悪いかは別にして、これからは誰もが「リスク」というものを負わなければいけない時代になってゆくのです。リスクを負わないことこそが、リスク。…そんな時代が、もうすぐそこまで来ているのです。