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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。本当の豊かさは高い収入でもモノでもなく「自由な時間だべや」という信念のもと、なまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

怒りによる憎しみの感情にとらわれることはなぜ危険なのか?


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ここ最近「許せない」という言葉をよく耳にします。ある特定の人物や、ある特定の国などに対して、「絶対に、許さん!」という強い感情をあらわにする人が増えてきました。そう感じませんか?

僕はこれはとても危険な兆候だと思っています。いつの時代も、「怒り」とか、「憎悪」といったマイナスの感情が渦巻くとき、必ず良からぬことが起こるものです。もっとも良からぬこととは、言うまでもなく『戦争』です。それは歴史が証明しています。

みんなニコニコ笑って、のんびり生きてる世の中では、戦争はあまり起こりません。それはナチスが台頭してきた時のドイツをみればよくわかります。あの時、ドイツの国民には怒りと憎悪の感情がありました。ヒトラーはその「負のパワー」を味方につけて大きくなっていったのです。

「許す」「許せない」という問題は、非常に重要な問題です。人間関係を考えるとき、この問題は避けて通れないものです。人付き合いを円滑なものにするためには、僕たちはどこかで「許す」ということを学ぶ必要があります。

人間関係がこじれる背景には、必ずこの「許す」「許さない」問題が横たわっています。許すということは、とても勇気のいることです。簡単なことではありません。それは「許さない」ことよりも、はるかに大変なことです。

でも、その大変なことをやらなければ、物事は前に進みません。でも、「許す勇気」を持っている人だけが、ストレスフリーな人間関係のなかをスムーズに生きていけます。わずらわしい人間関係の悩みから解放され、こころ穏やかに生活することができるのです。

目次

「許す」とは相手のためではなく、自分のためにやること

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「許せない」という感情を過小評価してはいけません。「許せない」という感情は、僕たちが想像している以上にパワフルで、恐ろしい感情なのです。

ヒトラーを例に出すまでもなく、「許せない」という感情は…相手をせん滅させるか、こちらがせん滅するかのどちらかだ!…という、非常に極端なところまにまで行き着いてしまう可能性を秘めているのです。

戦争の背景にあるのは、常にこの「許せない」という感情なのです。だから、僕たちは気をつけなければいけないのです。今、あなたの中に、「あいつだけは絶対に許せない…!」という人はいますか? もし、いらっしゃるなら、悪いことは言いません。『復讐』なんて、バカなことは考えないことです。

それは賢いやり方ではありません。野蛮人がやることです。その復讐心が戦争を引き起こしたのです。そして、その戦争がまた次の戦争を引き起こしてゆく…。この連鎖を断ち切るためには、最初から、導火線に火をつけない…という、柔軟な発想が必要なのです。

「許せない」という感情の根底にあるのは、『オレは正しい』『相手は間違っている』という考え方です。…こういう二元論でものを考えてゆくと、どうなるか? それはもう暗黒でしかありません。

だから、僕たちはどこかで「許す」という感情を持たなければいけないのです。どこかで線を引かなければいけないのです。…それは、そういう極端なところへ行かないために身につけておくべき『知恵』なのです。

それは、いわば『生きるための知恵』です。生き延びるための知恵です。この知恵を持っている人と、持っていない人とでは、その後の人生は大きく変わることになります。知恵のある人には、喜びと心の平安がもたらされます。知恵のない人には、憎悪と不安がもたらされます。

『反知性主義』とは、どういうものか?

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「許す」ということは、決して相手に屈服するということではありません。だから、許したからといって、それが相手に負けたということにはなりません。「許す」ということは、「許さない」ことよりもはるかに難しいことなのです。

「絶対に許さん!」と言って、相手と喧嘩する方がはるかに簡単です。でも、イージーな道には、必ず落とし穴が待っています。その落とし穴にまんまとハマって、取り返しのつかない人生をおくることのないようにしなければなりません。

「許さない」という怒りの感情を抱えたまま生きることは、とても苦しい生き方です。「許さない」という感情は、我々が想像しているよりもはるかに強烈な感情です。強烈な負のオーラを放っている感情です。そんな感情を抱えながら四六時中、過ごしたらどうなるでしょうか?

…それはものすごいストレスです。当然、カラダにも心にも、マイナスの影響を及ぼすはずです。だから、「許す」ということは、自分のためにやることなのです。

一見すると、相手のためにやっているように見えますが、実は相手のためではなく、自分のためにやることなのです。自分の心とカラダを守るためにやることなのです。我々は、「許せない」という感情を抱くことのないように注意しなければいけません。そのネガティブな感情がまき散らす毒素に、毒されないように注意しなければいけません。

「許せない」という感情に引きずられて、その相手と喧嘩するなんて、もっとも愚かなことです。それは、エネルギーと時間の無駄以外の何ものでもありません。

いちばんの復讐は、相手をやっつけることではありません。相手よりも幸せに生きることです。相手がいちばん嫌がること。それは、あなたが幸せに生きることです。相手がいちばん喜ぶこと。それは、あなたが「自分と同じレベルにいる」ということを確認できることです。

そして、くだらないことで言い争ったり、喧嘩したりする行為は、「同じレベルにいる」ということを証明することになるのです。最も賢い復讐は、相手よりも幸せになることです。そのことは、もっとも相手が嫌がることであることは言うまでもありません。

だから、さっさと相手を許しちゃいましょう! 「許さない」という態度は、『いつまでも相手と関わり合いを持つ』という態度なのです。

最近、『反知性主義』という言葉が世間を賑わせています。しかし、注意しなければいけないのは、ここで語られている知性というものがどういうものか? ということです。

日本の反知性主義 (犀の教室)

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  • 作者: 内田樹,赤坂真理,小田嶋隆,白井聡,想田和弘,高橋源一郎,仲野徹,名越康文,平川克美,鷲田清一
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僕はここで語られている知性というのは、いわゆる『知識』とは違うものであってほしいと願っています。この場合の知性は、アカデミックなものであってはならないと思っています。

「許す」「許さない」といったことについて考えること。そして、最終的には「許す」という道を選択すること。…これも立派な『知性』だと僕は思います。