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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

変化を楽しめる人になって不安定に強くなろう!


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多くの人が「毎日が何事もなく、平穏無事に過ぎていけばいい」と思って、暮らしています。しかし、ご存じのとおり、人生というやつはそういうわけにはいきません。人生には、実にいろんなことが起こるものです。

どんなにこちらが祈ったところで、人生というやつは、次から次へと難題を突きつけてきます。僕の人生にも実にさまざまなことがありました。あまりにもいろいろなことが起こるので、「オレはもしかして、呪われてるんじゃないだろうか…?」と真剣に考えたこともありました。まあ、そのほとんどは身から出たサビで、僕自身に原因があったのですが…。

もちろん、いろいろな問題と直面することはイヤなものです。むかしは、問題が目の前に立ちはだかるたびに、「ああ、またか…。」とため息をついてばかりいました。しかし、何度も何度もいろいろな問題と対峙してゆくうちに、僕のなかで心境の変化のようなものが起こりはじめました。

以前の僕は、「平穏無事であることが、いちばんいいことなんだ!」という考えに囚われていました。「何も問題が起こらないことがいいことなんだ」と、頑なに信じて疑いませんでした。でも、今はそんなふうには思っていません。

逆に、そうした考えは危ういと思うようにもなりました。「何も起こらないことは祈る」だけでは、人生の荒波を乗り越えてはいけません! よく考えてみたら、「人生で何も起こらない」なんてことはないのです。

どんな人の、どんな人生にも、必ず何かが起こります。こちらがどんなに注意したところで、それを完全に避けることは不可能なのです。「だったら、もう、開き直ってしまった方がいいのではないか?」…ある日を境に僕はそう思うようになりました。

「何かが起こったら、イヤだ、イヤだ…」とビクビクしながら生きるより、何でも来い! オレはどんなことでも乗り越えてやるぞ!…と胸を張って生きることにしてみたのです。そしたら、目の前が急にパァーっと明るくなりました! 随分、ラクになりました。

生きるのが怖くなくなり、自分のなかに力が漲ってくるのがわかりました。

目次

いろんなことが起こることが自然

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考えてみたら、自然界において「何も起こらない」なんてことはありえないことなのです。花は咲き、枯れます。雨も降り、雪も降ります。地震も起こりますし、津波も起こります。…それが、自然の摂理なのです。

僕たち人間社会も、自然のなかの一部です。テクノロジーの発達により、ついつい忘れがちになってしまいますが、大きな目で見れば、僕たち自身も自然界に含まれているのです。

そうした自然のなかで、「何も起こるな」「何も起こるな」と考えること自体が、不自然なことなのです。僕たちの人生にいろんなことが起こるのは、僕たちが自然のなかに身を置いているということの何よりの証拠です。僕たちはコンピューター・プログラミングの世界のなかで生きてるわけではないのです。

だからこそ、いろいろなことが起こって当たり前なのです。いや、むしろ、起こらない方がおかしいのです。

仏教には、『万物流転』という言葉があります。すべての物事は、移り変わってゆく。…という意味です。まさに、その通り! すべてのことは移り変わってゆきます。人の心も移り変わり、会社の業績も移り変わっていきます。

昨年までボーナスが出ていたのに、今年からボーナスが出なくなるということもあります。会社が倒産するときもあります。リストラされることもあります。すべては変わるものなのです。それが、自然なことなのです。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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でも、そのことがときどき、僕たちを苦しめます。傷つけます。だから僕たちは、その変化に慣れておく必要があります。変化を嫌うのではなく、変化を面白がるのです! 

そのためには、どんな変化にも対応できる『柔軟な自分』というものを普段からつくりあげておく必要があります。

何が起こっても、「それが人生だ!」とポジティブに考えれるような自分…。だって、そう割り切るしかないじゃないですか! このまま「何かが起こる」のをずっとビクビクしながら生きてゆくのですか? 時には、『なるようになるさ!』といったカンジの開き直りも必要なのです。 

不安定にも慣れておくことは、なぜ大切なことなのか?

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この世は、コンピューター・プログラミングの世界ではありません。テクノロジーの発達により、僕たちの暮らしはむかしに比べて随分、便利になりました。しかし、時にそういう利便さは、人間の意識というものを過剰なまでに膨れ上がらせてしまいます。

電車は時間通りに来る、トイレは水洗、ボタンひとつでお湯が沸く、etc…。そういう世界に慣れ切ってしまうと、すべては思い通りになる。…という錯覚を起こしてしまうのです。それは、とても危険なことです。

この世は人間の意識だけで構成されているわけではありません。すべてを予測したり、コントロールしたりすることなんてできっこないのです。だから、我々は意識の世界とは違う世界にも慣れておく必要があるのです。

意識とは違う世界とは、そう、無秩序の世界です! 何が起こるか分からない世界です! 

「何も起きるな」「何も起きるな」と、どんなに祈ってもダメです。問題は、向こうから勝手にやってきます。そうですよね? でも、大丈夫。それが、普通のことですから。それが、生きるということですから。

平穏無事な毎日。そんなものは、すべて幻想であるということに早く気づいてください。もしも、そういう状態が「幸せ」なのだと思い込んでいるのだとしたら、それはあまりにも危険な思い込みです。

サラリーマン・勤め人であることにこだわる生き方は、これからの時代は危険な生き方です。こんなに変化の激しい時代において、「安定」「安全」ばかりを追い求めるのは、時代錯誤もはなはだしいと僕は思っています。

それは自然に逆らった考え方です。不安定にも強い人間になりましょう! 人間の真価が問われるのは、平時ではありません。何かが起こったときです。