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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

お金持ちはなぜそんなに働いてないのにお金持ちでいられるのか?


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セミリタイア生活なんかをしていると、どうしても似たような境遇の人と出会うようになります。信じられないかもしれませんが、世の中にはセミリタイアを実現した人っていうのは結構いるものなのです。中には、20代や30代の若い人もいます。

あくせく働いていた頃、「セミリタイア生活」なんて、僕の想像の範ちゅうを超えたものでした。ましてや自分がそういう生活をおくることになるだなんて、思ってもいませんでした。

セミリタイアを実現した人をテレビなんかでみても、「働きもしないで、この人たち、いったいどうやって生活してんだろう? 何か悪いことでもやってるんじゃないか…?」単純にそう思っていました。

今、自分がそのセミリタイア生活をおくるようになって思うのは、「人間の想像力なんてたいしたことないな」ということです。自分の想像力の外にあることだからといって、それが現実に「ない」という証明にはならないということです。

もしかしたら、その時の自分には見えていないだけで、本当はそれは「ある」ことなのかもしれないのです。なんてことはない。自分で自分の視野を狭くしているだけなのかもしれないのです。これは「スピリチュアル」うんぬんの話じゃなくて…。

以前の僕には「会社を辞めて、自分で事業をやって生計を立てる」なんて生き方は考えられないことでした。でも今の僕はその当時、考えられなかったことをやっているのです。これこそが人間の想像力なんて、大したことがないという何よりの証拠です。

目次

「労働は美徳」という考え方は、労働者ではなく、経営者にとって都合のいい言葉

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セミリタイアというのは、「勤め人ではない」ということです。会社のために身を粉にして働かないということです。

僕はお金持ちではありませんが、僕の知ってるセミリタイアを実現した人たちは、ほとんどの人がお金持ちです。彼らは本当に余裕があります。ゆったりとしたペースで毎日を過ごし、心も身体も健康そのものです。

彼らは会社のためにあくせく働く必要はありません。満員電車とも無縁だし、営業ノルマも抱えていません。サービス残業も、退屈な会議も、くだらない接待ゴルフもありません。「本当に豊かなライフ・スタイル」というのは彼らのようなライフ・スタイルのことをいうのではないでしょうか?

もう少し僕にお金があれば、僕も彼らのようなライフ・スタイルをおくることができるのになぁ…。だけど、ないものないんだから、仕方ありませんよね。手持ちのカードで、なんとかしのいでいくしかありません。

一生懸命働けば、お金持ちになれる。一生懸命働けば、幸せになれる。…僕たちは子どもの頃からそう言い聞かされて育ちます。潜在意識のなかにそう刷り込まれてしまっているのです。

だけど、はっきり言って、これは真っ赤なウソです。迷信です。僕の知ってる幸せなお金持ちの方々は、誰ひとりとして汗水垂らしてせっせと働いてなんかいません。かつては一生懸命働いてた時期はあったかもしれませんが、今はそうではありません。もう必死になって働く必要がないのです。

がむしゃらに働く「企業戦士的な生き方」をすれば、たしかに年収は増えていきます。優秀な営業マンで、歩合がつけば、年収1000万も夢ではありません。しかし、それは果たして幸せな生き方でしょうか? 僕にはそうは思いません。

僕の知ってる若くしてセミリタイアを実現したお金持ちの方々の方が、はるかに幸せだと思います。「労働」はどこまでいっても、「労働」に過ぎません。労働をたくさんやって喜ぶのは、経営者だけです。労働者は、労働によって幸せになることはできないのです。

確かに、「仕事の充実感」や「仕事の達成感」といったようなものは得られるかもしれません。しかし、その興奮も醒めてしまえばオシマイです。「労働は美徳」という考え方は、労働者ではなく、経営者にとって都合のいい言葉です。

黙って、真面目に働いてくれれば、それだけ生産性が上がります。生産性が上がれば、会社は儲かります。経営者にとって、それは何よりも喜ばしきことなのです。「労働は美徳」という殺し文句は、プロパガンダなのです。僕らを洗脳するための言葉なのです。

あなたは「孤独」と「自由」のどちらを選びますか?

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快適な暮らしを実現させるためには、「労働以外のこと」に目を向ける必要があります。もっと言えば、労働することなく収入を得る方法を考える必要があります。ここで「想像力」というものが必要になります。

働かずに収入を得るって? そんなの無理に決まってるじゃないか!…人間は自分の想像力の外にあるものを決して信じようとはしません。実際にはいくらでも方法はあるのに、そのことには目を向けません。

そして、ほんのちょっとの賢さと勇気があれば、その方法を自分も実践できるのに、その可能性を自らの手でつぶしてしまうのです。

仕事が忙しすぎて、心身ともに疲れてくれば、もう何も考えられなくなります。考えることがめんどくさくなります。頭をひねって情報を集めれば、人生を切り開く道はいくらでもあるのに多くの人はその道を模索しようとはしません。

とくに結婚し、子どもが生まれ、マイホームやマイカーを取得するような年齢になると、もう大方の人は夢を見たりしなくなります。想像力や独創性を駆使さえすれば、幸せは簡単にゲットできるのに、そこに手を伸ばそうともしません。

死ぬほど働いても、快適な暮らしは手に入りません。快適さとはかけ離れた暮らしがやってくるだけです。たくさん働くことによって問題は解決しません。むしろ余計に問題が複雑になるだけです。

僕は30代の半ばにその事実に気づきました。だから多くの人が考えていることとは正反対の方向へ歩みはじめました。多くの人に理解されず、孤独な想いを味わいました。ときどき不安になり…みんなと一緒にいた方が良かったんじゃないか? みんなと同じような生きた方をした方が良かったんじゃないか?…と自問自答するときもありました。

だけど、今になってふり返ってみると、その孤独感は僕の幸せの到来を告げる合図のようなものでした。もしもその孤独感を味わうことがなかったら、きっとセミリタイアを実現することはできなかったはずです。

あなたは「孤独」と「自由」のどちらを選びますか?