シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

僕がシンプルライフをおくるようになったきっかけ


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僕は以前に比べると、明らかに少しはお金持ちになりました。37歳のときにサラリーマンをやめ、独立起業して以来、事業家のはしくれとして会社を経営してきました。

これからの僕のがんばり次第によっては、もしかしたら今よりもっとお金持ちになってゆくかもしれません。少なくともそういう可能性は残っています。それはそれでいいことだと思います。素直にそのような状況にあることを喜びたいと思います。

誰だって収入が増えることは嬉しいと感じるものです。僕だってそりゃ、嬉しいです。貧乏よりは、お金があった方がマシです。世の中はキレイ事だけでは生きていけないのです。

でも僕はこれから先、たとえどんなにお金持ちになったとしても、おそらく贅沢三昧な暮らしはしないと思います。それは確信を持って言えます。僕がそちらサイドに落ちることは絶対にありません。

大邸宅、メルセデスベンツ、ゴルフバッグ、ブランドものの服、高級腕時計、社交パーティー、宝石、エステ、新宿高島屋、etc…。そういった価値観と真逆の場所で僕は生きています。僕はそういうセレブな世界とまったく無縁の世界に生きているのです。

そういうものにまったく興味が持てないのです。これは僕のネイチャーなので、仕方ありません。個人の資質の問題です。

では、僕のそのような資質はいったいどこからやってきたのでしょうか? 今回はその辺りについて考えてみたいと思います。

目次

僕がシンプルライフをおくるようになったきっかけ

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僕と僕の家族は今、たいへんシンプルな暮らしをしています。『質素な暮らし』といってもいいかもしれません。住んでる場所も北海道の地方都市です。だから都会に比べて圧倒的にお金がかからないのです。

僕の普段の暮らしのなかにあるものなかには、いわゆる『高級なもの』『セレブなもの』は何ひとつありません。僕も僕の妻もそういったものにまったく興味がないのです。

でも僕はそんな自分たちの暮らしが、「恥ずかしい。」とか「情けない。」とか思ったことはただの一度もありません。強がっているとか、無理をしているとかそういうことではないのです。本当に、心の底から今のこの質素な暮らしを楽しんでいるのです。

僕はケチなのでしょうか? いいえ、違います。「贅沢」が嫌いなだけです。派手に着飾ったもの、派手に着飾った人、派手に着飾った場所、etc…。そういったものが大の苦手なだけです。

僕は高級服に身を包んだ人を見ると、嫌な気持ちになります。臭い香水の匂いをプンプン漂わせたマダムのそばに行くと、吐き気がします。ゴルフバッグを外車のトランクに入れたおじさんを見ると、目をそむけたくなります。高級レストランでブクブクに太った子どもを見ると、悲しい気持ちになります。

僕のその贅沢を嫌う資質は、いったいどこから来たのか? それは割とはっきりとしています。それは僕が「食えない。」という状態を経験しているせいです。

そう、何を隠そう、僕にはお金で苦労した時期というものがあります。ほんの数ヵ月の出来事だったのですが、本当に生活に困って、かなりヤバいところにまで追い込まれた経験があります。

あの時、僕と僕の家族は一瞬だけ『地獄』を見ました。「もうダメだ…。」と思いました。当時、僕はインターネット関連のビジネスを一人でスタートさせ、意気揚々とそれまで勤めていた会社を辞めました。まだ不動産投資をはじめる前のことです。

ところがたちどころにそのビジネスがうまくいかなくなり、一気に奈落の底に突き落とされました。それで住宅ローンが払えなくなり、泣く泣く家を手放すことになりました。そして家族で僕の実家に転がり込み、しばらくそこで暮らすことになってしまいました。

ベン・アフレック主演の『カンパニーメン』という映画がありましたけど、食えなくなって家を売って実家に転がり込むあたりの顛末は、まったく一緒です。

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そのときの僕の精神的なショックは相当なものがありました。僕はすぐさま新しい就職先を見つけようとしましたが、なかなか再就職先は決まりませんでした。そのうち、激しいめまいに襲われるようになり、病院で診断してもらったら、自律神経失調症と診断されました。…相当、精神的に参っていたのでしょう。

あのときのことは、今でも僕の心のなかに深く刻み込まれています。まさに暗黒時代でした。それからいろいろあって、僕はこうして無事生還することができました。完全復活です! 

今にして思えば、あのとき経験したことは僕の人生を大きく変える原動力となりました。そういった意味でいうと、ああいうことが起きたことは僕の人生にとって『良かった。』といえるでしょう。なぜなら、あれを境に明らかに僕の人生は良き方向へ向かったからです。あれがすべてのきっかけでした。


ただ、ああいう経験を一度でもした人間というのは、いい意味でも悪い意味でもそれまでの自分とは違う人間にならざるを得ません。僕の場合でいうと、あの経験をして以来、僕は『贅沢』というものを極端に嫌う人間になってしまいました。

セレブな人、超大金持ちの人、億万長者、そういった人を見るたびに嫌悪感を抱くようになってしまったのです。どうしても生理的に受けつけられなくなってしまったのです。でも、そのことも僕にとっては良きことであったと(今となっては)思っています。

そのおかげで、足を踏み外すことなく、慢心を抱くことなく、余計なものを買い込むことなく、地べたに足をつけて暮らせているわけですから…。 

不要なものは全部処分し、気に入ったものだけに囲まれて生活をおくる贅沢

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ある人に言わせれば、僕の普段の暮らしぶりは『貧乏くさい』ということになるのかもしれません。でも、僕はそんなことお構いなしです。僕は今のシンプルな暮らしをとても気に入っています。

僕は37歳の時に自分の会社を設立して、経済的にもそれなり状態になっています。わずか数年前に住宅ローンが払えなくなって家を手放した経験があるとは思えないくらいです…。

社会的にみれば、僕は『代表取締役社長』という肩書になっています。どんなに小さな会社であっても社長は社長です。でも、僕にとってはそんな肩書、「どうでもいい。」と思っています。今の僕にとっては、社長だろうが、係長だろうが、『肩書』なんて何の意味もなさないことなのです。

僕はサラリーマンの世界からドロップアウトした人間です。僕が今いる世界は、肩書とか役職と化は一切関係のない世界です。だから僕自身は、肩書や役職といったものに何のステータスも感じていません。

ただ便宜上、『社長』と名乗らざるを得ないから、そう名乗っているだけです。だから、人からどんなに「社長、社長」と言われても、僕の鼻が伸びることはありません。食えない経験をしている人間は、ちょっとやそっとのことでは我を見失ったりはしません。

今の僕にとって、『慢心』とか『傲慢さ』といったようなものは、まったく別世界のものの話なのです。

僕はなぜ贅沢を好まないようになったのか?

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一度身につけた生活感覚というものは、簡単には消えたりはしないものです。ましてや食えない恐怖を味わったことがある人は、絶対に浮足立ったりはしません。

ところが、世の中にはこういった地べたに足をつけた感覚とはまるっきり違う感覚を持って生きている人がたくさんいます。贅沢な暮らしを好み、セレブな毎日をおくっている人たちです。

それは僕とはまるっきり違う価値観です。こればっかりは人の価値観だから、僕がどうのこうの言える問題ではありません。でも、そういう超大金持ちなセレブたちを見ると、僕はいつも心のなかでこんな風に思っています。

クソ食らえ!!


って。はい、彼らが悪いわけでも何でもありません。僕が勝手にそう思ってるだけです。僕が勝手にそういうセレブな連中を嫌っているだけです。生理的に受け付けないだけです。

連中を見てると、ムカムカしてきます。虫酸が走ります。連中が乗りまわすメルセデスに石をぶつけたい衝動に駆られます。「クソったれが!」と思わず叫んでしまいます。はい、コンプレックスです。間違いなく、コンプレックスです。

でも、僕は自分のこうした感覚を気に入っています。自分のなかにこの感覚があるうちは、「たぶん大丈夫だ。」と勝手に思っています。何が大丈夫なのかはわかりませんが…。

僕と彼らとのあいだには、明らかな断絶があります。僕はきっと残りの人生、この断絶とともに生きてゆくと思います。彼らを見るたびに、「オレは絶対にこんな風にはならねぇぞ…。」と思います。

コンプレックス、大いに結構! 僕はこれから先、どんなにお金持ちになっても、絶対に彼らのようなお金持ちにはならないと心に誓っています。そして、こういった感覚をいつまでも大切にしていきたいと思っています。