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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。本当の豊かさは高い収入でもモノでもなく「自由な時間だべや」という信念のもと、なまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

逃げることも大事なこと。←これ、全労働者が知っておくべきこと


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「会社を辞めたい」と思っているサラリーマンの方はたくさんいます。だけど、実際に会社を辞めるという選択をする人はあまり多くはいません。

なぜ、少ないか? もちろんそこには金銭的な理由であるとか、年齢的な理由というものもあるでしょう。しかし、なかには『逃げ出したと思われたくない。』という対外的な理由もあるのではないでしょうか?

人の出入りの多い会社の入社式では…苦しいからといって逃げ出すことは男らしくない! という主旨の訓示をのべる社長が多いそうです。本当に定着率がよく、社員みんながやりがいをもってイキイキと仕事ができるような会社だったら、入社式で社長がそんなことを新入社員に話したりなんかしません。

そういうことを言うということは、そういうことを言わざるを得ない事情というものがあるということなのです。つまり、社長自身も「自分の会社に入ってくる人は辞める人が多い」ということを認識しているというわけなのです。だからそこに「釘をさす」という意味で、入社式でわざわざそういうことを言うわけなのです。

目次

忍耐や我慢することって本当にいいこと?

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日本ではまだまだ「我慢すること」や「耐え忍ぶこと」が美徳とされています。たしかに僕自身の過去をふり返ってみても、物事がうまくいったときというのは、たいてい何かを我慢したり、耐え忍んだりしたときです。

何も我慢もせず、耐えることもしないまま物事がうまくいくなんてことはありません。世の中はそんなに甘くないのです。

でもだからといって、いつもいつも我慢したり、耐え忍んだりしてばかりいることは、必ずしもいいことではありません! 我慢したら、我慢した分、耐え忍んだら、耐え忍んだ分、「見返り」や「リターン」がなきゃいけないと僕は思っています。

そして、散々がんばってみて、「こりゃ、いつまで経っても見返りもリターンもないな…」と思うところまで来たら、我慢することや耐え忍ぶことをやめることも必要なことだと僕は思います。

歯を食いしばって頑張る、というのも確かにいいことかもしれませんが、歯を食いしばり過ぎて自分の歯をボロボロにしてしまったら何にもならないのです。僕は本当にダメだと思ったら、逃げ出しても全然構わないと思っています。

さっさとあきらめて、次の道を探すのです。何もズルイことをしたり、卑怯なことをしているわけではないのですから、堂々とその場から立ち去ればいいんです! 

仕事だって、散々やってみて「こりゃ、ダメだ」と思ったら、辞めたっていいんです。僕は実際にそうやって会社を辞めました。37歳の時の話です。そして、自分の会社を立ち上げて、現在、ほそぼそながら幸せな毎日をおくっています。

もしもあの時、「逃げることは良くない」という空気に従って、会社に留まることを選択していたらどうなっていたでしょうか? おそらく、今のこの幸せは手に入れることはできなかったと思います。

…結局のところ、「逃げるな!」という物言いは、多くの場合、『自分たちに都合よく使っている』というパターンが多いのです。それは、その人のためを思って発せられた言葉ではない場合が多いのです。 

「お前は逃げずに頑張った」と褒められるようりも、僕は幸せな人間になりたい

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恋愛にしろ、スポーツにしろ、勉強にしろ、日本人は「途中で放り出す」ということを極端に嫌うところがあります。僕はサラリーマンをしていた頃、さんざん上司から「つらい仕事から逃げないことが立派な社会人である」ということを聞かされました。

だけど、僕はまったくそんなふうには思っていません。今でもその上司は毎日、朝から晩までクタクタになるまで働いています。厳しいノルマを抱え、ストレスいっぱいの毎日を過ごしています。

このあいだ、街でバッタリ遭遇し、ちょっと話をしました。暗い顔をしていました。「最近、うつ的症状に悩まされている」と話してました。「家庭もうまくいっていない」と話してました。

…かつての僕の上司は、おそらく『立派な社会人』なのでしょう。日本のサラリーマンのあるべき姿なのだと思います。その頑張っている姿は、たぶん多くの人が称賛する生きかたなのだと思います。

だけど、僕は御免被りたいですね! どんなに「立派じゃない」「大人げない」「無責任だ」「危険だ」「アホだ」「マヌケだ」と言われたとしても…。

僕は立派な社会人になりたいわけではありません。僕は幸せな人間になりたいのです! …だから、僕は逃げ出したのです。僕は幸せな人間になるために、「会社を辞める」という選択をしたのです。

自分が幸せだったら、誰に何を言われても関係ない

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おもしろいことに、新入社員や部下に「逃げることは良くないことだ!」と力説するおじさんたちの大好きな『孫子の兵法』には、

 

  • 逃げた方がいい場面では逃げるべきである。それは正しい戦法である。

 

…というようなことが書かれています。

孫子の兵法 (知的生きかた文庫)

孫子の兵法 (知的生きかた文庫)

 

 

「逃げるが勝ち」という言葉もありますよね? つまり、『逃げること=悪』という価値観は、実はまったく間違いである可能性があるということです。もしも間違いであった場合、その価値観を信じて生きてきた人は、いったいどうすればいいのでしょうか…? 

自分がよりどころにしていたアイデンティティや美学が、まったくのデタラメだったら…? きっとものすごい絶望感に襲われるのではないでしょうか? その人にとっては「逃げずに我慢して、耐え忍ぶ」ということが最大の価値だったわけです。ところがそれが真っ赤なウソだったらとしたら…!

…これほどの絶望感はないと思います。ましてや、その嘘やデタラメを信じたがばっかりに、健康を害したりしてしまったら…。いったいどこにその怒りをぶつけたらいいのでしょうか? 

世界的な企業の経営者のほとんどは「ダメだ、こりゃ」という部門や事業をいとも簡単に切り捨てます。もしも、「逃げない」ということを優先順位の第一に据えたりなんかしたら、歯を食いしばってでもその部門や事業を継続していたことでしょう。

それはビジネスとしては最悪の決断です。時には撤退することも必要なのです。合理的に考えて、「これは逃げた方が得策だ!」と判断したのなら、脇目もふらずに一目散に逃げ出した方がいいのです。

誰に「あいつは逃げ出した」と思われたって、別にいいじゃないですか、そんなこと! もっとわがままに生きたっていいと思いますよ。大切なことは、あなたが、そして、あなたの家族が「幸せなのか?」ということではないでしょうか?