シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

平凡であることはパワーだ!『君の名は。』を見て思ったコト


f:id:orange345:20170326091616j:plain

僕の今の状態を『成功』と呼べるのかどうかはわかりませんが、まあ、毎日幸せに暮らしていることはだけは確かです。

この幸せは、僕が脱サラして起業したからこそ実現できたことです。

僕にとっては、あの決断は人生を左右するような大きな決断でした。

でも、僕自身はそれほど大した人間ではありません。

どちらかと言うと、普通で、平凡な人間です。

でも、僕があのときの大きな決断は、僕が普通で、平凡だったからできたことなのです。

今回はそのことについて書いてみたいと思います。

目次

僕は自分の「平凡さ」がコンプレックスだった

f:id:orange345:20170326215323j:plain

僕にはこれといった特徴もありません。

誰かに誇れるような特技も持っていません。

どこにでもいる普通の人間です。

僕は長いあいだ、自分のそういう「普通さ」や「特徴のなさ」がコンプレックスでした。

だから僕はこれまでの人生のなかで、いろんなことに興味を持ち、いろんなことにチャレンジしてきました。

そのどれもが中途半端に終わってしまったけれど、それでも「一応、かじってみた」程度にはいろいろやってみたのです。

なぜそんなにいろんなことをやってみたのかというと、

  • 自分には何もない

…ということを自覚していたからです。

だから、その穴を埋めようとして、必死にいろんなことをやってみた。

でも、どれもうまくいかなかった。

No.1にはなれなかった。

いつまでも経ってもどん臭くて、洗練されない。

  • 普通
  • 平均的
  • 凡庸
  • 平凡…。


でも、だから良かったのです!

常にフラットな視点でこの世界を見るようにしよう!

f:id:orange345:20170326215316j:plain

いろんなことに顔を突っ込み、つまみ食いしていると、

  • あっ、これはオレには向いてないな
  • オレにはとても無理だな

…ということを認識することができます。


たしかに、何をやってもうまくいかないというのは、傷つくことです。

自分の非凡さを思い知らされるのは辛いことです。

でも、「あれもこれもやってみたけど、ダメだった。」という経験は、実はとても大事なことなのではないでしょうか?


ロックも、ジャズも、クラシックも、テクノも、歌謡曲も、ヒップホップもやってみた結果、最後に残るもの。

それこそが、自分にいちばん合ってるものなのではないでしょうか?


僕の場合、最後の最後に見つけたのが不動産投資というものでした。

でも、そういうものと出会えたのは、僕があちこち頭をぶつけたからです。

フラットで、ニュートラルな状態でいるということは、それだけ『選択肢がある』ということです。


何を選択してもいい。

どこに転がっていってもいい。

そこには圧倒的な自由があります!

キャラがはっきりしてない分、いかようにでもなる。

それは、強みです。

自分のなかにオルタナティヴがある方が救われるのです。

  • 「これしかない」から、「あれもこれもある」へ。


挫折に弱い人というのは、「今まで負けた経験があまりない人」だったりするのです。

意外に思われるかもしれませんが…。

『君の名は。』の主人公たちは普通だから良かった!

f:id:orange345:20170326173102j:plain

先日、『君の名は。』という映画を観に行きました。

とても素晴らしい作品でした。


そういえば『君の名は。』の主人公ふたりも「普通」であり、「平凡」でしたよね?

僕はそこ良かったんだと思ってます。

彼らがどこにでもいる高校生だったからこそ、僕たちはそこに『自分』を投影することができたんです。

それが『セカイ系』というやつなのかもしれないけれど…。

今、「普通であること」や「平凡であること」にコンプレックスを抱いている人は、どうか胸を張ってほしいと僕は思います。

  • それは、希望です!


どこにも染まらず、どこにも加担しない立ち位置にいるということは、実はとってもむずかしいことなのです。


でも、それは同時にとっても大切なことでもあります。


世の中が混乱すればするほど、極端なことを言う人や、大きな声を出す人が増えるものです。

彼らの声に惑わされてはいけません。

  • 本当にそうだろうか?

…今、求められているのは、そのような「注意深さ」です。


そして、その注意深さは、平凡であることや、普通であることによってはじめて身に付けることができるのです。