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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

生きる意味を見つけるために自分探しの旅に出ようとしている君へ


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「自分探し」してますか? いきなり何だ? と思われたかもしれませんが、僕はこの「自分探し」こそ人生を切り開くうえで最も重要なことだと思っています。

「自分探し」は人間が成長する過程において、必要不可欠なものです。これなくして、人間の成長はありえません。ただ、この「自分探し」にはいくつかの注意点があるのも事実…。

今回はその自分探しをするうえでの注意点について解説してみたいと思います。

目次

自分探しには、いい面と悪い面の両方がある

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たとえば、公開される映画がどれもみな同じような内容の映画だったら全然面白くありませんよね? たとえば、発売される曲がどれもみな同じような曲だったら、全然面白くありませんよね? 映画や音楽といったものにはやはり「個性」とか「オリジナリティ」といったようなものが必要になってきます。

そういう意味での『個性』ならば、僕ももろ手をあげて歓迎します。しかし、「個性」とか「オリジナリティ」というものは諸刃の剣なのです。気をつけて取り扱わなければ、取り返しのつかないことにもなる大変恐ろしいものなのです。

昔から、この「個性」や「オリジナリティ」を求めて、いったいどれだけの人が人生を踏み外していったことでしょう? 『人と違う』ということには、いい面と悪い面の両方があるということです。

ほかとは違う、自分だけの個性。そういうものがあるはずだ!と信じ込み、自分探しの旅に出かける若者が後を絶ちません。実際に、放浪の旅に出たりする人もいますし、精神世界への旅に出かける人もいます。

みんな何かを追い求めているのです。僕は彼らの気持ちが痛いほどよくわかります。僕もかつては彼らと同じように何かに悩み、何かを探していましたから…。

10代、20代、30代…僕は文字どおり、「自分探し」ばかりしていたような気がします。僕はもともと小心者なので、極端な行動はとれませんでした。だから、放浪の旅に出かけたり、本格的に精神世界の中にどっぷり浸かることはありませんでした。だけど、「自分」を探してばかりいました。

「どこかに本当の自分というものがいるはずだ…」と思い込んでいました。ここではないどこかに…。 

自分探しをする人というのは、今の自分に満足していない人

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自分探しをする人というのは、『今の自分と折り合いのついていない人』です。今の自分に100%満足していれば、自分を探しにいく必要なんかないわけです。今の自分に寄り添っていればそれでいいはずです。

だけど、今の自分や、今の自分の人生に満足できていない人というのは、「今の自分じゃないところ」に救いを求めます。一歩踏み出して、「何かを得たい」と考えているわけです。

「いまの自分は、本当の自分じゃない」「いまの自分がいる場所は、本来の自分がいる場所じゃない」「いまの自分がやってることは、本当にやりたいことではない」…といった具合に。

いまの自分と折り合いがついていれば、そんなものわざわざ探しにいく必要はありません。

「なにかが違う…」という違和感が、彼ら(彼女ら)を突き動かしています。…その気持ちはよくわかります。自分探しの旅は、とてもエキサイティングな旅です。いつ、どこで、何が待ち受けているかわかりません。この自分探しの旅に出かけて、帰ってこれなくなる人もいます。僕の友人でも何人もいます…。

自分探しに躍起になりすぎると、まともな社会生活が営めなくなる可能性もあります。あまりにも熱中しすぎると、どんどん深みにハマっていってしまうものなのです。そして、気がついたときには、『迷路』の中…。ときには悲劇を迎える人さえもいます。

もちろん、自分探しの旅に出かけたことをきっかけにして、夢を実現させる人もいます! 「自分探し」というのは、決してネガティブことばかりではありません。…というか、『あらゆる夢というのは、すべて自分探しの果てある!』といっても過言ではありません。

ただ、「一歩間違えたら、一生出口のない迷路のなかをさ迷い歩くことになるよ」ということだけは肝に銘じておく必要があります。自分自身のことをふり返ってみても、「よく、戻れたものたな…」と思ったりするときもあります。

自分探しは「今の自分」を否定することではない

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散々、自分探しをやってみて、ひとつ発見したことがあります。どこまでいっても、「本当の自分」なんていないのです! 僕という存在は、あくまでも今、ここにいる僕自身でしかありません。…それが僕がたどり着いた結論でした。

これは「自分を磨くことは無駄だ」とか、「スキルアップなんて意味がない」という意味ではありません。むしろ僕は『人間というのは日々、成長していかなければならない』と思っています。

そして、成長をするためには、それ相当の努力が必要です。その努力はきっと無駄にはならないはずです。ただ、あまりにも強迫観念的に「自分探し」に夢中になりすぎることは危険です。強迫観念も度が過ぎると、だんだん「今の自分」を愛せなくなっていってしまうからです。

今の自分と理想の自分。…この2つの分断が進む先にあるのは、『深刻な事態』です。気をつけましょう! 

このブログを訪れた方は、「起業」とか「独立」といったものに興味がおありの方だと思います。だから、なおさら注意が必要なのです。僕はこのブログの中で自分が脱サラしたことや、起業したことがいかに良かったか。そして、その選択によってもたらされたセミ・リタイア生活がいかに素晴らしいか…などをいろいろと書き綴っています。

でも、だからといって100%僕の生き方が正しいわけではありません。脱サラして、起業したことは、僕にとってはとても「良い選択」でした。でも、それはあなたにとって「良い選択」ではないかもしれないのです!…これはとても重要なことです。

僕の生き方はお手本にはしないでください。僕は心の赴くままに自由に生きてきただけに過ぎません。あなたも自分の思ったとおり自由に生きていけばいいのです! どうか、「今の自分」を否定しないでください。もっと自分を愛して、もっと大切に扱ってあげてください。

完ぺきな人間なんていません。完璧な人生なんてものはありません。『自分』はどこまでいっても、しょせん自分でしかないのです。でも、僕は「自分探し」の旅に出ようとする若者たちのことを引きとめたりなんかしません。

青年は荒野を目指す。…そういう時期が人生の中に一度くらいはあってもいい、と僕は考えています。僕が言えることといえば…「十分、気をつけて! どうか、無事に帰ってきてください!!」ということだけです。