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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

仕事より一家団欒を優先させた方がいいこれだけの理由


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僕がサラリーマン生活を卒業しようと思ったきっかけは、「家族そろって晩ごはんを食べることができない生活」に耐えられなくなったからです。

人に言わせれば、「そんなことのために…」と思われるでしょう。しかし、僕にとってはこれはとても切実な問題なのです。これはたぶん、僕の育った環境が影響していると思います。僕は一人っ子として生まれました。そして、両親は二人とも高校教師でした。

高校の先生というは、部活動の顧問も引き受けなければなりません。平日の夜も、土曜日も、日曜日も、夏休みも、冬休みも…。ずっと部活動に2人は時間を割かれてました。当然のことながら、家族みんなで晩ごはんを食べる…なんてことはできません。

おまけに僕は一人っ子だったので、いつも家には一人ぼっち。相当、淋しい想いを抱えていた少年だったと思います。「それと、脱サラしたことと何が関係あるの?」と、思われるかもしれません。でも、きっと大きく関係していると僕は思います。

僕はなぜ、家族と一緒にいる時間にこだわるのか? 僕はなぜ、仕事に自由な時間を拘束されるのを嫌がるのか? そういったことを突き詰めて考えてゆくと、子どもの頃、淋しかったから。家族と一緒に過ごしたかったから。…という結論にたどり着きます。


人間というのは、小さい頃に抱えた傷に一生、苦しめられるものなのです。もちろん、僕の場合のようにその傷を何かに昇華させるかたちで乗り越えるパターンというのもあります。しかし、そうではないパターンもたくさんあります。

目次

出世と家族、あなたはどちらを優先させますか?

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人が生きてゆくためには、メシを喰わなきゃいけません。メシを喰うためには、メシを買うためのお金が必要です。僕たちはジャングルに暮らし、自給自足生活をおくっているわけではないのです。

お金を得るためには、働かなきゃいけません。つまり、僕たちは労働することによって、メシを喰っているわけです。僕が心の底から望んでいた、「家族で囲む一家団欒の晩ごはん」も労働によって得たお金がなければ、実現しません。

本来、労働というのは「メシを喰う」ためにあるはずです。メシを喰うためには、一体いくらのお金が必要でしょうか? その金額は人によってマチマチですが、一人暮らしの場合と、家族がいる場合とでは必要になってくる金額はまったく違います。

一般的には家族が増えれば、その分、たくさんお金がかかります。たくさんお金を稼ぐためには、たくさん働かなきゃいけません。自分ひとりだけだったら、たくさん働く必要はないかもしれませんが、家族を養うとなったらそういうわけにはいきません。

そんなこんなで、日本独特のこの「異常」とも言える長時間労働の勤務体系が確立されてゆくのです。そして、日本男子の多くは大学を卒業した後、このシステムのなかに否応なしに引き込まれてゆくのです。

半沢直樹みたいな生活サイクルって本当に幸せだと思います?

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世の中のサラリーマンのお父さんは、毎日、何時に帰宅するでしょうか? 夕方の18時に帰宅し、「家族みんなで夕ご飯を食べれるよ」というお父さんはいったいどのくらいいるでしょうか? おそらく、ほとんどのお父さんは18時とか19時には家に帰れない毎日をおくっているのではないでしょうか? 

だいたい帰宅時間は21時とか、22時ごろ。それならまだ良い方で、毎日深夜0時に帰宅するというお父さんもたくさんいらっしゃるはずです。

「仕事が好きで好きでしょうがない」「仕事が生きがい」「仕事が楽しくて仕方がない」…という人ならいいでしょう。だけど、僕の経験上、そんな半沢直樹みたいなサラリーマンはほとんどいません。

みんなため息をつきながら、家族を養うために我慢して長時間労働をしているのです。そして、ほとんどのお父さんは、そんな生活をもう何年も続けているのでそれに慣れきってしまっています。

だから、感覚がマヒしてしまい、そのような生活がいかに非人間的なものであるかがわからなくなってしまっているのです。

少なくとも、僕は耐えられませんでした。かつては僕は夜遅くまでクタクタになるまで働く生活をおくっていました。でも、心の中ではいつも「どうやってここから抜け出そうか?」ということばかりを考えていました。

こんな生活、ちっとも幸せじゃない。』…僕にはわかっていました。だから、僕は脱サラする道を選択したのです。