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シンプルに。自由に。

北海道でアパートの大家業をしてます。4人家族。映画が好き。猫が好き。北の国でなまらのんびり生きてます。“every cloud has a silver lining.” したっけ!

僕が同窓会になんか絶対に行きたくない!と思う理由


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この世の中で何がいちばんキライかといって、「同窓会」ほどキライなものはありません。別にいじめられたとか、嫌な目に遭ったとかというわけありません。でも、僕は生まれてこのかた、同窓会というものに出席したことは一度もありません。

同窓会というものがどうしてこの世に存在し、なぜ多くの人がその集まりに参加したがるのか、僕にはまったくもって理解できません。

むかしのクラスメートたちに会うのが嫌なわけではないのです。たぶん、彼らに会ったとしても、気さくに話しをすることはできると思います。…僕はきっと、『昔の自分』に会いたくないのだと思います。僕は過去の自分と対面することを恐れているのです。

僕も年を取り、それなりに人生経験を積んできました。以前に比べて、いろんな意味で成長することもできた、と思っています。「どうだ、オレはこんなに立派になったぞ!」と、みんなに見てもらいたい気持ちもなくはないのです。

しかし、いくら僕が「今のオレは、むかしのオレとは違うんだ!」と叫んだとしても、きっとクラスメートたちは、そのような受け取ってくれないと思います。当たり前の話です。同窓会というのは、『あの頃の仲間』と出会う場なのですから。

そして、『あの頃の仲間』に自分が属している以上、僕があれからどんなに成長しようが、出世しようが、金持ちになろうが関係ないのです。一歩でもその会場に足を踏み入れた途端、すべてのことは『あの頃』に引き戻されてしまうのです。

すべてが『あの頃』にタイムスリップしてしまうのです。「それが、楽しいんじゃないか!」と、多くの人は言うでしょう。でも、僕にとっては、それは苦痛以外の何ものでもないのです。そんな苦痛を味わうくらいなら、最初から行かない方がいいのです。

無理して行ったところで、きっと不快な想いをするだけです。行ったことを後悔するだけです。ごめんなさいね、めんどくさい性格で…。

目次

僕はあの時の『暗さ』を引きずったまんま、大人になってしまった

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僕は今の自分にとても満足しています。今の生活にとても満足しています。決してお金持ちではないけれど、今の僕には、家族と過ごす自由な時間があります。

僕は今の自分の方が過去の自分よりも好きです。むかしに比べると、はるかに幸せになっているという自負もあります。だから余計に、『過去の自分』と対面するのが嫌なのかもしれません。

今がとっても充実しているので、過去の自分と対面してしまうと、過去に戻されてしまうような気がして…。

はっきり言って、「ほっといてほしい…」というのが本音なのです。このような性格、このようなスタンス、このようなライフスタイルをおくっているせいで、僕の交友関係は、ごくわずかなものになってしまいました。片っぱしから断っているので、今ではもう、僕のことを飲みに誘う友だちもいなくなってしまいました。でも、それは僕が望んだことなのです。

僕の思春期は、決して美しいものではありませんでした。表面的には「普通の高校生」を装ってはいましたが、内面はドロドロとしたものでいっぱいでした。いつも何かに悩み、苛立ち、焦ってばかりいました。自分に自信が持てず、心の中はいつも暗い闇が支配していました。

それに対して、クラスメートたちはずいぶん輝いているように僕の目には見えました。青春を謳歌しているように見えました。何の屈託もない笑顔で笑い合い、実に楽しそうでした。

僕はあの時の『暗さ』を引きずったまんま、大人になってしまったような気がします。今でも、僕の中には「暗い部分」があります。間違いなくあります。それは決して、完全に払しょくされるようなものではないのです。

そんな僕も、社会人になり、就職をし、結婚をし、父親になりました。37歳のときに脱サラし、起業し、不動産賃貸業の会社を立ち上げました。いろいろなことがありましたが、トータルで見れば、僕の人生は「まずまず、うまくいった!」といえるような気がします。そうでなければ、ここでこんな風に落ち着いてブログなんか書いていませんものね…。

だけど、僕の中には、まだあの頃の『暗さ』のようなものがあるのです。それは決して消えることのないシミのようなものなのかもしれません。どんなに僕がお金持ちになっても…。どんなに僕が有名人になっても…。

もしかしたら、僕はかつての同級生たちに、その「シミのようなもの=つまり、暗さ」を見られるのが嫌なのかもしれません。だって、それは本質的なモノだから。心の傷だから。どんなに着飾ったとしても、どんなに明るく振る舞ったとしても、決して完全に隠すことのできないものだから…。

『違い』を祝福しよう!

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かつてのクラスメートたちは、明るく、楽しい思春期を引きずったまんま大人になっていきました。彼らがたどった道は、僕がたどった道とは明らかに違いました。非常に彼ららしい、『まとも』な道でした。

彼らの多くはサラリーマンや公務員になり、今もずっと同じ会社や官庁で働きつづけています。誰も僕みたいにそこからドロップアウトする道を選択する者はいませんでした。

もちろん、そのことは何も悪いわけではありません。勤勉で、まっとうな道を歩むことは素晴らしいことです。みんながみんな、僕みたいな人間で、僕みたいな行動をしたら、この国は大変なことになってしまいます。

…それでも、彼らを見ていると、僕の中には、『言いようのない違和感』のようなものがあります。軽い苛立ちのようなものも憶えます。その違和感や苛立ちを、具体的な言葉で言いあらわすのは、非常に困難です。これが「暗部を持っている人間」と、「暗部を持っていない人間」の違いなのでしょう。

ちょっと極端な言い方になってしまいますが、『断絶』と言ってもいいかもしれません。彼らと僕とのあいだには、明らかに「目に見えない境界線」のようなものが走っています。でも、それは仕方のないことですし、もう今更、どうにかなることでもありません。

ただ、これだけは断言できます。もしも僕が、彼らのように青春を謳歌し、明るく、楽しい思春期を過ごしていたとしたら、今の自由と幸せは手に入っていなかったと思います。

僕は、自分の中に『暗さ』があることを歓迎しています。その暗さが僕をここまで運んできてくれたのです。

それは僕にとって、エネルギーになり、パワーになりました。確かに、「まとも」とは言えない人生になってしまいましたが、僕は後悔していません。それは僕が望んだ生き方なのですから…。

今年も同窓会の招待状が家に届きました。よく、まあ、毎年毎年やるものだな。…と感心します。出席することはないので、彼ら一人ひとりに直接会って、感謝の気持ちを伝えることはできません。だけど、僕としては、本当に心の底から彼らに「ありがとう!」と言いたいのです。

彼らが僕と『違っていた』からこそ、今の僕があるのです…。断絶も、時には役に立つこともあるのです。