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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。本当の豊かさは高い収入でもモノでもなく「自由な時間だべや」という信念のもと、なまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

個として生きることはこれからますます必要になるという話


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僕は子どもの頃から『集団行動』が大の苦手でした。「一致団結して、何かに取り組もう!」という類のものがとにかく嫌で、球技大会も、合唱コンクールも、運動会も、あまりいい思い出はありません。

僕は集団のなかにいるよりも、家で一人でのんびり音楽を聴いたり、本を読んだりするのが好きなタイプでした。そういう「ひとりきりの時間」というものは、僕にとってかけがえのない大切な時間でした。

おそらく、そういう僕の気質も影響しているのかもしれません。社会人になった僕は、やがてサラリーマンの世界にも限界を感じるようになりました。そして、ついにサラリーマンの世界からドロップアウトする道を選びました。…37歳のときでした。

それから今日にいたるまで、僕はずっと商売人として、事業家として、経営者として、投資家として生きてきました。社員も雇わず、ずっと一人でやってきました。今後も、家族以外の従業員を雇うつもりはありません。

僕はひとりが好きなのです。孤独が好きなのです。もちろん、僕には家族がいますから、厳密に言えば孤独ではありません。でも、家族と一緒に暮らしていても、その生活の中のどこかに、「一人でいる時間」というものを設けるようにしています。それは、今もむかしも、僕にとって、とても大切な時間なのです。

ご存じのとおり、サラリーマンの世界というのは、個人というものを捨てなければいけない世界です。あそこに属しながら、「一人きりの時間を大切にしたい」といくら切望したところで、それは実現不可能なことです。

あそこは、「組織」を大切にする世界です。「集団」を大切にする世界です。そして、その組織や集団を維持してゆくためには、「個」は捨てなければいけない世界です。「個」なんて、邪魔になるだけの存在なのです。…それは、僕のようなタイプの人間が、とてもい続けられる世界ではありませんでした。

そこに、僕の居場所はありませんでした。

目次

「集団」や「組織」は、『個』をつぶそうとする

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『年功序列、終身雇用という日本独特の雇用制度が終焉を迎え、社員と会社を取り巻く状況も様変わりした』と世間ではよく言われています。

『社員と会社の関係も、もう以前のようなものではなくなり、もっとドライで、ビジネスライクな関係になってきている』とよく言われています。本当にそうかな?…と僕は思います。

僕の目には、以前として『強固な日本的サラリーマン・システム』が機能しているように見えます。相変わらず、多くの人は、そのシステムの中で働きつづけ、誰もそこから抜け出そうとはしていないように見えます。

会社のために身も心も捧げる、「会社人間」たちは、まだまだたくさんいます。むしろ、会社に全権委任してしまうような人は、以前よりも増えているのではないか? という気がしています。

そして、そういう人たちが集団を形成し、その同調圧力は、弱まるどこか、ますます強まっているような気さえしています。「集団」や「組織」の恐ろしいところは、徹底的に『個』をつぶそうとするところです。

会社、学校、部活、子どものスポーツ少年団、ご近所づきあい、etc…。そうした『個』をつぶそうという動きは、今の世の中のいたるところで見受けれられる現象です。そこでは、多数決でなんでも決まってしまい、少数意見は完全に無視されます。

みんなと同調しない者は「変わり者」とされ、選択肢はますます少なくなっていきます。ちょっとでも多数の意見と違うことを言おうものなら、みんなで寄ってたかって、その違う意見を言った人間をつぶそうとします。

「多様性」とか、「ダイバーシティ」なんて、どこの世界の話なのでしょうか? それは、ごく一部の世界の、ごく一部の人たちだけが使う言葉なのです。僕の目には、多くの人びとがどんどん「ひとつのもの」に向かって突き進んでいるように見えます。

…それは、気のせいでしょうか? 赤信号 みんなで渡れば怖くない。…特に日本人は、そのように考えやすい国民です。僕はそれは、いろんな意味で、とっても気をつけなければいけないことだと思っています。

もっといろんな大人がいてもいいんじゃないか?

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現在の日本を取り巻いている空気は、はっきり言って、僕のようなタイプの人間にとってあまり好ましい空気ではありません。これは、僕が最も嫌う空気なのです。

僕のこれまでの人生は、そんな空気との格闘以外の何ものでもありませんでした。僕は『自由』というものを何よりも愛している人間です。だから、自由を侵害されることに対して、ものすごい嫌悪感を抱いてしまうのです。

だけど、僕の最も大切にしている『自由』という概念を、それほど大切なことだと思ってない人たちもいます。…それは、かなりの数います。僕はそういう人たちの醸し出す空気と闘ってきましたし、これからも闘ってゆくことになるのだと思います。

若い人にはピンとこないかもしれませんが、社会人になれば、学生の頃のようなわがままは通用しなくなります。自由はグッと制限されるようになります。自分の時間のほとんどは、会社に捧げなければならなくなります。

その対価として、会社は「給料」というあめ玉をこちらに提供します。そして、そのあめ玉を口に含んだら、最後。その依存を断ち切ることは、極めて困難になります。…そうやって、社会は僕たちを飼い慣らしてゆくのです。

それが大人になるってことだよ。…と、彼らは言います。でも、僕が考える「大人」とは、そういうものではありません。それは、彼らが勝手に考えている大人像であり、僕にとっての大人像ではありません。

僕が考える大人とは、次の2つです。

  1. 自分で考えて、自分で行動する
  2. そのことによる責任は自分でとる


世の中には、いろいろな大人がいていいはずなのです。すべての大人が同じ価値観で生きる必要なんてないはずなのです。僕みたいに、いくつになっても自由を追いかけ続ける大人がいてもいいのではないでしょうか? 

そして、「世の中にはいろんな大人がいるんだよ」ということを若い人たちに知ってもらうことは、とても重要なことだと思います。一つの価値観、一つの選択肢だけじゃ、息が詰まってしまいます。

いろんな価値観、いろんな選択肢を提示することこそが、未来の希望につながってゆくと僕は確信しています。

でも、世の中的には、全然そういう方向にはなっていません。…僕はそうした世の中の空気をとても心配しています。高校生のなりたい職業はダントツで「公務員」だそうです。「だから、何だ?」と、言われればそれまでですが、このアンケート結果が、今のこの国の閉そく感を如実に物語っているような気がします。