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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

僕たちが子どもたちに見せてあげるべき明るい社会とは?


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あなたは感じているでしょうか? 今、世界が大きく変わろうとしているということを…。今までの価値観は通用しなくなり、今までと同じやり方をしていたのでは、いろいろなことが機能しなくなりつつあります。

しかし、そんな変化に富んだ時代において、学校は何も変わっていません。でも、これは一人ひとりの先生が悪いわけではありません。一人ひとりの先生方は、大変、熱心です。すごく子どもたちのことを考え、一生懸命、がんばってくれています。

夜遅くまで学校に残って次の日の授業の準備をしたり、問題が生じれば、教職員みんな集まって話し合ったり…。むしろ、僕が子どもの頃に教わった先生のほうが、今の先生よりかなりいい加減だったような気がします。

いちばんの問題は、教育制度です。学校は、資本家にとって都合のいい人材を製造するための工場と化しています。そして、現場で働いている先生も、保護者も、教育委員会も、文部科学省のお役人も、etc……本人たちは、そのことに気づいていないのです。

それが最大の問題なのです。

目次

リベラルな両親から僕が学んだこと

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「教師といういえば、左翼」という時代がかつてありました。僕の両親は二人とも、ヒッピーあがりの学校の教師でした。学生時代、うちの両親はマルクスも読んでいたし、チェ・ゲバラにも心酔していましたし、ビートルズも聴いていました。

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当然、学生運動にも熱心に参加していましたし、その他にも、かなりめちゃくちゃな学生生活をおくっていたようです。学校の先生になった後も、日教組に所属し、いろいろな社会運動にも参加しました。

そのおかげで、我が家は警察権力に睨まれ、家に警察官がしょっちゅう来たり、家のモノが荒らされたり、いろいろとイヤな目にも遭いました。だけど、今になってみれば、それもいい思い出です。

そして、今、僕は「父や母は、とても大切なことをやっていたんだ」と思っています。彼らは身をもって『カウンター・カルチャー』を体現していました。権力に逆らい、おかしいと思うことには「おかしい!」と主張しました。

物事を自由に発想していたし、型にハマった考え方をしない人たちでした。国家、民族、人種、性別、etc……いろんな垣根や障壁は、突破できるという理想主義に燃えていました。

もちろん、その理想が、結果的には敗北に終わってしまったことは僕も知っています。彼らの大多数の人は、『革命ごっこ』のあと、髪を切り、公務員になったり、銀行員になったりしていったことも知っています。

でも、彼らはたとえ髪を切り、権力の下で働くことを選んだとしても、魂までは売り渡してはいませんでした。過激さはめっきり減りましたが、それでも、それぞれの各分野で、自分たちなりの『リベラル』を展開していたように思います。

うちの両親でいうと、『学校』という場所で展開していました。そのリベラルの種は、確実に生徒たちの心に植えつけられ、生徒たちはそれを受け取って卒業していきました。

要するに、僕の両親は、生徒たちに「自由」というものを教えていたような気がするのです。それは少なくとも、真面目だけど、従順なだけの教師より、はるかにマシなような気がします。

でも、ご存じのとおり、冷戦が終わり、左翼リベラル陣営は急速に力を失っていきました。日教組はかろうじて存続していますが、うちの両親が現役だった頃に比べたら、はるかに弱くなってしまっています。

今の時代は、誰も変革なんて望んでいないし、反発なんかしていません。そもそも、変革すべきものもないし、何に対して反発していいのかもわからなくなってしまっています。教師は給料が高いのです。年金も充実しています。退職金もきちんと支払われます。

これ以上、何を望めばいいのでしょうか? 何に対して反抗すればいいのでしょうか? そんなめんどくさいことをするよりも、おとなしく、黙って授業だけをやっていればいい。黙って、言われたとおりのことだけしていればいい。あとは高い給料と、退職金と、年金がもらえるのだから…。

そんなふうに考える学校の先生が増えたとしても、ちっともおかしな話ではありません。

教師の仕事は、子どもたちに『明るい社会』を見せてあげること

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勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、定年まで真面目に働きつづける…この価値観は、教育現場だけではなく、ありとあるゆるところで採用され続けている価値観です。

『その価値観は、もう古い』という声は、だいぶ前からささやかれ続けてはいます。実際、僕みたいに商売なんてものをやっていると、この価値観がいかに時代遅れで、危険なものであるか、よくわかります。

でも、多くの人はそのことに気づいていません。多くの人は、未だにこの価値観を捨てられずにいます。そして、「これが正しい!」と信じて疑っていません。僕はそのことを、いちばん危惧しています。

子どもの数は減っているのに、学習塾は日本各地にどんどん新しい教室を増やしています。大量のCMをつくり、それを垂れ流し、びっくりするくらいのたくさんの生徒を集め、莫大な利益をあげています。

「勉強ができなければ、幸せになれない」…そのような強迫観念は、親たちを恐怖におとしいれています。だから、幼稚園の段階から勉強させる親もいます。夜10時まで学習塾で勉強する小学二年生もいるそうです。そういった世の中のニーズに押されるかたちで、学校もどんどん『勉強』に比重を置くようになってきています。

もう『自由』を教える先生なんて、いなくなってしまいました。そんな先生は、いらないのです。必要ないのです。

でも、僕は『自由』の素晴らしさや大切さを教えることこそが、学校の役割であり、教師の使命だと思っています。どんな世の中になったとしても、どんなニーズを要求されたとしても、学校や教師が『自由』を生徒に教えなくなってしまったら、それこそこの世の終わりです! 誰が何と言おうと。

それは、テストでいい点数をとることよりも、はるかに大切なことなのではないでしょうか? 

Aという道では挫折したけど、Bという道があるいや、Cという道もあるし、Dという道もある…そのことを知っている、ということが、どれほど子どもたちにとっての希望となるか…。そのことを子どもたちに教えるのが、学校の先生です。

オルタナティブがある社会というのは、『明るい社会』です。「これが正しい!」「これしかない!」というオルタナティブのない社会は、『暗い社会』です。教師は、子どもたちに『明るい社会』を見せてあげるのが仕事だと僕は思っています。

成績をあげることが教師の仕事ならば、そんなもの、塾の講師を学校に連れてきて授業させればいいだけの話になってしまいます!

シュウカツに成功したからといって、人生が成功するわけではない

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ご存じのとおり、今、学校では、どんどん「つまらない人間」を量産するような教育ばかりが採用されています。卒業したら、官庁なり、企業なりに就職して、後は大人しく定年まで働きつづけるような人間…。これは『トクをする側』にいる人にとって、大変、都合のいいシステムです。

彼らからしてみても、従順で、大人しく、黙々と働いてくれる人は大歓迎なのです。ついでに、安い賃金で、休日出勤もいとわず、サービス残業をしても文句ひとつ言わずに働いてくれるような人材なら、言うことありません。

そして、実際、そういうタイプの人間ばかりが今、『シュウカツ』の長い行列に並んでいます。学校と企業の利害関係は、一致しているのです。それは、子どもたちのほとんどは、やがて、プロレタリア階級の人間になるのです。これが今、学校現場で嬉々としておこなわれていることです。

僕は商売人です。だから、常に『経済』や『お金』を土台にモノを考える人間です。そういった観点から、今、行われている教育をみていると、薄ら寒さのようなものを感じます。もっと言えば、不気味さすら感じます。

こんな連中に騙されて、子どもたちは裸のまんま、社会に放り込まれるのか…そう思うと、胸が苦しくなってしまいます。その光景は、僕に戦地で散ってゆく若い兵士たちを思い起こさせます。

情報は遮断され、きちんとした教育を受けないまま、「突っ込めー!」と命令され、死んでゆく若い兵士たち…。シュウカツの長い列に並ぶ学生たちのうち、いったい何人の若者が、今、自分が乗り込もうとしているシステム自体に疑問を持っているでしょうか? 

一部上場企業に就職できたからといって、それで人生あがったと思ったら大間違いです! それで幸せになれると思ったら、大間違いです! だけど、そんなこと、学校では誰も教えてくれないのです。

資本家たちは、自由にものを考える人間の登場をいちばん恐れている

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いい会社に入り、高い年収をもらえたとしても、それが安牌(アンパイ)になるわけではありません。たとえシュウカツがうまくいったとしても、現実はそれから先も容赦なくあなたを襲います。

あなたがジタバタ騒げば、それだけトクをする人がいます。マルクスが、『ブルジョワジー』と呼んだ人たちです。僕は共産主義者ではないけれど、商売なんてものをやっていると、マルクスが100年以上前に言ったことは正しかった、と思わざるを得ません。

この世の中は、完全に資本家と、労働者に分かれています。学校教育が子どもたちに教える「働く」という言葉の意味は、『誰かに雇われる』ということを意味しているのです。…それが問題なのです。

労働者側の人間は、自分で生産手段を持っているわけではありません。商品をつくっているのは、会社であり、その会社で働いているサラリーマンではないのです。会社をつくったのは、社長です。社長は資本家側の人間です。ブルジョワジーです。彼らは生産手段を持っています。

でも、学校教育では「社長になれ」「資本家側の人間になれ」とは決して教えません。「生産手段を持つ側にまわれ!」と、子どもたちに教育する先生はひとりもいません。これでは、いつまで経っても労働者は資本家のいいなりになるしかありません。

資本家は、文句ひとつ言わず、黙々と働きつづけてくれる労働者が大好きです。彼らが安価な労働力でまじめに働いてくれればくれるほど、儲かるシステムになっているからです。

労働者が気にすることといえば、「給料はどうなっているのか」「ボーナスは何ヵ月出るのか」「福利厚生はどうなっているのか」「社会保険はどうなっているのか」「労働時間はどうなっているのか」etc…。そんなことばかりです。

これらのことはみんな『労働者』の発想です。労働者の目で世の中を見て、労働者のアタマでものを考えているから、このような言葉しか浮かんでこないのです。

しかし、こんなことばかり気にしているようでは、いつまで経っても、資本家に搾取されるだけの人間になるだけです。

彼らがいちばん恐れるのは、自分たちの立場を脅かされることです。自分たちのアドバンテージが少なくなることです。自分たちが「有利に事を進めている」ということがバレてしまうことです。学校は、そんな資本家たちが『トクをすること』に協力しているのです。

しかし、自由な発想でものを考え、あっという間にすべてを変革してしまうような、『まれ人』が現れるときがあります。人々は、そういう人のことを『変わり者』と呼んだりします。彼らの多くは、学校教育をまともに受けていない人々です。あるいは、途中まで受けていたけど、「こんなこと、やってられっか!」といった具合に、ドロップアウトする道を選んだ人々です。

スティーブ・ジョブズ(大学中退)、ビル・ゲイツ(大学中退)、トーマス・エジソン、エイブラハム・リンカーン、松下 幸之助(小学校中退)、本田 宗一郎、田中 角榮、岩崎 弥太郎(三菱財閥の創業者)、三井 高利(三井財閥の基礎を築いた人物)、住友 政友(住友財閥の家祖)、早川徳次(シャープの創業者)…そのリストは、延々と続きます。

勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、定年まで真面目に働きつづける…この固定観念に縛られて、子どもの成績が上がった!、下がった!と、大騒ぎをしている人たちが大勢います。

なかには、「子どもが勉強をしない」という理由で、わが子を殺してしまう親もいたりします。そんな世間の風潮を、いちばん喜んでいるのは誰か? そして、そのシステムに加担しているのは誰か? 一度、じっくり考えてみる必要があるのではないでしょうか…。