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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

雇用不安の原因とは何か?を考えることが社会を安定させる件


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今となっては信じられないことですが、かつて日本の会社には「終身雇用」と「年功序列」という二本柱がありました。

終身雇用制度があったおかげで、真面目に働いてさえいれば、とりあえず定年まで平穏無事に過ごすことができました。年功序列制度があったおかげで、どんなに格差も広がらず、激しい競争によって身も心もボロボロにならずに済みました。

僕はこの2つの制度は、今でも素晴らしいものであると思っています。もしもこの制度がまだ機能していたのならば、なにもわざわざ僕はリスクを負ってまで脱サラする必要はなかったかもしれません。

しかしご存じのとおり、この二本柱はものの見事に崩れ落ちていってしまいました。そのことがいいことだったのか、悪いことだったのか、まだ歴史の検証はされていません。ただ、この二大柱を失ったおかげで、日本のサラリーマンの多くが安心して働くことができなくなったことだけは事実です。

とにかく真面目に働いてさえいれば、あとは会社が面倒見てくれる。…これほどわかりやすいシステムはありません。突っ込みどころは満載なようでいて、なかなかどうしてよくできたシステムだと僕は今でも思っています。

このシステムがあったおかげで、会社で働く人たちは安心して働くことができたのです。それほど大金持ちにはなれないかもしれませんが、少なくとも食いっぱぐれることはなかった…。まあ、真面目に勤めてさえいれば、とりあえずは給料はもらえるし、家族を路頭に迷わすこともないんだから、いんじゃね?ってな具合に。

このシステムに乗っかってさえいれば、とりあえず何とかなったのです。おおむね計画どおりに事は進んだのです。同じ会社の社員は、ほとんど家族も同然。みんなで和気あいあいと、楽しく生きていくことができました。少なくとも、今のような「格差」はありませんでした。ところが、それが一変してしまったのです!

バブルは崩壊し、冷戦構造が崩れ、アメリカ型の自由主義経済が導入されはじめました。グローバリゼーションの嵐が吹き荒れ、競争社会が到来しました。それによって、「終身雇用」と「年功序列」という日本型雇用システムは、一気に終焉に向かっていったのです。

それがいいことだったとは僕はどうしても思えないのです。

目次

普通の人にとっては、「年功序列」や「終身雇用」があった社会の方が幸せだった

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「リストラ」という言葉が当たり前のように使われるようになったのは、いったいいつ頃のことでしょうか? 少なくとも、僕が子どもの頃にはそのような言葉はありませんでした。

リストラという言葉が当たり前のように使われはじめると同時に、会社も殺伐とした雰囲気に包まれるようになりました。同僚は家族どころか、完全に「敵」になり、お互い足を引っぱり合うようになりました。

いつの間にか会社は面倒をみてくれるありがたい存在ではなくなり、次第に社員のことを大事にしなくなっていきました。そういった世の中が到来したことにより、僕たちは将来を不安視するようになりました。その「不安」は以前の日本にはないものでした。

以前の日本は貧しくはありましたし、インフラも整ってはいなかった。今よりも不便なところもいっぱいありました。だけど、今のような「不安」を抱える人は、それほどいなかったのではないでしょうか? 

しかし今は誰もが「不安」を口にします。うつ病になる人の数もうなぎのぼり。一時期よりは減ったとはいえ、まだまだ自殺者の数も多い状態が続いています。

サラリーマンの世界からドロップ・アウトする道を選んだ僕がこんなことを言うのもヘンな話かもしれません。でも僕は、普通の人にとっては「年功序列」や「終身雇用」に守られた社会の方が幸せに生きられるのではないか? と思っています。

僕の場合は、たまたまいろいろな経緯があり、起業する道を選んで、うまくいきました。だけど、すべての人が僕のようにうまくいくとは思っていません。みなさんもご存じのとおり、自分の力だけで商売をやってゆく、というのは本当に大変なことなのです。はっきり言って、自分で商売をやることの大変さに比べたら、サラリーマンとして会社から給料をもらっていた方がはるかにラクです。

どんなに忙しくても、どんなに職場の人間関係が悪くても、我慢をして働き続けてさえいれば、とりあえず給料は入ってきます。だけど、基本的には商売の世界には給料というものはありません。

もしも風邪をひいて休んでしまったら、収入はゼロになってしまうのです…。じゃあ、なんで、お前は起業する道を選んだんだ? という話になると思います。その辺についてはこのブログでもいろいろな記事の中で触れていますから、そちらの方を読んでいただきたいと思います。

ここで僕が言いたいのは『時代は変わってしまったんだ…』という話なのです。「変わってしまった…」という言い方が示しているとおり、僕は今の弱肉強食的な時代がいいとは決して思っていません。だけど、変わっちゃったんだから、しょうがないだろう…」とも思っています。いつまでも過去を振り返ってメソメソしててもしょうがないのではないか?…ということです。

僕はダメ・サラリーマンだったから、「なんとかしよう」と思うことができた

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僕もかつてはサラリーマンをやっていました。だから、不安を感じながら生きる人の気持ちがとてもよくわかります。

ましてや僕の場合、それほど優秀なサラリーマンというわけではありませんでした。営業成績もそれほどパッとしなかったし、何か特別な資格を有していたわけでもありません。人脈が広いわけでもなかったし、「どこの会社に行っても通用する」という自信もありませんでした。

要するに僕は、どちらかと言うと「ダメダメ・サラリーマン」の部類に入るサラリーマンだったのです。

もしもリストラにでもなったら、きっとまともな会社に再就職することは無理だろう、という危機感は常に僕の中にありました。…そう考えたら、居ても立っても居られないほどの不安に苛まれました。

これがもしも僕が営業成績がいつもトップ・クラスのエリート・サラリーマンだったら、そんな不安に苛まれることもなかったでしょう。「オレはどこに行っても通用する!」という自信があるからです。だけど、僕はそういったタイプのサラリーマンではありませんでした。

当然、自分に自信もありませんでした。だから余計に「なんとかせにゃならん」「何か手立てを講じなきゃならん」「どうにかして、自分を守らなねばならん」という危機感を持つことができたのです。

今にして思えば、それが良かったんだと思います! 「自分が弱い」ということを誰よりも知っていたからこそ、僕は人一倍、考えたのだと思います。

そうして考えに考え、考え抜いたことにより、僕は自分にって最良の道を発見するのです。 それは僕に「不安」があったからこそ、見つけることができたのですもしも僕に不安というものがなかったならば、僕は間違いなく今でもダメダメ・サラリーマンをしていたはずです。

社会を安定させるためには、雇用の不安を解消してあげる必要がある

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僕は不安を解消する方法を「不動産投資」の中に発見しました。家賃収入を得ることによって、僕は自身の不安を解消することに成功したのです。だけど、これはあくまでも僕のやり方です。

いちばんいいのは不動産投資なんかやらなくたって、不安に苛まれることなく生きていけることです。やっぱり不動産投資にはリスクがついてまわります。よっぽど上手にやらないと、大変なことになってしまう危険な投資でもありますから…。

もしも、「終身雇用」と「年功序列」が未だに有効であったならば、僕もわざわざ何億円もの借金を背負って不動産投資をやらなくても良かったかもしれません。不動産投資でメシを喰ってる人間がこんなことを言うのはヘンな話かもしれませんが…。

「雇用不安」は、人を不安にさせます! ヒットラーが登場したとき、ドイツは失業者であふれ、雇用不安がドイツ中を覆っている時期でした。戦(いくさ)が起こる前というのは、必ず『不安』というものが横たわっているものです。

「雇用の安定」「飢えの不安」「貧しさの不安」「将来の不安」etc…。いろいろな不安が人びとを狂わせるのです。人間は不安を感じると、冷静な判断力を失います。非寛容になり、排他的になり、差別が横行します。

余裕がなくなり、暴力事件があちこちで起こるようになります。すべては「不安」が発端なのです。だから僕は人々にきちんとした『職を与えてあげること』が、まず何よりも重要だと思っています。

優秀な人ならどんな時代がやって来ようともうまくやっていけるでしょう。しかし、そうじゃない人にとっては、乱世の世というのは、いささかキツすぎるのです。