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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。本当の豊かさは高い収入でもモノでもなく「自由な時間だべや」という信念のもと、なまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

夢を諦めることを辛いと思う必要がないと僕が思う理由


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僕は今、自由気ままなセミ・リタイア生活をおくっています。僕が脱サラしたのは、37歳のときでした。

今の僕には、満員電車もなければ退屈な会議もありません。サービス残業もないし、休日出勤もありません。職場の人間関係の悩みとも無縁です。どうして僕のような人間が、こんな夢のような生活をおくることができているのだろう?…今でもときどき不思議に思うときがあります。

僕は子どもの頃から勉強もできなかったし、スポーツの花形選手でもなかった。これといった特技があるわけでもなく、何かの才能に恵まれていたわけでもない。社会人になってからも、それほどパッとした存在ではありませんでした。

営業成績も振るわなかったし、会社の中でも決して「将来有望な人材」というわけでもありませんでした。僕のまわりには、僕よりもはるかに才能にあふれ、有能で、頭のいい人たちがたくさんいました。

それなのに、そんな人たちを差し置いて、よりによって僕みたいな人間が自由と幸せを手にすることができたなんて…。僕自身も驚いていますが、いちばん驚いているのは僕と関わってきたまわりの人たちだと思います。

目次

僕は不動産投資をやって不労所得を得ることが夢だった

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何が良かったのかな?…と、僕はときどき自己分析をしてみたりします。だけど、いつも答えは出ません。だって、僕はどこからどう見ても「成功」とは縁遠いタイプの人間だったからです。

ただ、そんな僕であっても、「強いてあげれば…」と思うところはあります。『自由な時間がほしい…。』僕はいつもこのことばかり考えていたような気がします。この自由を追い求める気質は、子どもの頃からありました。とにかく親や学校から何かを強制されることが嫌で、いつも心の中では「オレの好きなようにさせてくれ!」と叫んでいました。

僕はどうして不動産投資をやろうと思ったのか?…それは数多の投資法の中で、不動産投資が最も自由な時間を与えてくれると思ったからです。

不動産投資は、基本的には『不労所得』です。「働かざる者、食うべからず」という言葉がありますが、不動産投資はその言葉の正反対のものでした。働かなくても、収入を得られる方法がある。…僕のように自由を追い求めるタイプの人間にとって、そのことはものすごく魅力的に見えました。

僕は社会人になって10年くらい経った頃に、「世の中には働かなくても収入を得る方法がある」ということを知りました。そのことに気づいて以来、「不労所得を得たい!」という夢をずっと抱きつづけてきました。そして、37歳のときに、僕はついにその夢を叶えること成功したのです!

夢をあきらめれば、夢が叶う理由とは?

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人にはそれぞれ、「夢」というものがあります。僕のように自由に生きることが夢だという人もいますし、大金持ちになって、ヒルズ族になることが夢だという人もいます。「芸能人になって、キャーキャー言われたい」という夢を持っている人もいるかもしれません。

夢を持つということは、決して悪いことではありません。また、各々が抱く夢に、「いい」も「悪い」もありません。あまりにも大きすぎる夢を抱いている人は、その夢を実現させることはなかなか難しいでしょう。

反対に、小さな夢で満足する人は、わりとあっさりとその夢を叶えてしまうかもしれません。僕がもし、「ハリウッドスターになりたい」とか、「ノーベル賞をとりたい」といった大きな夢を抱いていたとしたら、僕はきっとその夢を叶えることはできなかったでしょう。

「あきらめたら、そこで試合終了」「死ぬ気で努力すれば、叶えられない夢はない」「強く願えば、夢はきっと叶う」etc…。僕もスラム・ダンク世代なので、あのマンガにはめちゃくちゃ影響を受けました。また、自己啓発本を読みあさっていた時期もありますので、「引き寄せの法則」系の話もわりと好きです。

だけど、夢に関して言えば、ダメなものは、ダメ。無理なものは、無理。…だと思っています。

夢に向かって努力したり、理想を実現させるために頑張ったりすることは素敵なことだと思います。だけど、いくら頑張ったらからといって、それで必ず夢が叶うわけではありません。

だけど、その夢が手が届きそうなくらいの小さな夢だった場合は話はまったく変わってきます。そして、僕が夢として思い描いた『会社を辞めて、不労所得を得て、自由気ままに生きる』という夢は決して「手の届かないような大きな夢」というわけではありませんでした。

どちらかといえば、実現不可能な現実的な夢だったのです。それが良かったんだと思います。

事実を受け入れ、現実に目を向けることの大切さ

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今から本田圭介やイチローのような存在にはなれません。死ぬほど努力しても、ダメでしょう。…その事実を受け入れることは、実はとっても重要なことなのです。

それに比べたら、不動産投資をやって不労所得を得ることなんて、実はたいしたことではないのです! 僕が言いたいのは、デカすぎる夢は、命取りになるよ!…ということなのです。

自分が思い描いた夢にいつまでも執着するのは、自分の首を絞めることになりかねないのです! これは非常に重要なことです。

ときどき、40になっても、50になっても、大きな夢を追いかけ続けている人がいます。夢を抱くことは素晴らしいことです。夢に向かって頑張ることも素晴らしいことです。世の中には夢に向かって真剣に頑張っている人がたくさんいます。みんなそれぞれ自分なりの夢を実現させようと、もがき苦しんでいます。

そういう人たちのことを僕は心の底から応援しています。だけど、どこかで線を引くことも必要だと僕は思っています。実現不可能な夢を抱き、それをいつまでも追いかけ続けることがいいことだとは僕には思えません。

僕は「あきらめなければ、夢はいつかきっと叶う」という言葉は非常に危険な言葉だと思っています。美しく、力強く、魅力的な言葉であるだけに余計にたちが悪い言葉だと思っています。この言葉を信じて、人生を狂わせてしまって人が今まで何人いたでしょうか? 

僕はこれまでの人生の中で、たくさんいろいろなことをあきらめてきました。恥ずかしいので、いちいちここでは羅列したりしません。だけど僕も若かりし頃は、それはそれはバカみたいに大きな夢を抱いていたものです。 だけど年齢を重ねるごとに「どう考えても、この夢は実現できそうもないな…」ということがだんだんわかってきました。

だから、少しずつ夢に軌道修正を加えていったのです。大きすぎる夢から、小さい夢へ。実現不可能な夢から、実現可能な夢へ。…そうしたら、いつの間にか今のこと自由と幸せを手にしていたのです! 

人生というのは、本当に不思議なものです。最近、いろいろな人から、「どうしたら、あなたみたいに夢を実現させることができるのですか?」というような質問をされます。

僕はいつもその質問にはこう答えています…夢をあきらめれば、夢が叶いますよ。もちろん、質問した相手はヘンな顔をしていますが。。。