シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

主流から外れた生き方を選ぶのもいいんじゃない?と僕が思う理由


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僕は基本的に自分のことをアウトサイダーだと思っています。でも、この国でアウトサイダーとして生きるというのは、なかなか大変なことでもあります。ご存じのとおり、この国は『輪をもって尊しとなる』的メンタリティーが支配的な国です。そんななかで、主流から外れて生きるというのは、結構キツイ生き方なのです。

実際、僕も身をもってその「キツさ」を体験しました。僕は37歳のときに脱サラ・起業したのですが、その時に、いろいろな人から、いろいろなことを言われました。お前、世捨て人にでもなるつもりか? というようなこと言う人もいました。

当時の僕はそれほど深刻にはとらえていなかったけれど、今にして思えば、まわりの人たちのあの過剰ともいえる反応は、ちょっと異常でした。僕のとろうとした行動の何が彼らをあそこまで苛立たせたのでしょうか? 

あれから5~6年の歳月が流れました。さすがに僕のまわりでも、もう僕のことを「バカだ」「マヌケだ」「変わり者だ」と言う人はいなくなりました。僕が事業をやって生計を立てている、ということは、もうまわりの人々の周知の事実になっており、何よりも、僕が幸せな毎日をおくっていることも彼らは知っています。

このブログの存在のことも知っているし、このブログを読めば、僕の生き方やライフスタイルに触れることもできます。だからさすがにもう「認めざるを得ない」ということなのでしょう。

会社をやめ、起業してから、僕の人生は本当に良い方向へ向かいました。おかげさまで事業は順調に推移し、健康に恵まれ、家族と共に楽しい時間を過ごすことができています。

決して、お金持ちでは決してありませんが、「そこそこの暮らし」も営むこともできています。その僕の姿は、彼らをいささか混乱させてしまったかもしれません。なんせ…『アウトサイダー的な生き方なんかして、絶対にうまくいきっこない』…彼らはそう信じて疑わなかったわけですから!

彼らは、脱サラ・起業する道を選択した僕を見て、きっと「絶対にうまくいきっこない」と思ったはずです。ところが、現実はそうならなかった…。それが彼らにとっては不思議でならないわけです。

目次

「アウトサイダー」と「無謀」は違う

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確かに、僕は変わり者だったかもしれません。家族がいるのに会社をやめちゃって、うまくいくかどうかわからない事業をスタートさせる…なんて、それは、いわゆる「まとも」な人間がやる行為ではなかったかもしれません。

だけど、僕だってそんなにバカじゃありません。学校の勉強はできなかったけれど、僕は僕なりにきちんと考えてやったことなのです。ただ闇雲に、行き当たりばったりで行動したわけではありません。

いろいろないきさつがあり、僕は不動産投資というものを発見しました。そして、「よし、この道で生きていこう!」と決断しました。その『不動産』を学ぶために、わざわざ僕は不動産会社に転職までしました。

キツいノルマをかかえ、朝から晩まで働きました。そうやって不動産の世界を勉強しつつ、お金も貯めました。そして、満を持して不動産投資をスタートさせたのです。

アウトサイダー的な生き方をするのはいい。だけど、どうせやるんだったらきっちりと考えて、うまくやらなければダメだ!…というのが僕の意見です。ただ単に自由を求め、無謀な旅に出ることがアウトサイダー的生き方だと思ったら大間違いです。

やるんだったら、きっちりと綿密な計画を立てて、「必ず勝てる」という勝算を得たうえでやるべきです。「アウトサイダー」と「無謀」は違うのです。

みんな不安に押しつぶされそうになっている

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このブログをスタートしてからというもの、いろいろな人からメールをもらうようになりました。その多くは20代、30代の若いサラリーマンの方です。彼らは僕のように自由に生きたいと言います。僕みたいなアウトサイダー的な生き方をしたいと言います。会社に縛られず、自由な時間を謳歌したいと言います。

「時代は変わったなー」と改めて思います。勤めていた会社を去るとき、社内に残っていた20代、30代の若い連中は、みんな僕のことを鼻で笑っていました。「ふん、どうせうまくいきっこないさ」とでも言いたそうな顔をしていました。僕のとった行動は、どこまでいっても非常識なもの。それは、彼らの価値観からしてみれば、「ありえないこと」だったのです。

僕にとって『自由』というのは、全人生を賭けてでも手に入れなければならない最重要課題でした。しかし、多くの人にとってはそうではありませんでした。『自由』というのは、彼らにとってみればそれほど重要なことではなく、「いかに安定するか」とか「いかに出世するか」とか「いかに給料をUPさせるか」といったようなことの方がはるかに重要なことのようでした。

少なくとも、僕のことを「うらやましい」とか「すごい」と思った人は、当時、ひとりもいなかったのではないでしょうか? ところが、今は違います。今は、みんな「自由」を求めています。

時間を気にせずにスタバで本を読んだりすることができる自由。家族と好きな時に好きな場所に旅行できる自由。仕事に自分の人生の貴重な時間を奪われない自由、etc…。多くの人が、そんな自由を欲しているように僕には感じられます。

今は変化に富んだ時代です。どんなに追い求めたとしても、もうかつてのような「安定」が望めなくなってきました。きっと僕にメールをくれる若いサラリーマンの方々も、漠然とした不安感と共に毎日をおくっているのだと思います。

その気持ちは僕にもよくわかります。ここ最近メールの量が増えたのは、僕や僕の書く文章がスゴイのではなく、きっと世の中が「不安定」になってきているからなのでしょう。みんな不安に押しつぶされそうになっているのです。みんなどこかに「答え」を探しているのです。

もう『主流』みたいなものはもうどこにもない

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これからの世の中は、ますます「今までのようにはいかない世の中」になってゆくと僕はみています。これまでのやり方、これまで価値観、これまでの考え方だけではうまくいかない…それは、僕だけじゃなく、多くの人が感じていることだと思います。

今、いろいろな人が、いろいろなところで、いろいろなことについて怒っています。イライラしています。変化に富んだ時代に上手に対応できないからイライラするのです。

その根底には『不安』があります。人間だって動物です。真っ暗闇の中にずっとい続けたら、不安になります。神経がピリピリしてきます。当然、怒りっぽくもなり、ナーヴァスにもなります。こういう時こそ、柔軟な発想が必要です。

勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、定年まで真面目に働けば幸せになれる。…たとえば、そのような価値観・考え方はもう完全に旧時代のものです。そのことに多くの人が気づかなければなりません。

でも、そのことに気づいている人は、いったいどれだけいるでしょうか? いまだに多くの人が月に5万円もする学習塾に子どもを通わせ、有名大学に合格すれば人生がうまくと思いこんでいます。そういう時代は、もうとっくの昔に終わってしまったのです。

今はこちらがどんなに真面目に働いたとしても、肝心かなめの会社のほうがなくなってしまうような時代です。「あなたが勉強ができたか」「あなたがいい大学を卒業したか」「あなたが真面目であるか」は、どうでもいいのです! 僕らはまず、「今はそういう時代である」ということを認識しなければなりません。

つまり、『主流』みたいなものはもうどこにもないのだ、ということをきちんと知っておかなきゃいけないということです。

これからは誰もがアウトサイダーにならざるを得ない時代になる

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これまで、「アウトサイダー」というのは、不安定な生き方と代名詞のような語られ方をしてきました。だけど、これからはそうではなくなるかもしれません。これからは誰もがアウトサイダーにならざるを得ない時代になってゆくかもしれません。

僕たちは不安定な状態に慣れておかなければならない、いや、慣れざるをえない時代になっていきます。安定に追い求め、安定にしがみつくことは、かえって不安定な生き方です。不確定要素があって当たり前。リスクがあって当然。僕たちはそこに目を向けなければなりません。

1989年にベルリンの壁が崩壊したことは、単なる冷戦構造の終焉以上の意味を持っていたのです。あれは、「これから不確実な時代がやってくるよ」「これからはリスクとともに生きてゆくんだよ」ということを僕らに告げる『お知らせ』だったのです。しかし、そのことを悲観視する必要はありません。

僕は学校の勉強ができませんでした。もしかしたら、僕みたいな勉強ができなかった人間は、以前であれば、その時点で人生の落後者になっていたかもしれません。いったん「落ちこぼれ」の烙印を押されてしまったら、その後の人生で浮上することはほとんど不可能だったかもしれません。

だって、「勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って、真面目に働く」ことが最大価値の世の中なのですから、その要素のどれにも当てはまらない人間は、『ダメ人間』ということになってしまいます。

でも、ベルリンの壁が崩壊した後の世の中は、それまでの価値観とはまるっきり違う世の中になっていきました。だから、僕みたいな人間にもチャンスが巡って来たのです!

今は「リスク」というのは、「チャンス」という言葉に置き換えられています。不確実だからこそ、「夢」があるんです。どこにも正解がないからこそ、「飛躍」できるのです。マイナスがプラスになり、逆境こそが最大の強みになる…。そんな価値転換が起きたのです!

そして、僕はまさしくそのパワーを利用することで、脱サラ・起業することができました。その価値転換のおかげで、自由で幸せな毎日をおくることができるようになったのです!

「自分の人生をハッピーなものにするにはどうしたらいいのか?」について、もっと真剣に考えよう!

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もしかしたら、僕にメールをくれるような人はその事実をまだ知らないだけなのかもしれません。あるいは、うすうす気づいていたとしても、親や学校の先生や会社の上司なんかとまるで意見や考え方が違うから、自信が持てていないだけなのかもしれません。

自分がたどり着いた結論に、今ひとつ確証が持てないでいるだけなのかもしれません。でも、ご安心を! 今の世の中、悩んでいて当たり前です。苦しんでる人こそ、正しいのです。こんな世の中にあって、何の悩みも持たず、何の苦しみも感じずにスイスイ生きている人の方がヘンなのです。

だから、もしもあなたが何かに苦悩しているのだとしたら、そのことをぜひ悲観的にとらえないでください。

僕は今でこそこうやって自由にハッピーに暮らしていますが、若い頃は人一倍、悩みました。苦しみました。でも、その苦悩の中から、答えらしきものをひとつひとつ見つけていったのです。

苦悩を知らないような人間に、答えなんか見つけられるはずがありません。安定と、現状維持こそが最大価値だと思い込んでいるような人間に、自由もハッピーも与えられません。

時代は変わったのです! 時代はとっくに変わっているのに、人間の意識だけが旧時代のもののままになっています。ヴァージョン・アップが必要です。その「ズレ」が今、世界のあちこちで騒ぎを起こしています。

僕は人々がどんどん保守的で、排他的で、非寛容的になってきていることを、とてもとても危惧しています。こういう時代だからこそ、もっと多くの人たちが助け合わなければならないのに、なぜか世の中はそういった方向には向かっていません。

もっとアウトサイダーな人間が出てきてもいいと僕は思っています。国会を取り囲むだけじゃ物足りない、もっと暴れる若者が出てきてもいいと僕は思っています。

人口全体のうち、わずか1%にも満たない生活保護の人や、何かでミスや不祥事を起こした人物を寄ってたかって攻撃したって、自分の人生がハッピーになるわけじゃないのです。

いちばん肝心なことは、『いかにハッピーに生きるか?』ということなのではないでしょうか? もっと大きな視野でこの世の中を見渡してみましょう!