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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。本当の豊かさは高い収入でもモノでもなく「自由な時間だべや」という信念のもと、なまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

労働から得たお金はいいお金? 投資から得たお金は悪いお金?


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「不動産投資をやっています」と言うと、いまだに怪訝な顔をされることがあります。どうも、日本人は「投資」というものをマイナスのイメージで受け取る傾向があります。

『それが日本人のいいところだ』という意見もあります。たしかに、勤勉さは日本人のいいところです。その勤勉さがあったおかげで、日本はこれだけの経済発展を遂げることができたわけです。

しかし、いつの頃からか、その勤勉さだけではうまくいかなくなってきました。文句ひとつ言わず、汗水垂らして真面目に働く。…それだけで出世することができた幸福な時代は、もう終わってしまいまいました。

もちろん、そのことを僕は良しとしているわけではありません。僕もかつては朝から晩まで働くサラリーマンをしていましたから、「労働の尊さ」といったようなものはわかります。だけど、時代が変わってしまった以上、その変化に対応していかなければなりません。

目次

変化できる者だけが生き残ることができる

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進化論を説いたチャールズ・ダーウィンは、

 

唯一生き残るのは、変化できる者である。

 

…と言っています。

これは何も動物だけに限った話ではないでしょう。人間社会にも当てはまります。もうとっくに時代は変わってしまっているのに、それに対応できないでいることは危険なことです。時代の変化を嘆いたり、過去のノスタルジーに浸っていては、ちっとも前には進めません。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

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僕はサラリーマンからドロップ・アウトする道を選びました。そして、不動産投資一本でメシを喰っていく覚悟を決めました。それはとても勇気のいる決断でした。いまだに「汗水たらして働くことが絶対である」という価値観が支配的なこの国で、僕の選んだ選択はその価値観とは正反対のものでした。

だけど、僕の決断は間違っていませんでした。僕はその決断をしたおかげで、自由を手に入れました。幸せを手に入れました。でも、僕が選んだことは、とりたてて大騒ぎするほどのことでもないのです。

僕はただ、変化に対応しただけなのです。時代が変わろうとしていることを肌で感じ、「いかに生き残ることができるか?」を真剣に考えただけのことに過ぎないのです。

労働によって得られるお金と、投資によって得られるお金は何が違うのか?

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汗水垂らして働いて得たお金も、投資で得たお金も、どちらも「同じお金はお金」です。

投資で得たお金というのは、何も悪いことをして得たお金ではないのです。それなのに、「投資で得たお金」というと、何か汚いお金であるかのような言い方をされることがあります。…僕は根本的に間違っていると思います。

そういう考えをすること自体が、時代の変化に対応できていない何よりの証拠だと僕は思います。投資は、ギャンブルではありません。それが不動産投資であれ、株式投資であれ…。「一か八か」とか「ハンかチョウか」の世界のものではないのです。

投資でそれなりのお金を得るためには、いろいろ学ばなきゃいけないこともたくさんあります。世の中のことも知らなきゃいけないし、トレンドも読まなきゃいけません。肉体的にも精神的にも、健康じゃなきゃいけません。頭も冴えていなければ、手痛い失敗をすることにないます。

だから、「何も考えなくても、ラクラクお金が儲かる」なんてことは、投資の世界にはないのです。そして、もしもそのようなことを言っている投資家の人がいたら、その人はきっとそのうち痛い目に遭うと思います。投資はそんなに甘いものではありません。少なくとも、何も考えずにラクラクお金が儲かるようなものではありません。

「雇われる身」であり続けるかぎり、本当の意味でのトクを得ることはできない

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投資をしてお金を得るということと、働いてお金を得るということは全然違います。どちらにもメリットがあり、デメリットがあります。…これは好みの問題です。どちらが「いい」とか、「悪い」とかではありません。どちらが「正しい」とか、「間違っている」とかの話でもありません。

僕は投資というものが肌に合っていました。20代、30代にかけて死ぬほど働いてきましたが、そこで得られる幸せよりも、今、投資をすることによって得られる幸せの方がはるかに大きいのです。

「働く」ということは、従業員でい続けるということを意味しています。どんなに出世して、肩書きが「課長」になり、「部長」になったとしても、『雇われの身』であることには変わりありません。

雇われの身である以上、どんなに頑張って働いたとしても結局いちばんトクをするのは、雇う側の人間です。「雇われている」という枠から飛び出さないかぎり、本当の意味でおいしい想いをすることはできないのです。

ある日、僕は「このまま頑張って働きつづけていても、結局、誰かを肥えさせるだけだ…」ということに気づきました。だから、僕は必死になって考えたのです。『雇われずに生きる方法』というやつを…。

そして、たまたま僕の場合、「不動産投資」というものと出合ったのです。だから、あなたが今、「働く」ということに疑問を持っているのだとしたら、どうかそのことを悪く受けとらないでほしいのです。働かなくても、生きる術はあるのです。それを可能にするのは、『投資』なのです。